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65話:反抗期が人格形成に及ぼす影響に関する考察。

わりと真面目。

 シルクロードという言葉を聞いた瞬間、あのテーマソングが脳内リピートされてしまう。

 私は、その世代の人間……というほど、視聴者の幅は狭くなかったか。(笑)

 まあ、絹の道やら草原の道やら、敦煌やら幻の湖やら、フェルガナ、サマルカンド……中央アジアにやたらめったらロマンを感じてしまうのは、既に呪いじゃなかろうか。

 おいいい、タイトルどこいった……などのツッコミは、しばしお待ちを。

 シルクロードを語る上で重要なのが、文化の伝播です。

 日本における方言が、京都を中心とした同心円状に似通った特徴を持ちがちであるという理論は割と有名ですし、地域と地域の間の交通量の増減によって文化交流は左右されるというのは、例を挙げるまでもなく頭の中で理解しやすいことではないかと。

 まあ、あまり好きな言葉ではないのですが、地方文化の特色性は、その地方の閉鎖性が大きく関係してくるわけです。

 まあ、興味が興味を呼ぶというか……あまり深いレベルではありませんが、シルクロードのそれに影響されて、各地文化の特色性やら、童話や説話の互換性みたいなものをかるーく調べた経験がありまして。

 交通要所の文化交流都市の代表的なものはイスタンブールなどが挙げられますが、シルクロード沿いの都市を起点とした文化伝播はさておき、シルクロードにおける代表的な都市の文化、慣習については……ものすごく語弊があるかもしれませんが、あまり差が見られません。

 それゆえに、『シルクロード文化』みたいな括りにされてるんだろうなと。

 たとえば、九州と四国は距離的には近いですけど、航路というか港から外れた山村と山村を比較すると、ものすごく違いが出てます。

 しかし、シルクロード都市郡においては、四国と九州の距離とは比べ物にならないぐらいの距離が離れているにも関わらず、無視できない相似性が散見できてしまうというかなんというか。

 常に新しい文化が流れ込む地域においては、常に周辺の影響を受け続けるということでもあるのでしょう。

 私はそこまで詳しく調べたわけではありませんが、戦争やら政治的混乱によってシルクロードが途切れた時代の歴史資料を紐解くと、その当時の文化やら習慣に独自性が現れてくるそうな。

 そうして生まれた違いも、シルクロードによる交流が再開されると同時に互いに影響し合って平均化されていく……みたいな流れだったのでしょう。


 よし、前振り終了。

 文化の独自性を生み出すために、ある程度の閉鎖性が必要……この時、ふと思ってしまったのです。

 人間の思春期やら反抗期って、人格のオリジナリティを生み出すための期間なのではないかと。

 良くも悪くも自身に多大な影響力を持つ親、年長者への反抗……それは、自身に流れ込む情報を狭めることによって閉鎖性を高めることを意味します。

 周囲との文化交流が減少することによって、自身の文化が熟成……まあ、時には腐敗(笑)することによって、人は1個の存在としてのオリジナリティを得るのだとすれば。

 ああ、人間ってのは良く出来てるなあ……と思えてしまえるのです。

 

 と、これは20年ほど昔に考えたことなのですが。

 最近、反抗期そのものが消失しつつあるという報告があるらしく。

 ここでいう反抗期は、第二次反抗期のことで……本当にそうなのか、それとも早々と人生悟って周囲にそれを悟らせない少年少女が増えたのかはわかりません。

 ただ、昔と違って今は幼少期から圧倒的な情報量にさらされて成長することを強いられる時代です。

 これはいうなれば、常に周囲から文化が流れ込んでくる状況。

 そして、周囲の人間もまた同じ状況。


 あくまでも仮定なのですが。

『これまでに取り入れた情報によってある種の自立思考回路が構築されていること』

『己の自立思考回路と明らかに異なるそれに触れること』

 この2点が、反抗期の起きる条件だったとすると。

 いや、いきなり話が飛びすぎなのは分かってます。

 ただ、反抗期というからには、『反抗するだけの価値判断力』が必要なのは確かですし、『明らかに自分とは異なる何か』を持った人格との接触なんてのも必要かなあ……なんて。

 幼少期からの過剰情報量。

 同世代、両親ともにある程度平均化された人格というより、表面的に確認できる行動。

 つまり、他を他と認識しづらい状況において、はたして反抗期が必要とされるかどうか。


 ええ、ものすごく怖い想像をしてしまいました。(笑)

 怖い想像ではあるんですが、現状に当てはめてもあまり矛盾がなさそうなのがもっと怖い。

 うん、厨二病は全然健全だと思う。

 だって、あれは詰まるところ、『俺様は俺様以外の何者でもないぜ』という大宣言なわけですし。

 

 しかし、そう考えるとコミュ障はオリジナリティあふれる人格を形成するはずなんですが、世の中で言うところのコミュ障は、十把一絡げなテンプレ扱いされることが多いような。

 それが、物語的カテゴライズなら良いのだけど、実際にそうだったらとしたら……怖い。


 ただまあ、今の時代においてこの国では、人格的オリジナリティはほぼ必要とされてないような気がします。

シルク〇ードのテーマ曲かぁ、懐かしいな。

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