1話:故郷にて
結婚式は良い天気であってほしい。
出席者の記憶がそれ一色になってしまう雨だの雪だの、暑いだの寒いのはもちろんだが、どんよりした曇天もどうかと思う。
かといって、雲一つない快晴なんかはやりすぎだ。
ちょいと嫌味な感じがよろしくない。
さて、久しぶりの故郷の空は、なかなか良い感じだった。
高校時代の友……というか、野球部のチームメイトの結婚式の天気としては、十分に合格点をあげられる秋晴れの爽やかな空が広がっていた。
「……はぁ」
そして何故か、私の隣で憂鬱そうにため息をつく男が一人。
「……ため息はやめろ」
「そうは言ってもなぁ…」
最後まで補欠だった私と違い、2年からレギュラーとして活躍した彼は背中を丸めて呟いた。
「結婚してないの、俺とお前だけやん」
彼の言うとおりである。
私たちの学年で、最初は30人ほどいた部員も最後まで残ったのは9人。
その9人の中で、一度も結婚したことがないのは、私と彼の二人だけである。
……勘の良い方は、微妙な言い回しに気づかれたかもしれない。
今日結婚するチームメイトだが、二度目の結婚となる。
「周回遅れだが、ドンマイ」
「周回遅れ言うな!」
鈍足だった私と違い、チームでも1,2を争う俊足だった彼は、周回遅れという言葉がひどく気に入らなかったようだ。
「おう、独身2人で何話しとんじゃ」
「監督。ご無沙汰してます」
「お久しぶりです、監督」
2人揃ってソファから立ち上がって、姿勢を正して礼をする。
3つ子の魂なんとやらで、これはもうほぼ条件反射の動きだ。
監督は鷹揚に頷き、『まあ座れ』と私たちに促した。
「……それで最近はどんなんじゃ2人」
などと世間話に入る監督の髪の白さが、時の流れを感じさせる。
そのうち、さっきの話が蒸し返されることになり。
「……周回遅れって、うまいこと言うの」
「勘弁してくださいよ、監督」
「つーか、トップとは2周遅れですからね俺ら」
別のチームメイトで、結婚離婚、結婚離婚、結婚(今ここ)がいるのだ。
まあ、ここまでは良かったのだが……懐かしさに甘えたのか、私が少々口を滑らせてしまった。
4組に1組が離婚する時代らしいが、私のチームメイトの離婚率は半分を遥かに超えているし、バツ2も居るわけで。
7人の結婚回数が延べでフタケタオーバーって……ちゃんと再婚できるあたりは甲斐性の問題か。
「俺らが独身なのは置いといて、うちのチーム、選球眼(ストライクとボールを判断する能力)悪すぎませんか」
元野球部らしく、うまいこと言ったと思ったのだが……結婚披露宴前に言う言葉ではなかった。
そもそも、本日の主役のチームメイトは再婚だが、花嫁さんは初婚なのだ。
花嫁さんの関係者にとっては、なかなかにデリケートな部分だと今ならわかるのだが。
間の悪いことに、監督も、独身のチームメイトも盛り上がってしまったのだ。
「阿呆ぅ。見逃し三振は100メーターダッシュ10本だろが」
現役時代のノリで監督が続き。
「いや監督。ストライクじゃなきゃ、手ぇ出しちゃアカンでしょ。ボール球に手を出したら、ダッシュですよね?」
チームメイトは、自らの独身を正当化し。
「いや、俺はそもそもバッターボックスに立ってませんし。ストライク、ボール以前の問題ですから」
などと、補欠だった私がオチを付けた。
そもそもここは、結婚披露宴の会場であるホテルのロビーというか、待ち合わせに使われる(以下略)。
……うん、結構な結婚式でしたよ。
私は、二次会を遠慮させていただきましたが。
あれから20年近く経ったが、未だにチームメイトから責められる苦い記憶である。