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110話:歴史のエピソードって……

 前話では噂について語った。

 さて、語り継がれる歴史エピソードはどうだろう?

 聞き手の記憶に残るエピソード、昔話。(笑)


 さて、中国4千年の歴史における悪女伝説。

 傾城だのなんだの、(その当時)男性に主権がある以上、女性のせいにするなよと私は思うのですが。

 つーか、権力者に媚を売るのって、ある意味普通の行為というか……権力者の意に沿うような媚の売り方は、それはそれで一つのスキルですよね。

 歴史の源流に遡れば、どの文明も女尊男卑だった時代があるんですけどね……まあ、『女性の分際で国のあり方に影響力を持つなんて…』的な、価値観が透けて見える部分はあるよなと。


 さて、やや意図的な書き方をしましたが、昔私がものすごく引っかかったエピソードの一つ。

 重耳というか、いわゆる中国春秋時代の晋の文公がらみのモノ。

 まあ、異母兄やら異母弟やらいるのですが、ものすごくざっくり説明すると。

 晋という国の主君には、いずれも優秀といわれる3人の息子たちがいました。(ここだけで、詳しい人にってはツッコミどころが…)

 重耳くんは次男坊。

 太子である兄、申生くんの評判は高く、父母を敬い、民を慈しみ…(以下略)。

 さて、そんなある日。

 彼ら3兄弟の父親が、若く美しい寵姫を手に入れました。(このあたりも、エピソード満載)

 名を、リ姫と言います。

 子供ができました。

 寵姫といっても、後ろ盾はありません……というか、主君が死ねば自分の命すら危ういと考えた姫は、どうにかして自分の子供を太子にできないものかと画策します。

 さあ、まず第一の標的は太子である申生だ。

 閨での睦言などの準備期間はもちろん省略。


 姫は、自らの髪にハチミツを塗ってミツバチをおびき寄せます。

 ミツバチに追われる姫を助けようと、太子申生は、手を振ってミツバチを追い払おうとするのですが……さて、離れた場所からはどう見えるのか。


 嫌がる寵姫を追い回す、太子申生。(笑)


 あ、あのクソ息子。

 親孝行面しやがって、ワシの女に手を出そうってのか!


 もちろん、そのシーンを主君に目撃されるようにすべてが計算づくです。

 新世界の神もびっくりの計算通り。

 このすれ違いを元に、数々の謀略が炸裂して父と息子の仲は急速に悪化というか、父親は息子である太子を厭うのですが、太子申生は『父親に逆らうなど考えられない』と……いろいろあった挙句に、服毒自殺してしまいます。


 と、まあ……この、ミツバチ云々のエピソード。

 まずツッコまなきゃいけないのは、『この寵姫の企みが何故エピソードとして残ってんだよ』ということ。

 たとえば、私が誰かを殺す。

 よっしゃあ、完全犯罪達成!

 誰も私を疑ってません。

 そして、百年後(数十年でも、数千年でも良いけど)、私の完全犯罪エピソードが残ってたらおかしいでしょう?

 時効とか関係なく、真実を口にしたら私はしゅうりょーなんですから。


 まあ、逆に『どう考えたらこれがおかしくないか』と考えると、この姫様には協力者がいた。

 うん、そりゃ寵姫がハチミツを手に入れるとか、ちょうど目撃されるタイミングを合わせるとか……うん、協力者がいるのは無理のない話。

 しかし、これがバレたら協力者の身も危ないし……そもそも、『この真実がバレて姫(と協力者)が処罰されたというエピソードが存在しない』のだ。

 つまり、真実が明らかになってないのに、真実が語られているという矛盾した話になる。


 実際、調べてみると歴史資料においてはこんなエピソードは発見されていない。

 太子申生が父親に贈った食べ物に(姫が)毒を混ぜ、『この暑さで食べ物が傷んでいるかもしれません、まずは毒見を…』などと言って、『まさか、あの心優しい太子が(主)君を毒殺しようなどと考えるはずがありません、なにかの間違いです』などと、親子の仲を裂こうとする楽しいエピソードもあるのだが、これに関しても歴史資料は簡潔である。

 贈られた食物に毒が混ぜられていた……もしくは傷んでいた、のみ。

 誰が、とか、それに関する発言などは、歴史資料にはないとされている。


 さて、するとどうなる。

 歴史の流れを追えば、太子自殺。

 重耳、弟は国外脱出。(重耳は、この長期にわたる国外放浪が有名である)

 姫の子供が後継(傀儡)に。

 国乱れる、クーデター発生、反対勢力、姫、全部ぶっ殺し。

 クーデター首魁、正当性確保のために重耳を招こうとするが、それを拒否されたために、弟を招聘に。

 弟、それを承諾。

 また国乱れる、さらに乱れる、それをじっと見守る重耳くん。

 この機会を待つ忍耐が良い話になっているが、ぶっちゃけると『自分の命可愛さに、民のことは見殺し』状態。

 まあ、亡命中に迎えた奥さんとかも捨てて……うん、一番大事なものを見失わない、それが大儀。(笑)


