26話:おふくろの味
くどいようだが、私は大学進学を機に一人暮らしを始めた。
夜にランニングしにいっても締め出されない。
真夜中にふと思い至って、部屋の中でバットの素振りやトレーニングを始めたって怒られない。
ビバ、一人暮らし。
……その代償として、掃除洗濯その他もろもろを自分でやらなきゃいけないのは置いといて。
どういうわけかわからないが、料理である。
野球の関係でトレーニング論というか、食事の重要性についてにそれなりに知識があったため、中学、高校と、母親の作る料理についていろいろと言いたいことはあったのだが、それを口にしないぐらいの分別はあった。
それを口にしたところで、『嫌なら自分で作りな』などという、なんのひねりも、独創性も面白みもない言葉を返されるのは目に見えていたからだ。
……何故だか、心にダメージが。(笑)
というわけで、一人暮らしを始めると、自分で作ることができるのである。
もちろん、予算やら、カロリーやら、火力やら、色々と制限はあるのだが。
まず、アスリートとして考えなければいけないのはタンパク質の確保である。
ハードトレーニングを想定し、体重1キロに対し2グラム……1日、150グラムのタンパク質を摂取するとなると、単純に1食あたり50グラムのタンパク質。
しかし、一度に多量のタンパク質を摂取すると肝臓に負担がかかる。
昔、相撲取りが肝臓を悪くして……というのは、飲酒もあるがその食生活(ドカ食い)に原因がある。
1食30グラム程度にするのが理想とされており、50グラムぐらいまでならまあなんとか……と言われている。
身体の大きなアスリート、しかもトップ選手レベルだと3食で必要とするタンパク質を確保するのは厳しいため、補助食に頼る。
プロテイン、日本では販売され始めた当初(1980年代)なんかは、食事のあとに牛乳と混ぜて……みたいなことをやってた少年が多かったが、これは体に大変よろしくない。
食事で摂取したタンパク質とプロテインパウダーに含まれるタンパク質と、牛乳に含まれるタンパク質による、タンパク質アタックが、少年の肝臓にジェットでストリームな攻撃をかまして過剰な処理を強いることで痛めつけてくれるからである。
食事とは別に、おやつ感覚……食事と食事の合間に取る補助食としての製品なのだ、本来は。
1日4000キロカロリーを摂取しなきゃいけないのに、食があんまり太くない選手なんかは、1日6食などという苦行を強いられているそうな。
もちろん、合間合間の3食はヨーグルトとプロテインとか、牛乳とプロテインとバナナとか、プロテインとヨーグルトと混ぜ、ビタミン剤などをトッピングに……。
南無……。
というわけで、予算とタンパク質の2点だけで、私の食生活は著しく制限された。
牛乳(1日1本)。
納豆(1日100グラム)。
卵。(1日1個)。
この3つで、大体80グラムほどのタンパク質が確保できる。
しかも、安価である。
お分かりであろうか?
はっきり言って、ほかの選択肢はないのである。
外食なんかはもってのほかである。
『鳥のササミ』なんかも悪くはない、悪くはないのだが……ササミは100グラムでタンパク質15グラムほどを含む。
自分で料理する人、特にカロリーダイエットの経験者なんかはこれだけで察すると思うが、ものすごく使い勝手が悪いのだ。
あ、筋肉はタンパク質で出来てます。
つまり、動物の肉(筋肉)もタンパク質で出来てます。
脂はともかく、お肉は動物性タンパク質の塊ではあるのです。
ササミは、いわば鳥の翼を動かす筋肉部分。
脂も少なく、タンパク質を摂取するには理想的……ということで、トレーニング期には鳥のササミが……などと、この国では念仏的に唱えられているのが現状。
……すみません、この話キリがありません。
以前に書いた、ちょっとした事故というか大怪我、その後の手術、経過によって私のアスリートとしてのいろんなものが綺麗さっぱりお亡くなりになられました。
それを機に、私はようやく自分が楽しむための料理を手がけることになる。
本屋で立ち読みした料理本。
漫画で登場した怪しげな料理の再現。(笑)
自分で作って自分で食べる。
そしてふっと、田舎の母を思い出すのだ。
定番である。
定番過ぎるお話である。
ウチの母ちゃん、料理が上手ってわけじゃなかったんだなあ……。
どっとはらい。
だからといって、下手ではない。




