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172話:ナックルボール

あれは魔球です。

 ナックルボールを実際に見た人は少ないだろう。

 野球の試合を、テレビの画面で見るのではあのボールの凄さはわからないと思う。

 もちろん、単純にナックルボールといっても、1球1球にかなり違いがある。

 最初に『ナックルボール』という言葉を聞いたのは、小学校の時だった。

 長兄は中学で野球部に入っていて、よくキャッチボールの相手をさせられたし、ティーバッティングのボール投げもよく付き合った。

 まあ、兄から教えてもらったのは『揺れて落ちるボール』。


 サ〇ルボール?

 ユ〇カボール?


 それだけ教えられても、正直ピンと来なかった。

 ちなみに、上の二つのネタがわかる人間はどのぐらいいるだろう?(笑)

 まあ、兄はナックルボールの握りを真似して色々と練習していたが、1球たりとも成功したボールを見ることはなかった。

 と、いうか……指を弾いて回転を殺すって、それって無回転のフォークボールとどこが違うの?という私の疑問に答えてくれる人はいなかった。

 漫画などでは登場するのだが、それを見たところで凄さがわからないというか、当時の野球少年には幻の魔球みたいなものだった。

 それにしても、長兄は1球投げるごとに『変化したか?』などと私に聞いてきたのだが、お互い『見たこともない変化』をどう判断しろというのか。(笑)

 ちなみに、長兄は家で新しい変化球をひたすら練習するタイプだったので、いろいろ体験させてもらいました。

 今にして思えば、長兄はあの時代の夢見る野球少年そのものだったのだなあと。


 中学生が、6歳年下の弟めがけて全力投球……まあ、私の『目』を鍛えるという意味で、ものすごく貢献していたようですが、あまり褒められたものではないかと。



 さて、私が初めてナックルボールを目撃したのは大学生の時だ。

 衝撃でしたね。

 時速100キロ程度の、小学生が投げるようなボールが、私のミットにかすりもせず通り過ぎて行きました。

 2球、3球と、ナックルの投げそこないが続いたのですが、私は『何時間でも付き合う。投げてくれ』と無理を言い(投げる人間の爪にすごい負担がかかります)……10球以上無駄球を投げさせたあと、再び私はそれを目にすることができました。

 最初の衝撃に比べるとやや変化が少ない気がしましたが、ミットに当てて前に落とすのがやっとでした。

 まあ、そのあとも随分投げさせた(笑)のですが、驚きは、無理だなという諦めに変化しました。

 投げそこないではなく、きっちり決まったこのボールを初見で打つのは不可能だと。

 人間の目の仕組みとか、そっち方面の知識を持っていたから、なぜナックルが魔球と呼ばれるのかがよくわかってしまったのです。

 例えて言うなら、こちらに向かって不規則に飛んでくるハエ。

 慣れたら話は変わってくるのでしょうが、ボールの軌道を予測できないのが打者としては致命的だ。

 軌道を予測できないから、バットが振れないのだ。

 つまり、ボールを見るのを諦め、ただバットを振ることだけを決めて、ようやくバットを振ることができるが……タイミングをとることも困難になる。

『ボールを見て』、『バットを振る』事を何万回と繰り返してきた人間には、『ボールを見る(軌道予測)』ことは、予備動作と同じである。

 野球をやってる人間にとって、打者として何も考えずにバットを振るというのは無意識レベルでものすごい抵抗を覚えるのは言うまでもない。

 後で床の掃除も服の洗濯も全部やってあげるし、その瞬間を見るつもりはないからと言われたとしても、『服を着たまま小便してください』と言われて無抵抗で出来るかどうかって感じの話です。(笑)

 長年に渡って刷り込まれた常識やら慣習が、『それ』を邪魔するわけです。

 少年野球及び中学野球などでは、監督や実力者がバットを振らない打者に対して『振らなきゃ当たらん』とか『バット振れ』などと罵声を浴びせますが、『打てる気がしないなどの心理的要因でバットを振らない』のと、『軌道予測ができなくてバットを振ることができない』の違いを認識できている人はほぼいませんでしたね。

