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第8章 氷、電撃、涙

1.


 6月28日。日曜の今夜でライブイベントは終わり。千早と圭は最後に入ったライブハウスで知り合った女の子たちとショットバーのボックス席で飲んでいた。今日のライブの感想やアーティストの目撃談、ゴシップなどなど、話は尽きない。

 ライブの段階ですでに酔っていた女の子が、千早に絡んできた。

「ねぇねぇ、千早ちゃんってさ、カレシいるの?」

 飲んでいる自分よりはるかに酒臭い息に閉口しながら、千早はうなずく。

「いーなー、あたしもカレシ欲しぃ~」

 じゃあさっき男を誘えばよかったじゃん。千早のツッコみは彼女の耳には届かないご様子。

「ねぇねぇ、その人、お金持ち?」

 いきなりの不躾な質問に千早が鼻白んでいると、圭が引き取ってくれた。

「ねぇ、2つ前のライブで知り合った男から『飲まない?』ってメール来てるけど、どーする?」

 黄色い歓声が上がり、さっそくこっちの店に来てもらうことになって、文面を入力した圭が千早に、

「これでいい?」と携帯の画面を見せてきた。

「なによ、あたしに――」

 千早は文句を言おうとしたが、一瞬で画面の情報を読み取り、了解の合図に親指を立てる。

 画面には『氷害発生。対応は予定通り行う』の文字。バルディオール・ミラーが現れて、作戦が始まったのだ。自分が注文したスクリュードライバーをさりげなく隣の酔漢に押し付け、千早は改めてウーロン茶を頼んだ。

 男の子たちが来て30分後。彼氏から呼び出されたことにして、千早は圭とバーを抜けた。携帯の画面に表示された地図を頼りに足を速める。

 昨日西東京支部から送られてきた作戦の概要はこうだ。ミラーが現れたら西東京支部のエンデュミオールたちで足止めをする。その際、ミラーが逃走に使うはずのバイクにサポートスタッフがGPS発信機を密かに取り付ける。ミラーが逃げたらその発信機を頼りに追跡して、今度こそ奴を倒す。

 千早と圭は、計画の中で遊軍的位置付けとなっていた。この市にプライベートで来ていることを考慮してくれたことと、2人が横浜に帰ったあとミラーが現れても作戦に支障をきたさないための配置だった。

 敵は、近くまで来ている。こちらも、近づいている。千早が緊張した面持ちになったのを見たのか、圭が軽口を飛ばしてきた。

「さっきさ――」

「うん?」

「なんで言ってやらなかったの? ほかならぬ幼馴染を捨てて選んだお金持ちです、って」

 千早は一瞬目を見張ったあと、ニヤニヤしている圭の横っ面に軽くフックをお見舞いした。

「圭って最近すごく意地悪になるよね」

「そうかな?」

 幼稚園から17年。そのころから、ボクは変わってないつもりだけど。圭はそう言って笑う。

「変わってない? またまたご冗談を」と千早も笑う。

 中学校に上がった時の衝撃を、わたし、忘れてないよ?

 その言葉に圭はふっと笑うと表情を引き締めた。2つ先の角を右に曲がれば奴がいる。地図はそう表示しているのだ。


2.


 着いた先は、街中の公園だった。用心して、姿勢を低くして。公園に侵入した千早と圭が樹の陰に隠れて様子をうかがうと、いた。バルディオール・ミラーだ。何を考えているのか、所在無げにうろうろしている。

(どーする? 今なら、やれるんじゃない?)

