3話:裁判員
あ、まだ続いてるんだ、裁判員制度。
数年前、裁判員候補に選ばれたという郵便物が来たとき、私は小躍りした。
アンケートでは、殆どの人間がやりたくないという集計になっているようなので、私は少数派といえる。
それが良いことなのか悪いことなのかはさておき、裁判員制度は今も続いているのだが、正直私はこの制度がすぐに破綻すると思っていた。
だからこそ、裁判員制度が破綻して中止される前に候補者となれた自分の幸運に喜んだのだ。
裁判そのものというか、法廷でのやり取りなんかは望めば(注目の裁判でない限り、ほぼ見物はできる)目にすることはできるが、判決に至るまでの話し合いやら、内部資料やら……これらは取材で知ることはできても、自分で経験することはできない。
それが経験できるのである。
しかも日当まで出るのである。
自分の知識欲をみたせる上に、お金までもらえるって……んんんん~ディ、モールトッ!
とにかく私は浮かれまくっていた。
多くの人間がやりたくないと思っていることはわかっていたので、実際にあれこれ理由をつけて辞退する(事前にかなりめんどくさいアンケートに答えて提出する必要はありますが)人間が続出していることも知っていたので、私は自分が裁判員に選ばれることについてかなり楽観していた。
まあ、ほどなく自分の予想の正しさは証明されたが。
裁判員候補に選ばれるということ。
実際に候補になるということ。
実際に裁判員に選ばれること。
裁判員制度が始まったのはいいが、それについて無知な人間が多いこと、無知ゆえの不安を抱えている人間が多いことは分かっていたので、私はこの経験をきっちりまとめて知人のHPに掲載するつもりでいた。
もちろん、裁判の内容についての守秘義務なんかは当然のことだからそこは書くつもりはない。
あくまでも、どういう流れで候補者に選ばれるかとか、当日のほかの候補者の様子とかまあそういうドキュメント風のを書くつもりだった。
待合室にて、みんな黙りこくって俯いていたのに、私は周囲を観察してはひたすらメモ用紙にペンを走らせていたわけで……かなり浮いていたはずだ。
ほうほう、当日50人から6人が選ばれるという計画だったのに参加者番号が90近くまである。
ほうほう、番号が飛んでいるのは事前拒否の人間の分か。
つーか、無断欠席は罰せられる恐れがあるのに勇気ある欠席者が〇人もいるぜ。
などなど。
ちなみに50人の中から6人(プラス補欠2人)を選ぶというのは、特に深い意味はないそうです。
無作為に抽出した人間から、6人の裁判員を『選べる』人数を集めているだけであり、欠席やら拒否の割合が高い地域では、ひとつの裁判に対して集合をかける候補者の数は多くなります。
トライアンドエラー方式というか、試行錯誤の結果ですね。
最初の計画通り、50人の候補者から6人を選べないとなると、分母の数を増やす必要があるわけで。
つまり、候補者に対して配られるマニュアルの、『50人から6人を選ぶ』という部分に関しては、既に破綻してる地域が存在してます。
私の参加した裁判においては、最低でも89人に通知が出され(その場にいた参加者の最大数が89だったため)、事前に拒否できなかった人間がおそらく54人(部屋に用意された机の数が54個だったため)。
そして89人に声をかけて、実際に当日集まった人間は50人を切ってました。
うん、計画通りにおちついたわけですね。
しかしここで、『今日は用事あるんですよ(面倒だから勘弁してください)』と、いかにもさっさと仕事に行かせてくれ的な人が、当日申請で参加できない理由を別室で語り、認められて、さらに減少。
なんということでしょう。
50分の6のはずが、気づけば14分の6になってます。
補欠も入れたら、14分の8。
私はウキウキでしたが、ものすごく高まった確率に顔を引きつらせた参加者がちらほらと。
うん、50分の6だから大丈夫なんて考えは捨ててください。
マニュアルはマニュアルでしかありません。
……とまあ、こんな感じにおもしろおかしいものを書こうと思っていたわけです。
しかし、モノがモノだけに一応確認はとっておいたほうが良いかなと。
裁判官の方に、『裁判の内容そのものには触れない、裁判員候補から裁判員に選ばれ、終わるまで』のお話をHPに掲載することに問題はありますか、と聞いてみたところ。
ダメでした。
それもかなり強い口調でのダメ出しです。
裁判の内容には触れないこと、日時、人名は絶対に出さない……でも、ダメだと。
マニュアルには、裁判員に選ばれたことを会社の人間やら知人に話すことは構わないと書かれているのですが……。
何か起こった時に、責任が取れないこと。
不特定多数に発信するということと、会社の人間やら知人に話すことは、解釈が異なること……。
うん、言ってることはわかるんです。
裁判長殿の言ってることは理解できるんですが、そもそも裁判員制度ってのは、裁判を身近に感じるというか、国民が自らに関わることと認識して常日頃から認識を深める助けとするというか……。
なのに、実際に参加した人間がそれを情報として発信できないというのは、なんか違うんじゃないだろうか?
そのくせ、経験者に人前で経験を語りませんか、的な講演へのお誘いハガキなんかは送られてくるんですよ。
えっと…その講演って不特定多数の人の前で、素顔を晒して…えええええぇぇ、それはイインダ…。
だから、このお話は裁判長殿の判断に従えば……イケナイ事なのよ。
50分の6の確率だと、いつから錯覚していた。