 今の時代はどうかわかりませんが、レベルの高い一部はともかく、おそらくほとんど改善してないんじゃないかと思います。


 さて、ナックルは、僅かな回転による空気抵抗によって生まれる。

 近年のスパコンの発達により、ナックルの条件等が次々と発表されているが……ただただ、すごいなあと感嘆するばかりです。

 野球少年の疑問が解消されるというか、指導者へのツッコミが科学的になされるこの素晴らしさよ。

 まあ、指導者がわかってないと意味はないんですけどね。

 たまに、『高速ナックル』などという素敵な魔球が創作物に登場するが、理論上はただの無(微)回転フォークである。(笑)

 打者を馬鹿にするような、時速100キロ程度のナックルボール。

 打者の目から見て、ナックルの変化が最も大きく、というか激しく感じるのは球速にも関係していて、時速100キロから110キロなんだそうだ。

 それも完全な無回転ではダメで、手を離れてからベースを通過するまでの回転が5分の4回転だったか……とにかく、一回転以上すると揺れが消えてしまうらしい。

 ぶっちゃけると、ナックルボールは球速を上げるとその威力が低下する。

 空気抵抗やら空気力学なんかを丹念に調べていくと、なるほどなあと、再び感嘆するしかできない。

 余談になるが、フォークボールを完全無回転で投じると、打者に打たれやすくなると言われている。

 ボールの縫い目が早く認識できるので、球種の判断が早くなり、対応されてしまうからだ。

 そして、僅かに回転を残したフォークボールの場合、『ボールがかすかに震えるように打者の目に映って、球種を判断されてしまう』ので、これも打たれやすくなってしまう。

 うまく説明できないのだが、投手の手を離れてすぐに微かにボールが震え、『あ、ストレートじゃないや』と認識するよりも先に瞬時に身体が対応しようと動いてしまう感じ。

 実際、こういうフォークはキャッチャーをやっていてもノーサインでキャッチできます……時速140キロまでは体験してますが、それ以上はわかりません。

 中学レベルの野球少年だと、『ボールが落ちる』ことに満足してしまうのだが、大事なのは打者に打たれにくいボールを投げることである。

 なので、高校、社会人、プロのレベルになると、『できるだけ打者の球種判断が遅れるようなフォークボール』を目標に、投げ込んでいきます。

 フォークボールを武器にするプロの投手の動画をスローで確認するとよくわかるが、ボールの回転数および、回転軸がよく似ている。

 おそらく、『球速を落とさず、なおかつ打者に認識されにくい』回転が把握されているのだろう。

 無論、それを達成できるかどうかは選手次第だし、ほんのわずかな回転の狂いが痛打を浴びる原因になるのだから……難しい変化球と言えるだろう。



 何年か前、ナックルボールを投げるマシンが開発されたというニュースがあった。

 さすがに見学にはいけなかったが、知人のつてを通じて映像を見せてもらうことができた。

 それを見て、『うわあ、ナックルだ』などと痴呆じみた声を上げてしまった。


 消えはしない。

 でもやはり、ナックルは魔球である。

 いわゆるナックルボーラーも、完全なナックルが決まるのは数球に1球程度。

 もし、この魔球を完全に使いこなせる選手が登場したら……興奮を生むだろうか、それとも絶望をもたらすだろうか。

 ただ、現代においてはナックルボールの軌道を風向きなども考慮した上でいくつかのパターンを予測して映像化することができる。

 その映像を繰り返し繰り返し見ることで学習し、その軌道をある程度予測することができるようになるかも知れない。

 金と手間をかければ、おそらくは攻略可能となるのだろうが……その時、投手も打者も人ではなく機械としてプレイを求められるような気がする。

 それはそれで興ざめというか、ロマンが足りなくて寂しい。

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