37話:料理が下手になっていく。
大学の頃、私は一時期めんつゆ作りにはまった。
男兄弟3人に、両親も含めて5人。
私の家族は、みんなもりもり食べる。
ひと束100グラムの素麺を、母はともかくとして、1人3束(300グラムだ)ぐらいなら普通に食べるのだ。
大学生になって、パスタ一人前が100グラムであることを知った時の驚きときたらもう。(笑)
というわけで、尋常じゃない量をもりもり食べれば、めんつゆも、もりもり使う。
一瓶600ミリリットルのめんつゆ(ストレート)が、またたく間に減っていき……当然のように悲劇が起こる。
私は、子供だった。
悲しいまでに何も分かっていないお子様だった。
めんつゆも醤油も、同じようなんもんだろ?
……勘弁してください。
そんな悲しいトラウマ(と言うにはなさけなすぎる)を払拭するべく、ついでに言うと、大学で一人暮らしを始めてから購入し始めためんつゆの味がちょっとばかり好みに合わなかったのだ。
本当に欲しいものは、自分で作るしかない。
今でこそめんつゆというか、出汁醤油なる製品は当たり前のように存在しているが、当時は……存在したかもしれないが、私は知らない……その程度の状態だった。
まずベースが醤油なのは間違いない。
え、作り方調べろよ……などとツッコミが入るかもしれないが、そんなレシピはない。
ネットも普及していない。
私個人のコスモを燃やし、あるいは爆発させ、ひたすらガンダーラを目指して旅立つしかないのである。
なあに、製品のめんつゆに原材料は記載されているのだ、なんとかなる。
典型的な、迷子のいいわけである。(笑)
目的地に向かう道筋はごくわずかであるのに対して、目的地に向かわない道筋はほとんど無限にあるのだ。
ただ、私にも勝算はあった。
昔、母が一度だけめんつゆもどきを作ったことがあったのである。
家族全員からブーイングを浴び、半分以上破棄せざるを得なかったが。
醤油は辛いだけだが、めんつゆは美味しい。(あくまでも当時の私の認識です。醤油もまた、うま味調味料なので誤解しないでいただきたい)
大学に入って、『味噌汁の出汁って、とらなかったらどうなるんだろう?』などと余計なチャレンジ精神を発揮し、文字通りの味噌汁を作ったことがある私は、『出汁が勝利の鍵だ』と、ほぼ正解にたどり着いていた。
塩味だけじゃなく、ほのかな甘み……うむ、少し砂糖を加えてみよう。
あ、ストライクゾーンから外れていった。(笑)
英知を結集し、数々の失敗を繰り返しながらひとまず完成して個人的に満足していたのだが、思わぬ落とし穴が待っていた。
腐った。(プラス、カビ)
あれ、これって防腐剤とかそういう問題か?
開発責任者兼、消費者兼、製造責任者でもある私は悩んだ。
自分で作るからには、それなりの量を作る事になる。
私はひとり暮らしである。
一回で使うめんつゆの量などたかがしれている。
このことから、ある一定期間腐らないめんつゆの開発が望まれた。
塩が足りないことはすぐにわかった……が、塩を多くすると美味しさというか甘味が打ち消され、ただしょっぱいだけの醤油汁になってしまう。
あらためて原材料を確認。
昆布、鰹節、椎茸。
醤油。
その他調味料。
あれ?
何かがおかしいと思った。
醤油……腐らない(すぐには)。
昆布、鰹節……以下略。
なぜ腐ったし?
そもそも、保存性に優れた原材料を用いているのに、なぜ短期間で腐った?
思いが、煮詰まっていく。
あ、水だ。
出汁を取るのに、水を使ったのだ。
それに気づけば、あとは早かった。
水の代わりに酒を使った。
余計なチャレンジ精神を発揮して、ウイスキーなども試してみたが……ま、ちょと覚悟はしておけ。
好みのバランスもあるが、鰹節、昆布、椎茸、貝柱などを酒で煮て出汁を取る。
3回に分けて醤油を投入、その合間に調味料を少々。
いける、これはいける。
根拠のない自信。
だが、私を衝き動かすには十分だった。
……結論から言うと、うまくいったんですけどね。
前振りのつもりだったのに、ついつい興に乗ってしまいました。
というわけで、めんつゆだったり出汁醤油だったり、味噌も最近は当たり前のように出汁入りですね。
要するに、旨みを強化した旨み調味料が現代日本では氾濫しています。
誤解を承知で書けば、美味しいと思える料理を作るのがものすごく簡単になりましたね。
昔、炊き込みご飯とか美味しく作るのって難しかったんですよ、食材によっては特に。
今や、適当に混ぜて、出汁醤油ぶち込めば美味しく出来上がってしまうんですもん。
煮物なんかも、煮る順番とか、火加減とか全く無視して、砂糖とか醤油とかみりんとか全部一緒に入れても、それなりに出来上がってしまいます。
まあ、プロとアマチュアの壁は当然あるんでしょうが……かつての料理上手と呼ばれた人達にとって、今の状況は悪夢じゃないですかね。
素材の旨みを引き出す温度とか、時間とか……旨み調味料でぜんぶ台無しですよ。(笑)
もちろん、レベルが上がればそこより上のステージがあるんでしょうけど。
そういう私も、腕はもちろん、気概もないので、お手軽クッキングに徹してますが……多分、昔よりも料理の腕は落ちてると思います。
必要は発明の母であるが、その裏で何かが殺されている……この認識は、忘れてはなるまい。
BGM:プロ〇ェクトX(笑)