 数十年に及ぶ放浪を経て国に戻った重耳くん。

 春秋戦国時代における覇者の一人であり、五大名君の一人に数えられるが、在位期間はわずか8年。

 歴史資料はともかくとして、歴史エピソードは面白おかしく語られるのだなあとよくわかる。

 重耳は、晋の文公となった。

 文公は名君である。

 名君であるからには、その光を覆うような影はあってはならない。


 リ姫は、悪女でなければいけなかった。

 国の混乱も、長き放浪による苦労も……その理由付というか、生贄となったのだろう。

 太子申生が、殊更に忠孝の人であることを強調されるのも、姫を悪女にするためのスパイスであろう。

 その辺を抜きにして、『父親が、若い妾に入れ込んでて、その子供を後継にしようという動きがある』とかいう状況だけ考えたら、そりゃ心穏やかではいられない。

 というか、後継云々以前に、自分の命の危機だ。

 実際、何かやったのかもしれない。

 姫にしたって、自分の立場強化は生き延びるための知恵であり、あがきだ。

 太子申生から『忠孝』の文字を取れば、自分の権力を脅かす姫の子供をどう遇するかは……。

 死者は何も語らないが、生者は語る。

 国が乱れれば、民はその理由も何かに求めるだろう。

 姫を悪女にしたのは、その当時の人々なのか、それとも『歴史を教訓にする』後世の人々か。

 少なくとも、ここで紹介した『ミツバチ』のエピソードは後世の捏造であろうと私は思う。


 歴史は勝者によって綴られるというのは有名な言葉だ。

 主君を殺せば、主君には殺されるだけの理由があったと弁解じみたエピソードが作られるというか、国の安定のために噂を広めただろう。

 歴史資料においても、同時代の人間が書いた日記は当然資料価値が高いとされるが、世間の噂をまとめた内容だと、がくんと信憑性が低くなる。


 中世時代、ある人間が旅の途中に立ち寄った村で豚が飼われているのを目撃する。

 彼は村人に尋ねた。

『このあたりでは、みなこうして豚を飼っているのか?』

『はい、どの家も豚を飼っております』

 村人の答えに頷いて、彼は日記にこう記した。


 この地域では、人々は皆豚を飼い……


 中世時代に旅をする、しかも日記を書く人間が考える『このあたり』と、村の外を知らない人間がほとんどの村人の『このあたり』が同じであるはずはない。

 そして、この貴重な歴史的資料をもとに、私達が色々と考える。


 この時代のこの国では、農家は皆豚を飼っていた。


 誤解は広がっていく。

 単純に考えて、狼をはじめとしたケダモノが跋扈する時代、無条件で豚を飼育できるものなのか?

 そんなツッコミに対し、『この資料を知らないのか?』と反論。

 もしかすると、豚の飼育ができていたのはこの村だけだったかもしれない。

 『ある』証明に対し、『ない』証明は難しい。

 ついでに言うなら、資料そのものの『本質』の見極めも大事だ。

 何らかの献上品リストのような資料なら、基本的には『あったモノを全て記されている』だろう。それは、(政治的な部分は置いといて)正確な報告を求められるのが本質だから。

 しかしながら、誰かの覚え書きや日記の場合、ここには書き手の『主観』がある。

 変わったもの、珍しい出来事などを記すだろう。

 (当時の)人にとって、『当たり前のこと』はわざわざ書き残したりはしない。日記で言うなら『いつもと同じ一日でした』というやつだ。

 しかし、後世の人間にとってはその『いつもと同じ一日』が大事で、それを求めてしまう。

 さらに、現代の日本ならいざ知らず、『言葉の読み書きができて、安くはない筆記用具を使用できる人物』が、当時の、その地域の中でどれだけ特殊な立ち位置にあるかも判断すべきだ。

 悪意混じりで言わせてもらえば、『恵まれた人間の視点で書かれた』資料に、その社会の一般的な状態というか、あり方が的確に表現できるかどうかは疑わしいと思う。


 歴史小説は、真実である必要はないと思う。

 歴史資料は、真実というよりも可能性を示すものだと私は考える。

 そもそも、小説は小説であり、論文ではない。

 私が否定した『ミツバチ』エピソードにしたって、物語として楽しむならなんの問題もない。

 まあ、故人の名誉の話を持ち出されると困るが……歴史とフィクションを混同するのは危険だが、歴史とフィクションを混同させて楽しむぐらいの心の余裕は欲しいと思う。

 少なくとも私は、小説という時点で語られる中身は設定だと割り切る。


 ……歴史ファンの皆さん、歴史小説へのツッコミはほどほどに。(笑) 

歴史モノの感想欄を読むと、ちょっと手が出せない。

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