56話:休養の重要性
これまで散々野球部の長時間練習を語っておいてあれですが。(笑)
総合的体力強化面と、精神的支柱構築の一環としてのメリットを認めはしますが、多分デメリットの方が大きいだろうなあと認識してはいるのです。
野球部の長時間練習ってのは、基本的に単位時間あたりの消費カロリー量がほかのスポーツに比べて低いからこそ何とかなってるものだと個人的には思います。
それゆえに、『むう、コイツには素質がある。こいつを集中的に特訓してやるか』などというアホな指導者によって、高レベル負荷の練習を長時間続けられたら間違いなく潰れます。
と、言うわけで休養の重要性です。
ここで、『あ、筋トレなんかの超回復でしょ?』などという方、あれは間違ったことは言ってないのですが、顕微鏡の視界レベルの正しさでしかありません。
人間の体は、生成と破壊を繰り返します。
髪が伸びる、爪が生えるなど、日々の生活の中で傷つき壊れていくのですが、次から次へと新しく生成される実感を持つことができる代表格ですね。
日焼けした肌がペリっと剥がれて……なんてのも、お約束です。
爪をひたすら壁にこすり続けると、やがて磨り減って指先にダメージを受けます……うん、ひたすらゲーセンに通いつめて音楽ゲームを続けて指先がぼろぼろになってるそこのあなたのことです。
これは生成の速度を、日常生活における損耗速度が上回ったせいです。
肌がボロボロに……。
これは、日常生活で受けるダメージによる損耗速度が、新しく皮膚を生成する速度よりも早いため。
この解決のためにはどうすればよいか。
日常生活で受けるダメージを減らすか、新しく皮膚を生成する速度を上げるか……で、損耗速度と生成速度をつりあわせる必要があります。
前者は、日常生活を改める(休ませる・工夫によってダメージを減らす)、後者は目指せ健康(食生活の改善などによって新陳代謝を活発にさせる)などなど。
さてここで。
成長期に、運動部のハードトレーニングをこなす少年少女は基本、肉体的には健康と言えるでしょう。
少年少女の故障に関して、突発的な事故を除けば……これはもう、確実にダメージの積み重ねによる損耗が表面化したという話です。
一応、疲労による怪我なんてオブラートに包んだ表現もありますが、私はこの表現の使用をおすすめしません。
疲労というのは感覚的なもので、体力的なものでしか感じ取れないことがほとんどだからです。
元気いっぱい、ご飯も美味しい……それでも怪我をします。
人間の身体のパーツ……その一部分の違和感を、疲労という言葉で表現しきれるものではありませんから。
自分の体は自分が一番よくわかるとは言いますが、経験値の少ない少年少女に、大人のそれを求めること自体が間違っています。
そもそも、子供の頃に無茶をしまくっていろんな怪我をして成長してきた世代と違って、大きな怪我をしたことない子供たちに『大怪我になる前の状態の違和感を察知し、それを指導者に言葉で表現しろ』……無理ゲーだと思われます。
と、なると……これはもう、均一的に休養日を取り入れてしまうのが一番。
もちろん、休養の重要性を説明した上で……。
システム的に休みを取らせれば、少なくともダメージの積み重ねに対する回復というか、ある一定のケアになります。
……と、何十年も前からこの程度の意見は出ています。(笑)
日本という国のスポーツ事情やら何やらを語り始めるとキリがありませんし、興味のない人間には苦痛でしかないでしょう。
限られた範囲での現状説明と、なぜこの連鎖が途切れないのかをかるーく説明するにとどめます。
サッカーの指導者になるには資格が必要ですが、野球部のそれにはありません。
例外はありますが、野球部の指導者になる人間は、基本野球経験者であり、自分が所属していた場所でそれなりの評価を得ていた人間です。
成功者というか経験者は、自分の成功体験を重視しがちです。
現状分析、現状破壊及び改革するのは、大抵失敗した人間というか挫折者になります。
長時間練習によって鍛えられた人間は、当然のようにそれを踏襲します。
もちろん自分なりの工夫を凝らしはするのですが、中学、高校においては、2年半という短い期間で結果を出す必要があります。
将来を見据えた練習というのは、学校の教育機関に付随した部活動レベルではなかなかできません。
つまり、彼らの工夫は細かい部分に限られることがほとんどです。
強豪校になると、うまくいかなければ責任問題になりますので、なおさら現状の破壊、改革というのは厳しいものがあるのです。
私個人が怪我だらけの競技者生活だったせいか、ほかのスポーツやら色々と調べたり話を聞いたりして……あくまでもイメージというか印象の話になってしまうのですが、野球の指導者の、競技者ではなく、指導者そのもののレベルは低いです。
カーブがなぜ曲がるのか説明できない指導者は珍しくありません。
理屈なんかどうでもいいやん、曲がれば……という意見もあるでしょうが、野球部の指導者のほとんどが学校教師という事実を踏まえてください。
心を一つにして、突っ込めるはずです。
バッティングにおいて、『バットのヘッドを立てろ』というのは有名な言葉です。
しかしながら、この『バットのヘッドを立てた状態』をきちんと理解し、言葉で説明できる指導者も多くはないのです。
というか、わかってない人間ほど、こういった『よく使われている言葉を使って』ごまかしています。
