44話:残業
私は大学生の頃、残業が月に200時間などと聞いても『ふーん、けっこうきつそうだけど騒ぐほどのことじゃないよね』などと思っていた。
基本9時から17時。
つまり、22時まで働けば5時間の残業。
週休二日なら1日12時間働いて、5×5の25時間に、12×2の24時間を足して、1週間で49時間の残業。
これだけで、月200時間の残業はクリアできる。
まあ、体力は個人差があるから仕方ないけど、このぐらいは普通にあることだろう……そう、思っていたのだ。(笑)
だって、この数字だけを見るなら、高校レベルの体育会系部活動の方がよっぽどきつい。
……今の世の中、新入社員としてガチの体育会系人間が好まれているのは、このあたりの価値観によるものなんでしょうね。
上下関係を守り……云々を口にする人もいますが、体育会系人間の立場から一言言わせてもらえば、確かに体育会系の人間は上下関係に厳しいですが、それは相手を認めている場合に限られ、相手が認めるに値しない存在である場合、面従腹背ですめばまだしも、潜在的な敵対関係にしかなりません。
あからさまな敵対関係よりも、潜在的、もしくは消極的敵対関係の方が、組織にとっては有害であり、腐り、瓦解するもとになりますから。
そのあたりを理解せず、安易に組織内の体育会系人間の比率を高めると、かなりギスギスした集団に成り果てるであろうことが想像できてしまうのですが、これはあくまでも私個人の意見であり、異論、反論はあるでしょう。
いつものことですが、ちょっと話がそれました。
残業というのは、組織に認められない限り残業ではありません。
このぐらいのことがわかっていなかった私は、いわゆる坊やだったのです。
あくまでも例え話(笑)ですが、1ヶ月(28日…4週間で計算)のうち、休日が二日、休日出勤が6日、平日勤務が20日。
休日出勤は9時~21時。
平日は……実際は、最低が夜中の1時になるわけですが、計算しやすいように会社を出る時刻が夜中の1時とします。
実際の就業時間は朝の8時40分~夕方の5時30分なのですが、これまた計算を楽にするために夕方6時以降を残業時間だと考えると、平日の残業時間が1日あたり7時間、休日は12時間。
昨今、特に珍しくもない勤務状況ですが、ざっと計算して、残業時間は212時間になりますね。
きっちりとタイムカードというか勤務時間が記録され、上司にその改竄がなされていないとして……まあ勤めている企業の規定にもよりますが、算定される残業時間は212時間にはなりません。
……念のため言っておきますが、増えるわけじゃないよ?
世の中には労働基準法なんてものが存在するわけで、例えば連続8時間以上の労働が禁止されていたりします。
そういう時はちゃんと休憩を挟むように、雇用者は配慮しなさい……みたいな。
まあ、これもまた世の常なのですが、法律に詳しい人間は法律に疎い人間を食い物にする傾向があります。
知識は力であるというのは、近代社会において自衛の力であることの方が多いですね。
なぜ勉強しなければいけないかというと、他人に騙されないためです……こう言ってしまえるところが悲しい現実ではあるのですが。
『24時間〇えますか』のキャッチコピーは有名ですが……さて、学生ではなく会社で働いているあなた、あなたが仮に貫徹で24時間働いたとします、あなたの会社の規定でいくらの残業時間が算出されるかちゃんと理解しているでしょうか。
以前、『ぼーなす』の話で述べたように、なんとなくイメージで理解している事柄の事実というか真実は、時として残酷なものであります。
会社は労働基準法を守ってますよ……とばかりに、労働時間算定において、社員のそれに強制的に休憩時間が割り当てられるのです。
先程、計算が楽だから夕方6時以降を残業時間と計算しますなどと述べましたが、楽もなにも通常勤務終了後に30分なり、1時間の休憩時間が割り当てられている企業がほとんどです。
株式上場しているような企業なら、これは間違いなくそうですし、実際問題として勤務終了後のタイムカードを押すまでの間をこれで吸収すると言われたら、これは確かに納得できます。
この先は企業によって細かい違いはあるものの、夜の9時前後の休憩タイム(30分程度の設定が多い)、深夜1時前後の休憩タイム(2時間程度の設定が多い)、早朝5~6時前後の休憩タイム(これも2時間程度の設定が多い)……など、3~4回の休憩が設定されており、休みなく働いていたとしても、その設定された休憩時間分、実際の労働時間から差し引かれて計算されます。
徹夜で作業したところで、算定される残業時間は10時間前後になる企業がほとんどだと思います。
この規定をもって、我が社はきちんと労働基準法を尊重しております……と胸を張るわけですが、おいおいちょっと待てよと。