 圭の誘いは魅力的だ。ほかのエンデュミオールもおっつけ来るだろう。そう思っていると。

「いたぞ!」

 と声が聞こえ、ルージュ、ブランシュ、イエローにグリーンが来た。今宵の第2戦が始まろうとしている。

「ふふん、わざわざご苦労」

 とほざくミラーにルージュがその白々しさを指弾すると、ミラーは薄く笑って両手を広げた。

「なぜって? お前たちから死地に飛び込んできたからさ!」

「みんな! 気をつけて!」

 ミラーの黒水晶が光を増すのを見てブランシュが叫び、4人は警戒態勢を取る。だが、次に起こった出来事は、完全にエンデュミオール側の裏を掻いた。

「アイスジェイル!」

 ミラーの掛け声とともに、彼女を中心にエンデュミオールたちと千早、圭まで取り囲む形で、地中からコンクリートを割って、氷の壁がせりあがった。全員があっけにとられ、次の瞬間外に向かってダッシュしたが、時すでに遅し。分厚い氷のドームに遮られてしまった。

「なんで? ここ、乾いてんのに!」

 イエローの疑問に、ミラーがしたり顔で答える。

「この公園はな、『雨水調整池』といって、近くを流れる川の水位が高いとき、この公園周辺に降った雨水を溜めておく施設が地下にあるのさ」

 もっとも、センサーは細工して排水されないようにしておいたがね。そう得意げに述べたあと、ミラーは続けた。

「さて、一般人も取りこんじまったが、まあいい、悪いが眠っててもらおうかね」

 明かりは幸い、水飲み場のそばにある電灯が賄ってくれていた。それゆえにミラーからこちらが見えたのだろう。それが自分と圭のことであることを千早は悟り、木陰から前に出た。ミラーをにらむ。

「あいにくだけど、一般人じゃないんだな、あたしは」

「ボクたちは、だろ?」

 と圭も出てきて、千早の左に並ぶ。そして2人してブラウスの胸ポケットから白水晶を取り出した。

「それは……!」

 驚くミラーを尻目に、千早は右に、圭は左に両腕を伸ばす。そのまま180度、腕を頭上経由で反対へ回して、2人は叫ぶ!

「変身!」

 コールと同時に、千早と圭の白水晶から緑色の光が発せられた。光は8枚羽根の風車に変わり、白水晶を中心に激しく回転しながら広がってそれぞれの変身者の体を包む。光が治まったとき、そこにはエンデュミオール・プロテスとゼフテロスの姿があった。

「お前ら、ほんとにライバー好きなんだな……」

 ルージュが半ば呆れながら感心した顔でつぶやく。

「ふふん、いいでしょ」

 とプロテスが胸を張る。その時、ミラーは奇矯な行動に出た。

「くそ! 黒いのもいないし、数が多すぎるぞ!」

 と叫びざま、近くにあった水飲み場の器具を、氷剣で壊したのだ。当然のことながら壊れた水道管から水が勢いよく吹き出し、その水は周囲のコンクリートの上を流れこの氷牢の中に溜まっていく。

 そんな中、最初に動いたのはルージュだった。先手必勝とばかりにルージュが火球を作り出してミラーを攻撃し、ミラーは辛くもよける。もう一度、と溜めを作ったルージュに、グリーンが警告した。

「ルージュ! あんまりスキル使うと、酸素が尽きてまうで!」

 ルージュの炎とて、酸素を使って燃えていることに変わりはないのだ。ルージュは慌てて溜めを中止し、唇を噛む。

「ま、大人しくしてな」

 とミラーが笑った刹那、身をよじった。氷槍が突き込まれたのをかわしたのだ。ブランシュはミラーと同じ氷雪系ゆえ投射系スキルは相性が悪いが、氷槍による物理的攻撃なら別である。

 そのまま、足下の水を跳ねながら展開する剣と槍の立ち合いの合間に雷の援護射撃が入る戦闘が、5分ほど続いただろうか。質量系の3人とルージュは氷壁の1か所を壊す作業を、ミラーの妨害を受けてたびたび中断しながらも続けていた。

