19話:さぬきもん
彼の名は、さぬきもん。
私とは大学で知り合い、卒業以降音信不通となった仲である。
つまり、この話を書くに至ってなんの許可も得ていない。
ついでに言うと、私は彼以外の香川県人を知らない……もしかするといたかも知れないが、出身地を知るまでには至らなかった。
……何が言いたいかというと、この話を読んで『すべての香川県人がこうである』などと短絡的に考えないでいただきたい。(笑)
ではあらためて、彼の名はさぬきもん。
大学生活を始めるにあたり、瀬戸内海を越えて本州へとやってきた。
引越し荷物をある程度片し、時間を確認すればもう夕方だ。
陽のあるうちに、アパート周辺のインフラを確認したいのだが……今と違って、ようやくポケベルから携帯電話へと移行しようという時代である。
コンビニやらスーパーマーケット、生活用品を購入できる店などなど、人に聞くか、自分の足で調べるしかない。
行き当たりばったりというか、とりあえず最寄駅を目指そうと部屋の外に出たところ、ちょうど同じ階の住人が部屋の前を通りかかったではないか。
「あ、今日引っ越してきたさぬきもんです」
「え?あぁ高塔です。隣の隣ですね。よろしく……って、S学の新入生ですか?」
「あ、そうですけど…」
「いや、このあたりの学生はほぼS学一択だから。あ、僕は(ぴー)学部の3……2年生(留年したから)」
「あぁ、そうなんですか」
まあ、自分も買い物するついでに駅前のめぼしい店やら、この商品を買うならここがいい的なことを教えつつ……今思うと、この頃の自分は親切だったなぁ。(笑)
さて、さぬきもんの行動に驚かされたのはこの時である。
彼は、スーパーでそれぞれ袋うどん(乾麺じゃなくて生タイプの)を購入。
帰り道でそれを取り出し、当たり前のようにそれを食べ始めたのだ。
スナック菓子のように、袋に入ったうどんにかぶりつき、もぐもぐと。
「んー、ここのメーカーはイマイチ、と」
そして次のうどんにかぶりつく。
実際、私も麺好きだし、うどんを生醤油で食べる(それを告げたところ、周囲にかなりひかれた)ことも、父親のせいでなれた。
その私をして……いや、何もつけずにそのままいくか、と。
そんな感情が顔に出てしまっていたのか……さぬきもんは私を見て、特に慌てるでもなくこう言った。
「あぁ、うどんの良し悪しを知るにはそのまま食うのが一番ですから」
おぉ、なんか職人っぽい。
などと感心するよりも、正直ちょっとひいた。
何がすごいって、自分の行動に全く疑問を持ってないところがすごい。
昔と違って、テレビの普及にしたがう文化の平準化というか……実際、さぬきもんの言葉遣いは割と標準語に近いアクセントだったように思う……そこをはるかに超越した、このさぬきもんっぷりは、これが本当の文化なのかもしれないなどとおののいた記憶がある。
つーか、商店街の周囲の人間の視線がすごかったよ。
さぬきもんとは所属する学部が違ったせいもあり、時の経過につれて疎遠になっていったのだが。
それでも実家から送ってきたうどんを頂いたり、『そんなゆで方だと、うどんが死にます』などと怒られたり、色々と教えてもらった。
自分が買い物をするとき、ふとうどんの原料なんかをチェックしてしまう。
私の舌はそれほど上等ではない。
多分、食べれば美味しいとは感じてしまうのだろう。
生タイプ、冷凍もの、昔と比べて確かに美味しくなったよなあ……と実感はするのである。
実感はするのだけれど。
彼の言葉が、耳に蘇る。
「この、うどんの原料にでんぷんとか書いてあるの、最悪ですから。これ、うどんじゃないんです。美味しいうどんをさまざまな角度から数値化した上で、歯ごたえを近づけるためにタピオカなんかの澱粉を混ぜ込んである証拠なんですよ。そもそもうどんのつくり方わかりますよね?普通に小麦粉からうどん作って、そこに澱粉を原料として混入することが……」
美味しいと感じることと、美味しいこと。
それは多分、イコールでは繋がらない。
そうだろう、さぬきもん。