夜中の1時を過ぎてまだ働かざるを得ない状況にあって、のんびりと2時間も休憩するやつはいない。
会社はちゃんと規定しているのだから、それは個人の問題である……という建前はもちろん、そもそも残業は個人の能力の問題であるという論調ももちろん承知の上で。
完全分業生産ベースなどの例外はさておき、日本企業において与えられる仕事を基準時間ベースで管理できているところはほとんどありません。
システムの違いもありますし、日本企業における上司にそのマネジメント能力が求められていない。
仕事をいくつかに分解し、それぞれを部下に割り振る。
誰か一人の仕事が遅れたら、全員でフォローする(させる)……言ってみれば、日本企業(というよりは、日本人と表現したほうが良いか)のそれは、団体競技。
このシステムの場合、毎度毎度仕事を遅らせて周りに迷惑をかけるタイプの人間に対し、上司は割り振る仕事を少なくします。
反対に、出来る人間、もしくは責任感の強い人間には次々と仕事を割り振っていきます。
当然、仕事の手を抜く人間は現れます。
その人間の仕事は別に割り振られ……と負のスパイラルが完成してるのが今の日本社会、とまでは言いすぎか。
個人的には、学生の頃からそういうイメージがありますけどね。
やりたくない、面倒くさい、誰かに押し付けたい……の、それが要領の良さと言ってはばからない。
日本企業的システムの肝は、個々人のモラルにあります。
日本人は勤勉だと評価されることが多いようですが、それは社会的システム上必須であるからで……必須であったからで、(欧)米文化の影響により偏った理解をされた個人主義の蔓延は、従来のシステムとの間に強い摩擦を生じているのが現状かと。
反対に、欧米企業的システムとなると……個人に与えられた仕事は、ある程度その個人で完結している感じでしょうか。
最初に『この仕事を任せたいが、大丈夫か?』と上司からの打診があり、無理だと判断すれば断り、出来ると思えば受ける。
受けた仕事をできなければそいつのせい……まあ、上司のマネジメント能力が問われたりもしますが。
少なくとも、同僚の尻拭いをさせられるケースは日本に比べて少なくなるでしょう。
勘違いしないでいただきたいですが、どちらのシステムにも長所短所があります。
文化は生活習慣に依存して発展していくものなので、世界基準の名を借りたシステム変更が日本文化との間で摩擦が起こるのは当たり前のこと。
どこかの政治家が、『長所だけを取り入れて』などと馬鹿な綺麗事を口にしますが、長所短所はいわば特徴とか性質で語られるものであり、長所は短所であり、短所は長所であるのです。
特徴と誰かの都合を混同してはいけません。
システムはあくまでもシステムであり、運用するのは人間です。
理想は、システムを理解し、運用のために必要とされる能力を読み取り、個人がそれに従う……単純に歯車であることよりも高度な判断能力と幅広い能力が求められるので難しいでしょう。
まあ、弱者は搾取されるがゆえの弱者であるという言葉が確かなら、会社勤めのサラリーマンよりもフリーターなどの残業問題の方があれかもしれません。
フリーターというか、アルバイトの人間は基本、時給で働きます。
さて、8時間以上の連続勤務の場合休憩を挟んで……はさっき述べました。
コンビニのバイトなどで、深夜勤務が22時~6時の8時間で区切られていること、日勤が9時~17時の8時間で区切られていることが多いのはそのせいでしょう。
でも仮に、10時間の勤務形態のバイトの場合どうなるか。
これは、勤務の間に休憩を挟むことが求められます。
ええ、休憩を挟んだことにして報告しなければいけません。(笑)
時給で働いている人間ですから、休憩時間の給料はもらえません。
休憩できればまだましで、実際は『これだけの作業を終わらせろ』というある種の請負的な仕事であることも少なくなく、休憩なしに働く、仕事が終わるまで帰れない……でも残業はつかない。
極論でも、笑い話でもなく、今の世の中、どこにでも転がっている話です。
コスト削減の世の中ですから。(笑)
書きたいこと、書けることはいくらもありますが、最後に一つ。
週休二日制の導入、祝日規定など、休みを増やすことと休みが増えることは同じではありません。
新しく休みになった日にやっていた仕事は、別の日にやらなければいけません。
制度として休みを増やすというのは、1次生産レベルの社会構造における政策であり、現代社会においては、労働量そのものの削減をシステムや技術面などからアプローチしなければいけない問題なのです。
これは政治だけの話ではなく、会社でも、部門でも、様々な単位基準で取り組むべきはずなのですが……。
上に睨まれて、首を切られるのがこの国の現状かな。(笑)




