3-1
上級学校の教室を一回りくらい小さくした大きさの光がさす明るい部屋に、私と微笑みを浮かべた白髪の老人が座っていた。
「なんのお話でしょうか理事長先生」
「姫様は、最近この国と帝国が不可侵条約を結んだことを知っておりますな」
「はい」
そもそも不可侵条約を結ばせるように働かせたのは私だ。最近帝国は、代替わりをして国内が浮き足立っている。勢いに乗って戦争を起こす派と戦争を起こさず国内の問題を解決させよう派と二つに分かれていた。
距離が離れているため戦争になったらすぐこちらに戦火がくる訳ではない。だが問題は同盟国で同盟国が戦争になった場合味方として帝国と戦う必要がでてくる。だったら不可侵条約を締結し帝国が落ち着くまで現状維持させようというのが狙いだった。
「帝国と不可侵条約を結ぶ為に一つ条件がだされました」
「何なのでしょうか」
そんな話は聞いていない。私が呼ばれたのだから、私に関係があるのは容易に考えられるが何一つ思いつかない。私が帝国に嫁に行くもしくは婿をとるというのは絶対にない。帝国でも私の“怪物姫”の名称が轟いているのは知っている。
「帝国の第五番目の王子がこの学校に通うというものです」
「そうですか……」
「あまり驚かれないのですね」
「これでも驚いていますよ」
まさか学校に通いたいと言うとは思わなかった。いや、様々な人間がこの学校で学んでいるのだから国内の内情を知るには一番適しているかもしれない。
「それで話とはバルト王子の世話役になって欲しいのですよ」
「……理事長先生、ご期待のところ私、語学についてうといのですが…」
「知っておる。下から数えた方が早かったの」
どうしても外国語が覚えられない。外国の武術所には、挿し絵がついているし他のもその手の専門家に聞けばいくらでも教えてくれた。
「だが問題ない。バルト王子は、この国の言葉を不自由なく話すことが出来るそうじゃ。しかし念のため世話役をつけた方がよいという話が理事会ででてな」
「私以外にも適任者がいると思うのですが」
「それは無理な相談じゃ。バルト王子が姫様が通っていると知ると是非と申されてな」
そういう風に仕組んだんじゃないのか?
「仕方ありませんが了承しました。これも王族の務めなのでしょう。それでバルト王子は、いついらっしゃるのですか」
「明日じゃ」
明日‥‥。明日!?
「なぜ明日なのですか!一週間いや、せめて三日前に教えてください!!」
机に乗り出し理事長を睨みつける。
「いやぁ、どうやって切り出そうか迷っておったらついつい」
「はぁ」
私が了承しなかったらどうするつもりだったのだろう。
「ではバルト王子についての資料をいただきたい。ないとは言わせません」
「あー‥‥、それがないじゃよ。それも話をするのを躊躇っていた理由の一つなんじゃ」
「では、わかっているのは名前と言葉が通じるということだけなのですね」
その言葉に理事長は、頭を縦に振った。怒りで頭に血が上りそうだが戦場を思い出し冷静さを保った。戦場で我を忘れればあっという間に死ぬ。
「せめて容姿がわからなければ誰がバルト王子なのか見分けがつきません」
「それに関しては大丈夫じゃ。明日11時に学校の正門にいらっしゃると連絡がありましたからの」
「理事長先生その時間には、講義が入っているのですが‥」
一週間前から楽しみにしていた体育。明日は東洋の柔術をすると聞き誰もいない場所で喜んだものだ。
「単位に関しては、休んでも公認欠席とするから問題ない」
あぁ、明日の体育が受けられないことが決定してしまった。
「問題は姫様あなたですよ。いつものようにシャツとズボンでいらっしゃらないでください」
「いやです。ドレスは絶対に着ません。要件がそれだけでしたら失礼します」
私は礼をしたあと部屋から出る。残された理事長は、扉を見ながら溜め息をついた。
「まったく‥姫様は頑固だ。あれはお祖父様である前王似だな」