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25話:マナー

 違法ではないが適切ではない。

 こういう言葉を聞くと、日本語って素敵だなあとしみじみ思います。

 最初は脊髄反射的に、『マナーで良くね?』とか思ったのですが、あらためて噛み締めれば噛み締めるほど味がある言葉です。

 うん、『マナー』とは似て非なる言葉だ。

 己の立場と、状況と、穏やかな暴露めいた芸術的表現は、単なる言葉の域を超えたと個人的には思っています。

 うむ、実用的ではないが、適切な表現……あれ、間違ってないはずなのに言葉にするとものすごい違和感があるよ?


 と、いうわけでマナーです。

 当然、本家のマナーと日本におけるマナーという言葉の意味合いは誤差があるわけですが、ここでは日本的マナーについて。

 どんなマナーについても、成立させるために必要なものは共通認識です。

 子供の頃からそれとなく教えられる、『自分がやられて嫌なことを他人にするな』なんかは、マナーというか社会的行為への第一歩なわけですが……自分がなんとも思わないことなら、やってもいいのかという話になっていきます。

 ひたすら話が抽象的になってしまうので、具体的な……まあ、具体的かも知れない例を。

 私は、大学生になるまで知人の家に遊びに行くという経験がほとんどありませんでした。

 いや、そこで『あっ…(察し)』みたいな反応を取らないように。(笑)

 まあ、当たらずとも遠からずですが、野球やってりゃそんな暇ないのです。

 そもそも、『遊び』が『野球』と『トレーニング』と『読書』にしかつながってない馬鹿と腰をすえて遊んでくれる人材が、過疎的田舎にいるはずも……。

 それはさておき。

 大学の知人の家(一人暮らし)にお邪魔をし、遊んでいる。

 そのさなか、電話が鳴るわけです。

 ここでどういう行動を取るか。

 1対1の場合、部屋にいるのが友人と自分だけのケースですが、知人の電話の内容を聞かないように、ベランダなり、部屋の隅へと移動。

 複数人の場合、電話が長引きそうなら気を利かしてちょっと買い物に出かけたり、すぐ終わる電話なら本人が電話持って玄関の方に移動したりとか。

 これの根元にあるのは、『他人のプライバシーに踏み込まない』ということでしょう。

 他人というか、友人の電話の内容を聞かないように行動する。

 当時はまだ、個人情報保護法なんぞありませんでしたし、ストーカーなんて言葉もありませんでしたが、個人のプライバシーを侵害しないようにしようという考えは存在し、ごく当たり前のマナーとして成立していたわけです。

 いろんな人間が、ほぼ同じ行動というか気遣いを見せたので、私だけの考えではないと思います。

 さて、ここで携帯電話の登場です。(笑)

 初期において、携帯に電話がかかってくると、受けた人間はそそくさと周囲から離れて道路の端とか建物の陰へといったものです。

 あくまでも私見ですが、これは周囲の人間に気を使わせまいとする気遣いからの行動だったでしょう。

 部屋の中に複数人、電話を持って玄関へ……の変形ですね。

 自分一人のために複数人を移動させるより、自分ひとりが移動する方が良い、と。

 ただここで問題となったのは、携帯電話のコンセプト。

 より早く、より効率的に。

 他人への気遣いは、速度及び効率的な行為ではありません。(個人的観点において)

 気が付くと、街中で周囲に人がいようがいまいが、携帯電話でそのままやりとりするのが当たり前になってしまいました。

 これにさらされて成長した人間は、そもそも上記のマナーを知りませんし、知識として知ったところで、『聞きたくないなら、聞かなきゃいいでしょ?そもそも私は聞かれても気にしないし』みたいな感じで、マナーそのものを否定、もしくは無関心の境地に至ります。

 『そもそも、周囲の人間は自分なんかに注目していないから問題ない』的な、楽観的な自分の都合優先思考の蔓延ですね。

 私個人が携帯を使っていないため、もしかすると偏見かもしれませんが、逆によく見えている可能性も否定できないとは思います。

 個人情報保護法の成立など、個人のプライバシーそのものを尊重しようとする社会的ベクトルに対して、個々人の他人のプライバシーへの配慮は非尊重のベクトルへと向かっています。

 実際は逆で、個々人が他人のプライバシーに配慮できなくなったため、社会的に(法的に)規制しなければいけなくなったというのが現状なのでしょう。

 まあ、皮肉といえば皮肉ですが。


  戦後文化論を語りだすとキリがないのですが、数学の公式のみをまる覚えして公式そのものの道筋にむとんちゃくな学生と、己の価値観に凝り固まった老人。

 今の日本社会はその二極化で、中間層がいないゆえにその歪みも大きくなっているのでしょう。

 日本という国において、マナーという共通認識が必要な概念は、いろんな意味で非常に脆弱なものであると私は考えます。


 つーか、携帯電話で話しながら買い物してる客(レジで会計)を見るたび、私は舌打ちしたいような気分になる。

 まず、周囲の人間への迷惑。

 店員への礼を失した行為。

 自分の思考が、社会的には支持されない現状……などなどに対して。(笑)


 まあ、他人から見れば私もまた誰かをイラつかせているのでしょうけど。

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