「ごめんな。うち、役にたたへんで」

 グリーンが申し訳なさそうにつぶやき、プロテスたちに背を向けている。プロテスやゼフテロスと違い、彼女の拳はグローブ状になっておらず、打突には向いていない。

「気にしないで。見張り役やってもらえるだけで十分だよ」

 とプロテスは声をかけた。実際ルージュに溶かしてもらいながらなので、意外に早く掘り進んでいる。

 もうそろそろダブルライバーパンチでもすれば穴が開くんじゃないか。プロテスがそう思ったとき、それは起こった。

「……さて、そろそろいいかな?」という独り言が聞こえた。ミラーの声だ。

 次の瞬間、足が急に重くなり、続いて冷たくなった。プロテスは異変を感じる自分の足元を見て絶句する。自分のくるぶしより下が、いやくるぶしより下の水が凍りついているではないか! ミラーが氷剣で足下に溜まった水を凍結させたのだ。

 ということは、あの水飲み場を破壊した行動は、演技だったということなのか。そんなことより問題は――

「くっくっくっ、さあ、据え物斬りの時間だねぇ」

 足が全く上がらない。これでは壁を削っても脱出できないどころか、ミラーの一方的な嬲り殺しにあうだけ。ミラーの言葉を聞いてそこまで思い至り頭の中が真っ白になったプロテスの背後で、氷を穿つ音が聞こえた。

「みんな、待ってぇな、いま助けに行くから!」

 グリーンだった。彼女はその拳で足元の氷を懸命に砕き脱出しようとしていた。たまたまミラーの声に反応して彼女のほうを向いていたルージュとイエローがスキルを発動してミラーに一矢報いようとしているが、ミラーはそれらをかわしながら一番近いブランシュに近づいてきている。

 そうだ。あきらめるな。プロテスは傍らに同じく凍り付いているゼフテロスと顔を見合わせると、グリーンに倣って足元の氷を砕き始めた。

 拳が痛い。グローブ越しとはいえ先ほどの氷壁への攻撃で大分拳にきているのだ。

 だが、あきらめない。あきらめてたまるか。プロテスとゼフテロス、2人の質量操作系エンデュミオールがほぼ同時に足を氷から解放することに成功したとき、背後からの悲鳴が氷壁にこだました。身体ごと振り返ったプロテスが見たものは――

「グリーン!!」

 先ほどミラーの攻撃を受け跪いたタイミングで凍らされてしまい文字通り身動き一つできなくなっていたブランシュ。それをかばい、背中を斬り下げられたグリーンだった。

 その額にある白水晶が輝き、グリーンの体が淡い光に包まれてコスチュームが消える。敵の攻撃により生命の危機に陥った変身者を守るため、白水晶がその力を変身者に注いだのだ。その結果の変身解除だが、まだ真紀は動かない。力を注がれた副作用と深手のため、意識を回復していないのだ。この時を逃さじと、再度真紀に振り下ろされようとするミラーの氷剣。その時。

「ねーやんに手ぇ出すなぁ!!」

 激昂したイエローがスキルを発動! 彼女の背丈ほどもある巨大な星型の鏃が雷光で形成される。

「ライトニング・スター!!」

 ミラーめがけてまさに雷光のごとく跳ぶ電鏃。余裕を持ってかわそうと動いたミラーだったが、電鏃の動きは彼女の予測を裏切った。星型の1辺々々が前へと反り返り、拡散して目標を包囲したのだ。その1辺がミラーに命中。肉と毛髪の焦げる嫌な匂いが、閉鎖された氷のドーム内に漂う。

 声にならない絶叫を上げ、倒れるミラー。そしてその悲鳴にかぶさるように、より大きな音が聞こえた。

 轟音とともに、氷の壁の一部が外側から破壊されたのだ。


3.


「みんな、大丈夫か?!」

 破壊された箇所から飛び込んできたのは、エンデュミオール・ブラックとアクアだった。

「遅かったね、お二人さん。いま済んだとこだよ」

 そういいながらブラックのほうを見たプロテスは、彼、いや彼女の姿を見てほっとしている自分に気づき、あわてて眼をそらした。

 ブラックとイエローが治癒を施して回り、氷に手足が埋まったブランシュはルージュが氷を溶かしてやって熱がられている。倒れ伏したままの真紀をアクアが観察し、一命を取り留めていることをイエローに伝えると、イエローは黙って頷き、治癒を再開した。

