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そしてその日がやって来た。結局、私は最近おろしたばかりのシャツにフロックコートを着て待っている。貴人相手なので礼装を気にしたためだ。通常ならばフロックコートではなくジャケット程度にとどめている。この格好を見て理事長が溜め息をこぼしたが知るものか。
「そろそろ11時になりますがそれらしい人物の姿が見られませんね」
「そうですな。帝国の王子が乗ってくるのですから立派な馬車でしょうな」
馬と聞いて今学校の厩にいる愛馬シャナラを思い出す。このうっとおしいことが終わったらシャナラに乗って森か城の庭園に行きたい。今は秋だから木々の色が変わりとても美しいだろう。
「遅いのぉ」
何回目かわからない理事長の愚痴が出た後、何かが砂埃をあげてこちらに向かってきた。
コートが汚れるのも気にせずその場で膝をつき耳を地面につける。馬かと思ったが音を聞く限り違う。だが聞いた覚えがある音だ。
なんだろうか?途切れなく聞こえる音‥‥‥馬車?いや馬車なら馬のひずめの音がするはずだ。
「理事長先生、守衛を呼んでください。あれが何かわかりませんが嫌な予感がします」
「うぅむ、ここで姫様を一人にさせたら打ち首にされてしまいそうな気がするがの」
「足手まといです。早く!」
私は、無理やり理事長を門の中にいれ剣を構えた。相手はことのほか早い。
「あれは‥‥車!?」
噂や新聞などで帝国にそういうものがあると知っていたが直にみるのは初めてだ。車ならば動いていても馬の蹄の音がするわけがない。
「というかあれは止まるつもりがあるのか‥?」
1キロメートルくらい間があるがあの早さでは2分後くらいで到着しそうだ。
つまり、逃げなければ引かれる。
「‥‥門の影で様子を見るか」
そう判断するとすぐに実行する。途中であった守衛にも門の中に入れと言った。守衛は真面目なのか職務を全うするといいはったが襟首を掴み無理やり門の中に入る。
そして2分後
軽い地響きと衝突音が外から聞こえた。
「これで門の一部が壊れていたら帝国に請求書を送りつけてやる」
万が一に備え剣を腰にさすと門の外に出た。門の外には大破した車を指差して笑っている銀髪の男と肩を落として車をみる栗色の髪の男がいた。出来ればバルト王子が後者であることを祈りたい。おそらくとてつもなく高いであろう車を、ぶつけたというのに笑っているとは正気のはずがない。ただでさえ厄介なのによけいに厄介であってたまるか!
「すみません、貴方様はバルト王子でしょうか?」
「私は‥付き人のアレンと申します‥‥」
私の大学生活、終わった……。落ち込みたいがそんなこと言ってられない。
「ではバルト王子とその付き人のアレン様。車は、大学の者がなんとかしますので学校内にお入りください」
「はっ、はい!バルト様!学校内に入って欲しいそうです」
この時初めてバルト王子の顔を見た。非常に端正な顔をしているが、貼り付けたような気味の悪い笑顔を浮かべているため台無しになっている。
「君‥‥誰?」
「失礼いたしました。私は、王子様の世話役のミーシャと申します。困ったことがありましたらお聞きください」
「ミーシャってこの国の姫と同じ名前ですね」
従者がぽつりと呟く。
「同じも何も私がこの国の姫のコーセル・フォン=ミーシャです」
「えっ?!」
「‥‥まじか」
言うのを忘れていたな。いつもは、私ではなく相手の知り合いが間にたって紹介されるため失念していた。
「怪物姫なの君?戦場では容赦なく敵を叩き切って血の海をつくったり。敵国のスパイに情報を漏らせるために矢を死なない程度に一本ずつ射る。あの怪物姫?」
「‥‥‥。中に入らないのですか。置いていきますよ」
「あっ、入ります入ります。ほら、バルト様!」
アレンは、ずいぶん苦労してるんだな。なんというかバルト王子は、マイペースすぎる。
「ではこちらです」
「ここに連れてきてもらって悪いと思うが私から言うことはここで学べることは存分に学んでくださいということです。あとは、ミーシャさんに校内を案内してもらってください」
なんて言っていたが理事長が案内するのを、めんどくさがったからと決まっている。とりあえず時間が時間なので食堂に連れてきてみた。私達が食堂に入るとどよめきが起きたが気にしない。
