59話:キャッチャーはなぜ鈍足なのか?
デブはキャッチャー。
レベルが上がればそんなことが許されるはずもないのですが、私の世代では、メジャーな認識である。
アニメにもなった某漫画のせい……と言いたいところだが、昭和スポ根漫画におけるキャッチャーは基本的にそういう体型だったりする。
草野球で、『お前、足遅いからキャッチャーな』みたいな、いわゆる共通認識としての卵が先なのか、『キャッチャーはデブに決まってるんだよ』という、漫画・アニメによる価値観醸成の鶏が先なのか……興味は尽きない。(笑)
さて、真面目な話をしよう。
高校時代、俊足強肩強打を売りものにしたキャッチャーがいたとしよう。
プロ入りしてから数年、なぜか彼を評する言葉から『俊足』が消えてしまう。
野球ファンであれば、この現象について『そういえばそうだなあ』とうなずける程度に例がある。
結論から言おう。
キャッチャーとしての練習が、彼らを鈍足にしていくのだ。
野球経験者は首をかしげるだろうが、陸上競技経験者はおそらくうなずけるものがあるだろう。
キャッチャーを鈍足にしていくポイント、それは投手の投げる球を受ける姿勢にある。
キャッチャーの構えに関しては、投手が投げやすいように……などのいろんな理論があるが、基本は蹲踞というか、あの前を向いて腰を下ろしたあれだ。
野球経験者もそうだが、あの姿勢をとらせようとするとよろけて維持できなかったり、後ろにコロンと転んでしまう人間が少なからずいる。
断っておくが、いわゆるヤンキー座りとは違う。
蹲踞というか、キャッチャー座りはつま先立ちで、太ももは地面に平行、胸をはって背筋は地面に対して垂直である。
対してヤンキー座りは、足裏をベッタリと付けてお尻を低く落とし、上半身を前方に傾けることでバランスを取る。
後者に対して前者は、つま先から足首にかけて絶えず緊張状態に置かれるわけだが……実はここがポイントである。
キャッチャー座りによって、重心のバランスを取るというか、足首周辺に存在する体を支えるための筋肉が鍛えられるのだ。
そう、この体を支える筋肉というのが曲者なのである。
走るという行為において、つま先で地面を蹴るというか叩くというか、『速く走る』ためにはつま先と地面の接触時間をできるだけ短くしなければいけない。
この接触時間が長くなると、前方へと進む運動エネルギーに対するブレーキとなってしまうからだ。
つまり、つま先で地面を蹴る際に、素早く、なめらかな重心移動が必要となってくる。
ここで、身体の重心移動を支える足首周りの筋肉だけが発達するとどうなるか?
地面に対する一蹴りごとに、自然にブレーキが掛かってしまうのだ。
もちろん、この筋肉が不要と言ってるわけではない。
ただ、キャッチャーとしての専門練習時間が長ければ長いほど、全身の筋肉構成はほかの選手に比べて偏っていく。
速く走るための練習をほかの選手よりも多くこなしてバランスを取れるなら話は別だが、キャッチャーは、自分の体を支える筋力トレーニングを多くこなし続けてしまう。
俊足だったはずの選手は、キャッチャーとしてのキャリアが長くなればなるほど、その場にとどまる能力を高める。
いわば、優れたブレーキ能力を、だ。
先に述べた『俊足』の捕手のほとんどは、ポジション転向して日が浅いというケースが多い。
あと、チームとして捕手の専門練習が短いというケースもある。
そんな彼らは、捕手としてのキャリアが長くなっていくに連れて、『俊足』の評価を失っていく。
キャッチャーはなぜ鈍足なのか?
その答えはこうだ。
足が遅くなるための練習を多くこなしているからだ、と。
キャッチャーという守備位置に要求される技術、それを取得するための練習方式が、そうさせている。
まあ、足が遅い(守備範囲が狭い)人間にキャッチャーをさせ、専門的な守備位置だからそのまま続け、ますます足が遅くなる……みたいな部分もあるが。(笑)
今思うと、キャッチャーの控えってひたすらブルペンで投手の球を受けたり、打撃練習の際のキャッチャーポジション固定だったり……それは、キャッチャーという能力に対するプラス補正が得られるかもしれないけど、野球選手としてはかなりのマイナス補正がかかる位置に思われる。