 強敵だったな。戦闘が終わった脱力感のまま眺めるプロテスの肩を、ゼフテロスが掴む。

「ちょっと待って。なんで消えないの? このドーム」

 バルディオールもエンデュミオールも、倒されればスキルで作り出したものは消えるはず。ということは……

「ブラック!!」

 ゼフテロスが叫ぶのと、倒れていたミラーが起き上がるのと、どちらが速かっただろうか。

「まだだ……!」

 と叫び、よろめきながらも立ち上がるミラー。驚いた表情のブラックがとっさに腕を十字に組んだ。胸の白水晶が輝いて光線技が発動し、右手の先から黄金色の光線が狙い過たずミラーへと飛ぶ。よし、と拳を握ったプロテス。だが。

「ぐっ……ミラー! こ、これで……」

 ミラーの執念深さは、プロテスの想像を超えていた。ミラーの前に張られた氷の鏡。投射系スキルを反射させるスキルだ。反射させる先は当然――

 プロテスは走った。ブラックを、隼人を守るために。

 氷鏡に反射された光線がブラックに迫る。このまま体当たりで突き飛ばして、あたしが身代わりに。

 しかし、ブラックの取った行動は、突っ込んできた彼女のほうを向き、抱きとめることだった。そして次の瞬間、ブラックの身体に反射された光線が命中! 驚きで目を見張るプロテスを抱いていた力が抜ける。ブラックはプロテスにもたれかかるように崩折れた。

 プロテスはブラックの大柄な身体を抱き、必死で呼びかける。まだ息はある。治癒の使えるアクアを呼ぼうとしたその声を、こちらに駆けてくるゼフテロスの声が遮った。

「プロテス! まだだ!」

 もはや体力などほとんど残っていないはずのミラーが、眼をぎらつかせてスキルを発動しようとしていた。それを見たプロテスの心に怒りが湧き上がる。

「いい加減にしろ! お前に、お前にこいつは殺させない!」

 眦を決して立ち上がったプロテスは、ミラーめがけて突っ込むゼフテロスの横に並んで疾駆し、スキルを発動!

「食らえ! ライバー・ダブルパンチ!!」

 質量操作系のエンデュミオール2人がスキルを発動させた重い拳が、ミラーの作りだした氷塊を砕き、そのままの勢いでもはや回避の行動も取れないミラーの顔面を強打した。縦に2回転しながら吹き飛び、自らが凍らせた氷の床に叩きつけられたミラーの身体を黒い光が包み、変身が解除される。

 ついにミラーは倒された。

 消えゆく氷のドームを見つめながら荒い息を整える、プロテスとゼフテロス。背後からイエローの泣きそうな声が聞こえた。

「ブラック! ブラック! しっかりして!」

 プロテスが振り向くと、体格差がありすぎてイエローでは支えられないのだろう、ブラックの身体は公園のコンクリート床の上に横たえられていた。

 なおも悲鳴に近い声を上げてブラックの身体を揺さぶるイエローの取り乱しように、ルージュたちもブラックのほうに移動してきている。真紀はサポートスタッフが担架に載せ、車に運ばれていくところだった。

 プロテスとゼフテロスが傍に戻ったときには、ブラックはイエローの呼びかけに答え、手を挙げていた。そのままイエローに手伝ってもらい立ち上がるブラックが何事もなかったかのように笑う姿を見て、プロテスの心に言い知れぬ怒りが込み上げる。

「あんた、なんで自分で攻撃受けたのよ!」

「ん? なんでって、お前に怪我させたくないからだよ」

 当たり前のように言うブラックの頬を、プロテスは思いっきりひっぱたいた。眼を見開いて固まる周囲のエンデュミオールたちを無視して、プロテスはブラックをなじる。

「なんで、なんであんたはいつもそうなのよ! いつもそうやって自分を犠牲にして、なんで、なんでそんな……」

 あとは言葉にならず、プロテスは踵を返すとその場を走り去った。

 涙が、溢れてくる。

 それがなにに対しての涙なのか、彼女自身にもわからなかった。

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