「こちらが食堂になっています。豪華な物は並びませんが近隣の幸のものが無料で食べられます。昼食はお済みですか?」
どちらかわからないが腹の音が聞こえた。
「お昼にしましょう。今日のランチはこの3種類ですね」
「うわぁ。魚が美味しそうですね。バルト様は、何を食べますか?」
「肉がいいな」
「牛と鳥どちらがいいですか?」
「豚」
豚はないんですけど。バルト王子は、何を考えている。後がつかえているんですから早く決めなさい。
「あの、牛と鳥ですよ?」
「なら羊」
「遊んでいるなら私が勝手に決めますよ?」
ついついドスの利いた声を出してしまった。後ろにいた学生が後ずさるのがわかる。のどかな食事時間にすみません。
「ランチ一種ずつ宜しくお願いします」
「はいよ!」
三分も経たないうちにランチが運ばれた。お盆をとろうとすると横から腕が伸びる。
「えっ」
「驚くことか?これくらい持つ」
意外にもバルト王子がお盆を持った。あともう一つお盆があるがそれはアレンが持っている。
「女の子に2つ持たせるわけにはいきませんからね」
「怪物の渾名がついてるんですが」
「持つって言ったんだから持たせろ。アレンもう一つ追加」
バルト王子は、持っていた盆の一つを無理やりアレンにもたせた。
「うわっ、ひどいじゃないですか!」
「お前はやればできる子だ。大丈夫」
「持ちましょうか?」
「大丈夫です~」
なんとか近場の机を確保。(座っていた人達はどこかに消えた)そしていざ座ろうとすると……なぜかすぐ隣に座る。
「バルト王子近くないですか。これ八人用の席なのになぜ私のすぐとなりなんですか」
「近くに座らないとこの学校の話聞けないよね」
一理ある。ならばアレンも隣に座ってもらうか。妙に距離が開いてるのも気になるしね。
「アレン様もこちらにいらっしゃいますか」
「僕は大丈夫です!あと、敬称はいらないのでアレンと呼んでください」
「今日のところは、客人の扱いをしようと思っていましたが嫌ならばアレンさんとでも呼びますか?」
「それでいいです。でも僕は、従者。敬称をつけて呼ばれる立場ではありません」
下手だなぁ、主が我が儘だからだろうか。よく出来た従者って感じだな。
「礼節を忘れず、己を鍛えるものを私は同等に扱います。だから私は、まず相手を敬うことから始めるのですよ」
「ご立派な主義だね。実際そんなことでなんとかなるとでも?」
「まずは相手に私の誠意を見せなければ相手は答えてくれません」
先ほどの考えは、戦場で学んだことの一つだ。卑屈になるでもなく高飛車になるでもない。対等な立場あってこそ相手を信頼できる。
「あっそ、俺牛が食べたいからアレン鳥ね」
「わかりました」
知らず知らずのうちに私は、魚を食べることが決定したらしい。魚は嫌いではないからいいのだが。
「ミーシャ様、魚の食べ方が上手ですね」
「そうかしら?戦場で魚ばかり食べていた時があったからそのせいかもしれない。あと、私にも敬称は不要よ。学外ではその呼び方をしてもらうけど」
「それはちょっと‥‥」
無理強いをさせるつもりはないからいいか。
「じゃあ、俺はミーちゃんって呼ぶか。どうミーちゃん」
「バルト王子は、もう少し立場を考えましょう」
「可愛いのに駄目か?あと俺のことはバルトでいいよ」
「バルトさん、スープが冷えるので飲んだらどうですか」
「つれないね。まぁ、いいか」
それからは、比較的静かに食べて午後の講義にでることにした。
「そういえばバルトさんは何を専攻しているんですか」
「うーん、経済学かな。ミーちゃんはなんなの」
「そのミーちゃんというのは止めてください。あと私が専攻しているのは工学です」
バルトとアレンはそれを聞いて驚いた顔を私に向けた。いつも同じような態度を示される。女の身で経済学や調理学ならまだしも工学に在籍する変わり者は私しかいない。工学が発展している帝国でも学んでいる女性は、数少ないはずだ。
「すごいな!あれか!?工学って車や汽車も作れたりするんだろ」
バルトの食いつき具合がすごい。アレンも興味津々のようだがバルトに押され気味だ。そもそもバルトは、魔法ではなく工学が発展した帝国の王子だよね?
