106話:いや待て、故郷のゴミ処理ってどうだったっけ?
前話で油の処理についてつらつらと書いたのだが。
はて、実家で生活していた頃、ゴミ出しをした記憶がない。
さらに記憶をサルベージ。
部屋にゴミ箱。
台所にダンボール箱が設置、そして生ゴミ用の容器。
えーと、燃えるゴミというか燃えそうなゴミ(笑)は、庭に設置してあるドラム缶加工の簡易焼却炉みたいなとこで燃やして。
生ゴミは、庭に穴掘って埋めてた。
よくかぼちゃの芽が出て、成長して、実を結んでたなあ。
古新聞は……数ヶ月に1回、ちり紙交換がやってきてた。確か、この日にやってくるから準備しとけみたいな回覧板が回ってたような気がする。
えーと。
家電のゴミは、親戚が某電機メーカーに勤めてたから、新しく購入する際に引き取ってもらってた。
んー、燃えないゴミ?
燃えないゴミというか、資源ゴミの存在がそもそも、乾電池ぐらいしか思い浮かばない。
ああ、うん。
ゴミの量は、豊かさのバロメーター……たぶん、そういうこと。
そもそも、私の故郷では油なんてゴミとして捨てられなかったんや……ごみを燃やすときに炎に向かって『ファイヤー!』などとぶちまけてギャグを飛ばすしかなかったんや。(それをやると、おそらく火が消える)
いや、現実から目を背けてはいけない。
そもそも、私の住んでいた家の周囲にゴミの集積所なんてなかった。
小学校も、中学校も、ゴミは焼却炉で焼いてた……確か高校もそうだ。
だとすると、私は大学進学時で初めて、ゴミ出しとゴミ収集という文明に触れたのか?
いや、高校の時市内の都市部に収集場所があったのかなあ……あまりに自分の生活に関係ない物体だから目に止まらなかった可能性もあるが。
まあ、江戸時代の江戸では、紙くず拾いや灰買い屋をはじめとしたゴミ収集が機能してたから……たぶん、私の目に止まらなかっただけで、故郷にもそういうシステムはあったんだろう。
昭和だもんな。
戦後だもんな。
とりあえず、私の住んでいた集落(旧分類での村)に収集場所がなかったのは確かだ。
だからみんなが自分たちで処理していた……ああ、川の土手の粗大ゴミとかそういうことか。(笑)
プラスチックなんか、ガンガン燃やしてたし……燃やしてると、煙がものすごく目にしみたのはよく覚えてる。
うん、おおらかな時代だったよなあ。
なんだろう、『時代』ですませるなというツッコミの幻聴が。
大学で一人暮らしを始めて……ああ、やっぱり今に比べたら、ゴミの量が全然違った気がします。
あの時はまだ、専用のゴミ袋なんかなかった。
スーパーで買い物した時にもらったレジ袋をそのままアパートのゴミ収集所に捨ててた。
どんどんレジ袋が溜まっていったことからも、ゴミの量がいかに少なかったが推測できます。
まあ、今の時代はレジ袋が有料のスーパーも珍しくないですし。
専用袋とか、ゴミの分別とか、面倒になってきたなあと感じたのは……2000年あたりか。
もちろん、自分が所属する地方自治によって違いはあるでしょうけど。
リサイクル法なんかも割と最近のことで。
うん、今って故郷のゴミ処理どうなってるんだろう。
もう20年は帰ってない(友人の結婚式は、家に知らせずホテルに泊まりました)ので……実家の付近が発展する光景は思い浮かばないし、そもそもあのバラバラに点在してる住居の地域で、ゴミの収集所なんて可能なんだろうか。
と、いうわけで。
いかに人の記憶が、美化と捏造と欺瞞に満ちたのものなのかを実感することになりました。(笑)




