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144話:オーバークオリティ(酒とは関係ありません)

ちょっと悪意。

 朝、起き抜けに冷たい麦茶を飲み干しつつ、気づいた。

 そういえば、この冷蔵庫ってもう20年以上使ってるよな。

 電力消費の改善が進んだ、最近の商品に買い換えたほうが結果的にはお得になりますよ……などと、善意という名の悪魔が囁くのだが、壊れていないものを捨てるというのは昭和人としてなかなかに難しい。

 扇風機は、ネジが錆び付いて分解できなくなったから、1年中部屋のインテリアになってるけど、まだ普通に使えるんだよなあ。

 この炊飯器も、最初の会社辞めた時に買ったものか。

 そういや、この掃除機も大学入学した時に買ったやつだよな。

 この傘は、就職して東京に来たとき、コンビニで買った傘か。(ほかの傘も持ってます)

 ちくしょう、人間(私)の身体は簡単に壊れるのに、機械の身体は丈夫で長持ちだなあ。

 きちんと数年で壊れてくれるのは、ゲーム機とパソコンばかりだ。(笑)


 と、いうわけでオーバークオリティについて。

 何やら最近、言葉の意味が変わってるので私としては違和感があります。

 日本語に該当するというか、訳された言葉が『過剰品質』。

 まず、この訳された言葉から派生したっぽいのが、『顧客が望まない余分な機能を備えた商品』という意味合いですね。

 まあ、要求以上の品質特性、過度の品質水準……現在日本で使われているのはそのあたりをひっくるめた意味合いではないかと。

 日本企業のサービス過剰部分を揶揄して、オーバークオリティ体質などという言葉を目にするようにもなりました。

 うん、国が労働基準法とか、残業とか、そのあたりに対策を始めた時期と、この手の言葉が世の中に出回る時期がものすごく一致するので、口元半笑いですね。

 日本における2000年以降のそれは、大きく分けて2度の波がある感じですが……日本ではなく、海外でこの言葉が多用され始めたのは、2000年以前の時期で、日本製品バッシングと無関係ではありません。

 コスト管理の概念が海外から日本に入ってきたように、『商品の価格は、コストに見合ったものでなければいけない』という考えを、いろんな方面からの思惑で、『グローバルスタンダード』の名のもとに日本企業に布教しなければいけなかったわけです、多分。


 まあ、元々は……といっても、あまり自信も根拠もないのですが、自動車産業で生まれた言葉じゃなかったかと。

 少なくとも、メーカー企業のものではあると思います。

 大量生産による平均コスト減少、収入増による大量消費……突き詰めると資本主義経済は、需要が先か、消費が先かの問題に尽きます。

 そういうわけで、常に新しい市場を求め続ける宿命にある資本主義は、基本的に帝国主義と相性が良かったりします。

 まあ、新しい市場(侵略先)がなくなったら停滞するところも、よく似てますね。


 さて、日常生活消費材ならいざ知らず、家電、車などの大物の場合は話が別です。

 国民全てに行き渡った家電は、『新しく手に入れるステージ』から『古いものを捨てて買い換えるステージ』へと変化。

 ま、ここでは海外輸出のあたりはおいといて。

 これは、金額が大きくなればなるほど、メーカー側としては切実な問題で。

 かつて、車のセールスマンの話は有名でしたが、今の若い人にはピンとこないんでしょうね。

 百万を越えるお値段の商品を、なんとか『新しく買い換えてもらう』手腕の数々というか、悲哀の数々というか……『まだ動くから』という消費者を、どうにかその気にさせるためにも、新商品の目新しさや、優秀さによって、その気にさせる必要がありました。

 設計者、開発陣が、英知を振り絞って作り上げた、ぜい肉一つ無い車に、オプションという名のもとにゴテゴテとデコレートされたぜい肉を取り付けて消費者のもとに。

 仕方がないといえばそうなんでしょうけど、昔気質の職人さんタイプの人は、やりきれない気持ちを酒でごまかす毎日だったとか。


 と、まあ……消費者に買い換えてもらうためには、モノは、『適度な時期に壊れてもらわないと』困ります。

 できれば、メーカー保証期限が終わったあとに。

 そのあたりの、商品の耐久力コントロールの概念から生まれたのが、『オーバークオリティ』の言葉です。

 つまり、この言葉が示すのは『適度な時期に壊れてくれない商品』であり、『優れているから、消費者の買い替えが進まない商品』ということですね。

 先にも言いましたが、これは扱っている商品の金額が大きい業界ほど、生まれやすい概念なのは言うまでもありません。

 ええ、住宅なんかもそうですね。

 鉄筋コンクリートは、引っ張りの力に弱いコンクリートに鉄筋を入れることで、鉄筋の引っ張りの強さと、コンクリートの圧縮の強さを備えています。

 つまり、鉄筋コンクリートの寿命は、鉄筋が錆びる(強度劣化)まで……で、これが一般的には30年と言われています。

 ローマ時代の(ローマン)コンクリート建築物が、まがりなりにも現在に残っていることを考えると……うん、素晴らしい耐久力コントロールですね。(笑)

 家は一生に一度の買い物とはよく言ったものです、親から子へではなく、全員が一度家を買いなさいと。

 ちなみに、コンクリートはアルカリ性。

 これが中性になった時から、鉄筋の腐食が始まります。

 つまり、セメントの密度が高ければ高いほど、中性になるまでの期間は延びます。

 このあたり、日本建築学会などの資料を読めば詳しいのですが……まあ、信じる信じないは個人の自由ということで。(笑)

 セメントの密度だけが強度を決定するわけではありませんが、建築基準(強度設定など)が高くなれば、自動的に寿命も延びることになります。

 とりあえず、『コンクリート建築物の寿命が30年』というのは、一般的な建売住宅の基礎の寿命から広がった考えです。

 これは、販売者側の素晴らしい耐久力コントロールによって生まれた寿命ですので、あしからず。

 なので、すべての鉄筋コンクリート建築物の寿命が30年かと言われると……そんなことは決してありません。

 ただ、競争原理及びコストの概念が浸透した社会だと、『建築基準をぎりぎり満たすレベル』で利益を生み出すことが半ば強制であり義務でもありますので、鉄筋コンクリート建築物の寿命は、建築基準によって定まるとも言えます。

 だから個人で家を建てる際に、その分の予算をぶち込んで強度を上げ、寿命を延ばすのは可能です。

 ……業者が信用できればね。(笑)


 あぁ、この手の話を書き出すと脱線が止まらない。(笑)


 製品は、積み上げてきた技術の塊であり、技術は絶え間ない研究によってもたらされるもので、その歩みを止めないためにも、メーカーは商品サイクルをコントロールし、消費者の購買欲をコントロールし、侮られることなく、さりとて求められすぎることもなく、ただ歩み続けていかなければいけない。

 ……言ってることはわかる。

 わかるんだけどさあ。

 コストの概念が発達すると、『優秀な商品』を開発することが許されなくなるってことで。

 え、開発しても良い?

 ふんふん、製品の部品の中に、いわゆる劣化していく消耗部品を組み込んでおく。

 すると商品の故障箇所がほぼ限定されて対応コストが低くなるし、いつ壊れるかも計算できる。

 だから、ひたすら優秀な製品を開発してくれたまえ、コントロールは、こっちでやるから。


 だが、安心してはなるまい。

 『この技術は我社が開発したものだ!』などと横槍を入れてくる輩がいる。

 職人魂よ、がんばれ、超がんばれ。

 でも、コスト減には勝てないと思うよ、たぶん。

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