「いや、あの。そこまでのものはさすがに作れないというか‥‥」
「かっこいいな。俺は、数学とか物理とか化学苦手でさ。興味あったけどできなかったんだよ」
「確かにバルト様は、そちらは苦手でしたね。その手の教師のとき見張りをくぐり抜けて毎回脱走なさる。おかげで守衛は、毎回執事長に怒られてましたよ」
目に浮かぶな。私は周りを困らせたくないから抜け出したことはない。でも楽しかったということはわかる。二人とも色々言いながらも笑っているから。
「仲がいいですね」
「「えー?」」
なんで同じ態度なのこの二人は?
「なんだか面白そうな奴と一緒にいるな。怪物姫」
「カーター、守衛のアルバイトは?」
私がそうたずねるとカーターは、ニカッと歯を見せながら笑った。数少ない女子生徒が騒ぎ出す。見慣れているから忘れていたがカーターは、かっこいいという部類に入るらしい。
「次の講義があるから抜けてきた。で、そこの顔がいい兄ちゃんと薄幸美少年はだれ?」
「彼らは‥‥」
「スルファム帝国第五王子バルト様とその従者の方ですね」
「エドガーまでいたの?」
カーターの隣にエドガーまでいた。二人とも昼は別行動なのに不思議なこともあるものだ。
「ついつい、図書館にいすぎて昼を食べ損なったんだよ。それよりこんな大物がいるってことはあの条約絡み?」
「そういうこと。でもなんでバルト王子だってわかったの」
「僕はこの国の宰相になるつもりなんだよ?これくらいのことは知ってなきゃね」
エドガーが微笑むと今度はかわいいと黄色い声が聞こえる。私の妹の次にかわいいが中身はサタンだ。
「その二人はなんだ?舎弟か?」
「それはこいつのことです。僕は姫の友人のウィルソン・フォン=エドガー。政治学を学んでおります」
エドガーは作法通りの綺麗な礼をした。
「俺だって友人だ!あと、名前はソーン・カーター。武術学専攻よろしく!」
「よろしく。武術学ということは騎士か傭兵にでもなるのか?」
「今のところは騎士だな。騎士様ってちょっと格好良くないか?こう、キリリってしてて」
「わかる!わかる!うちの騎士なんかさ40過ぎてんのに背筋ビシッとしててさ!渋くてかっこいいんだ。これが」
「まじっすか!ぜひその話が聞きたいっす!」
「似たものだな。彼らは」
「確かに。盛り上がっているところ悪いが二人とも講義があるのでは?」
そのアレンの言葉に二人は、顔を真っ青にさせ食堂から出て行った。
「お付きの人は執事科?」
「あっ、はい。そうです」
「執事科は別の建物だから急いだ方がいいんじゃない?」
「えっ」
アレンは、ポケットから紙をだすとこちらも顔が青くなった。
「ありがとうございます!」
そういうと脱兎のごとく走り去る。どこにそんな力があったのだろうか?
「姫様は講義なかったっけ?」
「担当の先生がぎっくり腰だから休講。というより、話したいことがあるから他の人達をはらったでしょ」
エドガーの目をじっと見る。水色の瞳はただ現実しか映さず私の顔が見えるだけ。だが相手に動揺を与えるのならこれが一番最適だと動物ですら知っている。
「ご名答。それにしてもずいぶん面倒くさいことを引き受けたね。校長に脅された?」
「近いことをちょっとね。でも引き受けたのは私の意思。相手の考えがわからないからいっそのこと全力で突っ込んでしまおうと思ってね」
「毒食らわば皿までってことか。そんなことばっかしてると痛い目にあうよ」
「私が痛い目にあえば他の人達が痛い目に合わなくて済むじゃない。それに私強いし」
腕をまくり力こぶをだすと溜め息をつかれた。
「一回痛い目にあわないとわかんないわけ?呆れた」
エドガーが席を立った。
「昼ご飯は?」
「部屋で食べるよ。見られながら食べるのは好きじゃない。それじゃ」
エドガーが立ち去ると私は一人。他にも学生がいるのだが怪物姫に近寄る酔狂な奴はいない。
「一人‥‥か」
案内も終えたことだし自室に戻って寝るか。といっても目を閉じるだけで深い眠りにつけない。