選手のバッティングを見て、『今ひとつ』とか『なんか違う』などと感じ(これを感じ取れるという点ではある意味優秀なのかもしれません)、しかしそれをきちんと言葉で説明することもできず『バットのヘッドが立ってないんじゃ!』などと口にする。
説明を求めると、『こうじゃ』などといって、自分でバットを振るのです。(笑)
彼らは多分、ヘッドの立ったスイングを、指導すべき選手の体に触れて具体的に覚えこませることができないのです。
でも自分はできるから、自分がやってみせて『こうだ。わかったな』で終了してしまいます。
ちなみにちょっと説明すると。
木の板に向かってボールを投げる想像をしてください。
木の板が壁にきちんと固定されてる時、ボールは投げた速度に比例して跳ね返ってくるでしょう。
木の板がぐら付いている時、ボールがぶつかった瞬間、板がぐらついて運動エネルギーを無駄にしてしまい、力なく転がって戻ってくるか、下手をすると戻ってこないかもしれません。
投げられたボールをきちんと跳ね返すためには、きちんと木の板が固定されている必要があります。
さて、ここでバットの話です。
バットではなく、40センチぐらいの長さの棒でも構いません。
握った棒の先を、ぐっと壁に押し付けてみてください。
いや、剣道の突きみたいな話じゃなくて、棒の横の部分を押し付けます。
高さを変えてみてください。
ぐっと壁に押し付けた瞬間、手首が負けるというか押し返されるようになる部分と、そのまま支えられる部分が出てくると思います。
勘の良い人は察することができるかもしれません。
その、支えられる持ち方というか手首の角度を維持したスイングが、いわゆる『バットのヘッドが立った』状態であり、押し返される状態の手首の角度が『バットのヘッドが寝ている』状態です。
バットの質量とスイングスピードによって得られた運動エネルギーを、ボールにぶつけて跳ね返す……この瞬間、手首が負ける(押し返される)と運動エネルギーがロスされます。
つまり、強い打球が返せません。
その、ヘッドが立った状態で、インコースやらアウトコースやら、高めやら低めやらに応じたスイングをするというか……身体に覚え込んでいくわけですよ。
バカ指導者の一例として『ヘッドが立った』状態を、視覚的に理解して、膝下の低いボールに対しても『バットのヘッドを立てた(手首の位置よりもバットの先端の方が高い)』状態のスイングを選手たちに教えてました。
いやいやいや、振れないから。
人間の体、そんな風には出来てないから。(笑)
低めのボールだけしゃがむように打ってた選手が本当にかわいそうで……。
まあ、なんというか、少年野球の指導者を見ていると、ケリをかましたくなるような方が時々いらしゃって、なんともはや……恐ろしいことに、中学はもちろん、高校野球の指導者でもバットでツッコミを入れたくなるような方が多々いらっしゃいます。
投げるフォームや、走り方、グラブの使い方……個々人に特徴がありますので絶対的な正解はないかもしれませんが、絶対的な間違いは確実にあります。
もちろん、きちんと指導できる指導者もいるんですよ。
ただそれでも、ほかのスポーツに比べて野球の理論体系の確立が著しく劣っているような気がします。
野球少年のスポーツ障害率の高さ(数ではなく、率)は以前から有名ですが、長時間練習に加え、その指導方法というか練習方法に原因があるのは……まあ、ほぼ確定でしょう。
日本の野球の指導者の多くは、うまくいかない動作をひたすら繰り返す、反復練習に重きを置きます。
同じ動きをひたすら繰り返すことによって、身体の一部分にひたすらダメージを溜め込ませるわけですね。
つまり、全身的な体力には余裕はあるのに、集中的に反復練習を繰り返した身体の一部分に蓄積されたダメージの回復が間に合わず、怪我を発症する。
骨、関節、靭帯周辺の障害のほとんどは、これが原因だろうと私は考えます。
野球に限らず、スポーツの世界では結果を残した人間の言葉の方が信用される傾向が強いです。
自分の考えを言葉にするというのは、テクニックの話です。
つまり指導者の場合、選手であることとは別の技術が必要になるはずなんですが……なまじ国民的競技になってしまっているせいで、ピラミッドの底辺における指導者が新たな犠牲者を増やし、一定数の勢力を保っているというのがこの国の野球という競技における現状なのです。
付け加えるなら、この国のスポーツは学校を卒業してしまうとスポーツそのものに関わることが極端に困難になります。
中学は中学、高校は高校と、選手の指導に関して長期的な視野を取り入れられない状態です。
中学校で結果を残さなければ望む高校に行けない。
高校で結果を残さなければ、プロ、大学、実業団の進路が選べない。
つまり、本来なら基礎能力を重視した練習が望ましいのに、まとまった総合能力を求めた指導になってしまうなど……。
まあ、なんにせよ選手にとって一番マイナスになるのは怪我です。
高度な技術を指導することは限られた人間にしかできませんが、休養を取らせることは誰にだってできます。
……できるよね?(笑)
常にベストを望むのは大きな犠牲を払います。
ならば、ベターを積み重ねていくべき。
世界のトップなんかはさておき、底辺の底上げの面で語るなら、システム的な休養の採用はかなりの恩恵を与えるでしょう。
あぁ、うん。
過酷な高校野球の監督の負担も減るといいね。(笑)
まあ、スポーツに限らず……ね。(笑)




