46話:田舎の幻想
田舎でスローライフ。
田舎の素朴さに癒される。
緑多き田舎で……。
などなど、お疲れさんのぐったりさんの現代社会から脱出だぁ……と、田舎生活賛美論を耳にしたり、その手の記事を目にするたびに、私は口元が半笑いになる。
都市部への人口集中がますます顕著になる現代、その背景として田舎では仕事がないから都会に出てくる流れがどうのこうの……うん、それは決して間違いではない。
間違いではないのだが。
これは、私だけの意見でもないし、かと言って田舎の人間の総意というわけでもないと前置きはしておきます。
田舎の人間が、なぜ都会に出てくるのか。
それは田舎が嫌いだからだ。(笑)
生活が不便とか、そういう問題ではないのだ。
生活面に関して、殆どの人間はその不便さに慣れるし、自分なりの工夫を凝らす。
必要は発明の母であるし、情報社会である現代、他人の知恵を気軽に取り入れられるというのもある。
情報が不足していた昔なら、都会に憧れて……みたいなことも多かったかもしれない。
私の世代において、つまり20年以上前から、都会生活がそれほど恵まれたものではないということが普通に理解できる状況にあった。
それでも、だ。
私は、田舎から逃げ出したかった。
ここでいう田舎は、故郷と変換可能である。
都会、というか都市部の生活がそれほど楽しいとは思わない。
ふらっと、なんのしがらみもないそこそこの田舎に移住して、数年生活してまた別の場所に移住するぐらいなら良いような気もするが、生活スタイルとしては破綻しているような気もする。(笑)
ここまで言えば、特に詳しい説明の必要はないと思う。
あの、濃厚な……血縁を含めた愛憎どろっどろの空間が耐えられない。
見栄と、しがらみと、損得勘定、その他……複雑に絡み合ったそれは、政治力を求められる空間であり、とにかく、何もかもが嫌になる。(笑)
もちろん、それが肌に合うという人もいるだろう。
さっきまでにこやかに話していた相手の姿が見えなくなったとたん、『死ね、クソばばあ』などと毒づく連中どもの巣窟だが。
え、それは都市部でも同じだというだろう。
でも都市部はそれを無視できる、少なくとも無視できるだけの空気がある。
田舎の生活では、それを無視できないのだ。
周囲の人間とある程度の関わりを持たなければ、生活していく上で致命的な不利を受ける……そういう可能性を多分に含めての田舎生活なのだ。
まあ、異論は認めます。(笑)
もちろん、地域性もありますし。
田舎というのは、基本的に閉鎖空間である。
閉鎖空間であるということは、その地域独特の文化というか価値観というか……そういうものが醸成されやすい。
田舎の生活に憧れのは構わないが、移住することを希望するなら、田舎における共通項はもちろん、その地域性に触れた上で、判断の材料にしたほうが良いと思う。




