居候として
和泉亜希なんていう放浪少女が西条圭一の家に転がり込んできたと思ってから、もう1週間になろうとしていた。
通学を終えてからのアルバイトから帰宅して、食事の準備どころか掃除のひとつせずにゴロゴロとベッドに寝転びながらテレビを視聴する和泉を確認すると、圭一でなくとも憂鬱になりそうである。
「お前なぁ、せめて自分で食べた菓子の袋くらい片付けようとは思わんのか?」
とりあえず買ってきた食材の入ったビニール袋をテーブルの上に置こうにも、ポテチやポップコーンの空き袋が散乱していて置くことができない。
圭一はぼやきながら冷蔵庫に直接押し込むことにした。
「いやー。私も今後の身の振り方とかを考えてたら、若干憂鬱になってたりしましてね」
こいつでも憂鬱なんて想いがあったのか。
「ところで圭一さんってなんのバイトしてるんでしたっけ」
「あれ、言ってなかったか? 喫茶店だよ。あらかじめ言っておくが、あそこは食事よりコーヒー、紅茶と雰囲気を楽しむ店だからな」
「な、なぜあらかじめなんですか。ま、まだ何も言ってませんよ・・・」
この反応、やはり飲食店関係なら何かにかこつけてたかりにくるつもりだったらしい。
圭一としては飲食店関係でなくとも、こいつには来てほしくないわけだが。
「そういうお前こそ、バイトしなくていいのかよ」
「わ、わたしですか?」
いずみは、あーそうですねーと頷きながら
「いや、それなんですよ。身の振り方っていうのは。ほら、私もこんな現状ですし働かなきゃなーと思って求人みたりはしたんですよ。え、なに意外そうな顔してるんですか。私だって働こうと考えたりしますとも。ですけど、まず履歴書買うお金も無いですし、買えたとしてもそこに書く住所もない。そこにそのまんま≪働かせてください≫とお店に駆け寄っても、気味悪がられるだけで相手にもしてくれない始末。よく、人情にほだされて匿ってくれる~なんてドラマなんかありますけど、ありゃ嘘ですね。田舎○泊まろうなんて番組もありましたけど、泊めてくれるお宅なんかありゃしませんでしたよ。ああ、そのてん圭一さんには多大な感謝をしておりますともはい。ともかく、こんなご時世、住所不定無職の美少女を雇ってくれる所なんてありもなく、あんな血迷ったメイドや飼い主募集なんてビラを張った次第でして・・・ってこの話、前にもしませんでしたっけ?」
な、何となく事情は解った。こいつも結構苦労してるのな。と圭一は納得することにした。
「じ、事情は解ったけど、でも何かしら仕事は見つけないといけないだろ。なんにせよ」
「え、どうしてですか?」
「おまえマジでこのまま俺んとこでただ飯食らい続けるつもりかよ・・・」
「と、当然ですよ! こんな好物件・・・もとい、圭一さんってどうやら彼女いないみたいですし、最近はもっぱらカレーだけですけど、おいしい料理食べれますし、もう本当にお嫁さんになってもいいんじゃないかと考えています」
女は怖いって聞くけど、こういうのを言うのだろうか・・・。いや、きっと違う。
「その案は当然却下として、どちらにせよ何かしら手に職つけないとダメだろ。特に和泉の場合は」
「なんで私の場合?」
「借金はどうするんだ借金は。万が一億が一結婚するとしても、俺はいくら抱えてるかもわからない借金持った女とは付き合いたくないぞ」
「う~・・・思い出したくないです・・・」
「ともかく、いまでこそ相当な悪質な借金取りなんぞいないだろうけど、そこまでの面倒事に巻き込まれるのはごめんだぞ」
圭一としては、面倒事抜きにしたら、まぁ同情心から面倒を見るくらいの気持ちは出るのである。いや、確かに出会いこそ最悪なものだったけど、普通に和泉は見てくれは可愛いとは思うし、こんなことがなければもう少し落ち着いた性格にもなっていたんだろう。
なんとも、運命とは残酷なものだ。
「それもそうですね。確かに、稼ぎに出ていった両親が確実に借金返済をできる保証もありませんし、何かしら身の振り方を考えないと・・・」
珍しく真剣な顔で考え始める和泉。そうかそうか、さすがに解ってくれたか、自分の立場が。
それと、両親は高跳びしたのではなく出稼ぎに出たという設定にしたらしい。
「それでだ、お前、働くのは前提として、なにができるんだ?」
掃除・・・家事全般ができなかったってことは、飲食関係は全滅だろうし、見るからにどうも学もなさそうなので、どっかのレジ打ちすら怪しい。
圭一のバイト先を紹介したところで、自分の顔に泥を塗るだけの予感がする。
「あ、私食べることには自信があるので、どこかの大食いチャレンジで賞金稼ぎでも」
「それは安定した収入にはならないだろう。一度賞金獲得した店では再挑戦できないだろうし、日本各地を回って制覇したところで完全返済できるのか?」
「あー・・・そうですね」
「借金返済って内容なら、恒久的に収入が確保できて、毎月一定金額づつ返済できるのがいいんだ。そのほうが貸してる側としても、毎月の利息の分収入が増えるから、きっちり定期的に定額払っていれば、実際にはそこまで催促してこないんじゃないのか?」
「な、なんか圭一さん、考え方があっち側ですね。笑顔で相手に借りを与えて弱み握る人でしょうあなた」
む、失礼な。確かに、最初から相手にも好印象を与えておいて頼み事とか聞いとけば、後で助けられるのが人間社会だとは思ってるけど、そんなあくどい考えのもとに行動してるわけではない。
例えば、いまだって何か恩が返ってくる見込みのない和泉をとりあえず匿っている。
ほら、完全な善意じゃないか。
「何か借金返済の書類とか持ってないのか?」
和泉に聞くと、彼女は「どこにしまいましたっけ」と、押し入れの中を漁り始めた。
おい、そんな大事なもの適当に突っ込んどくなよ。ってか押し入れ私物化するなと圭一は腕を組みながら思った。
「えっと・・・、あ、あったこれですね」
「どれどれ・・・」
借入主は・・・和泉義春。和泉の父親か?
借用金額は、2580万円・・・。な、なんかリアルな数字だな。もっとハヤ○の如くみたいに、一億超すノリかと思ってたんだが。
「ふーむ。とはいえ、俺も借金したことがあるわけではないからなぁ。まぁカ○ジの借金がこれくらいだった気がするし、やろうと思えば何とかなるんじゃねぇの?」
「なんとかなりますかねぇ・・・こうなったら本格的に体を売…」
「そうなりたくないから借金取りから逃げてるんだろ?」
「そりゃまぁ、そうですけど」
の割には、圭一に対しては妙な既成事実を作ろうとしてきたわけだが。
あの時は正常な判断ができるような状況じゃなかったみたいだし、仕方ないか。仕方ないのか?
それならそれで、今も正常な判断をしてほしいものだ。
ともかく、なにかしら和泉にとって稼ぎになる話が無いといけなくなった。
圭一がアルバイトをするにあたっての求人を記憶の底から引っ張り出してみるも、某バーガー店やコンビニのアルバイトしかなかったように思う。
どう考えても和泉(普段だらけて食料を見つけるや否や口に運んでいる)にはできないように思えるのである。
「とりあえず、その辺なにか考えとけよ。いつまでも匿えるわけじゃないんだから」
和泉は困り顔をしたものの、とりあえず頷いて見せた。