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第7章 土曜日のため息

1.


 梅雨明けが宣言された土曜日の午後。るいはお気に入りのピンクのキャミソールに白いカーディガンを羽織ってミニスカートといういでたちで、彼との待ち合わせ場所にいた。

 今日は封切り直後のアクション超大作を見に行って、終わったら適当に漫画喫茶で時間をつぶして、5時の時報とともに居酒屋へGO! の予定だ。

 彼の到着が遅れている。それを詫びるメールすらないことはいつものことで、それを見越して映画館の席はすでに予約してある手回しの良い女であった。

 それにしても遅いな、とるいは口を尖らせる。付き合い始めたころ少し遅れていったら烈火のごとく怒ったくせに、慣れたら自分が定刻通りに来たためしがない。

「悪ぃ悪ぃ、さ、行こうぜ」

 結局来たのは上映5分前。返事もせず、るいは彼の手を取ると映画館の中に引っ張っていった。

 映画を見終わって入った、映画館近くの漫画喫茶。ありゃアクション超駄作だな、などと感想もそこそこに、スポーツ新聞と男性雑誌を貪るように読み始める彼。いつものといえばいつもの光景だったが、るいにとってはもはやそうではない。比較の対象ができたから。

(こーゆーとき、隼人君ならどうするのかな?)

 そういえば、映画は観に行かないって言ってたな。隼人にとっては学割料金もまだまだ高いらしく、どうしても観ときたい新作を日帰りレンタルと言っていた。てことは、奢ればついてくるってことか。

 るいの視線に気付いて、彼が紙面から顔を上げた。物問いたげな顔にいらっときて、るいは声を上げた。

「ねえ、おしゃべりしようよ」

「無茶言うなよ。ここマンキツだぜ?」

 予想通りの反応には予想外の対応で答えるべし。るいの信条を彼はまだ理解できていないらしい。

 るいは伝票を机上から摘み上げると立ち上がった。じゃ歩こ、と声をかけながら。

 さっさと支払いを済ませて店を出て待つと、彼が不承不承を絵に書いたような顔で出てきた。その彼が何か言うより早く、るいは彼の腕に自分のそれを絡ませて笑顔を作る。だが、とたんに相好を崩す彼の反応が気に入らない。

 我ながらめんどくさい女だな。るいはそう思いながら、鼻の下を伸ばした彼にラブホ行きを打診される前に話を切り出すことにした。

「ねえ、最近メールをあんまりくれないけど、忙しいの?」

「忙しいよ。今日だって仕事やっつけて急いできたんだぜ?」

 彼は得意顔で返事をした後、るいを横目で見ながら切り返してきた。

「お前こそ、最近忙しいみたいじゃん? ボランティア、がんばってんだろ?」

 そう、確かに最近るいはボランティアに顔を出す日が増えている。

 理由はある。ミキマキの訓練に付き合うためだ。これが意外と熱心で、美紀――イエローのほうは治癒スキルも習得しつつある。もちろんストレートに言えるわけもないので、当たり障りのない表現で答えようとしたるいにとって、彼の次の言葉は意表を突いたものだった。

「最近ボランティアの男と仲いいらしーじゃん。メシも一緒に食ってるって聞いたぜ?」

 ……ケーコだな。るいは彼とつながりのある知り合いを推測して、心中密かにため息をつく。

「お昼を一緒に食べてることはあるよ。優菜とか理佐もいっしょだけどね。忙しいのは新人が――」

「2人でメシ食ってたって聞いたんだけど?」

 という彼の顔が引きつり始めている。

「ああ、1回だけあったかな。へー、リナとそんなこと話すんだ、キミ」

「リナじゃねぇよ、ケーコだよ」

 ……あっさりネタ元割っちゃったね。るいの引っ掛けに気付いた様子もないイノセントな彼に対するるいの心が、また一目盛下がる。

「どーゆーつもりだよ? 他の男と飯なんか食って」

「それ、彼にも言われたよ」

 るいは男の態度を鼻で笑って流す。

「でね、教えてあげたの。『るいの彼はそんなことで腹立てるようなちっちゃな男じゃないよ』って」

 彼の鼻の穴がたちまち膨らみ、また難しい顔になって、はたまた目じりが下がって。歓喜と憤りの間を揺れ動く彼の心をさっさと静めるべく、るいは駄目押し。

「彼、言ってたよ。『できた彼氏だな』って。それにその人、モテモテなんだよ? 今3人に言い寄られてて――」

 虚と実を混ぜながら、るいはその後も無難な話題に終始して彼を心身ともに引っ張りまわし、見事居酒屋へゴールとこぎつけたのであった。心の目盛は1つ下がったまま。


2.


 21時。西東京支部3階の支部長室では、支部長が苦りきった顔で電話の応対をしていた。といっても相手はクレーマーの類ではなく身内なのだが。

「だから、何度も説明してるでしょ。彼は急がしいの。そんなに何日も何時間も貼り付けておけないのよ。わかってよ、里美」

 里美、と呼ばれた相手は受話器の向こうでため息をついた。

「それはわかるわ。彼の事情も聞いたし。でも、こちらも時間がないの。このままでは“拠り所”が完成してしまうわ。どうしても彼の力が必要なのよ。お願い、可奈」

 里美は北東京支部の支部長で、可奈――西東京支部長とは22年前の戦いをともにした仲間だ。彼女が支部長をしている北東京支部管内で暴れているバルディオールに敗北し、“拠り所”となるとっかかりを作られてしまったと連絡があったのは昨夜のこと。

 そして今日再びかけてきた電話で北東京支部長は依頼をしてきたのだ。強力な――黒水晶の破壊もできる――エンデュミオール・ブラックを増援として貸してほしいと。

 先日あちらの増援を得て、完成しつつあった“拠り所”を滅失することができたという借りもある。だから、こちらとしても協力したいのはやまやまなのだが。

「こちらもミラーへの対応で手一杯なのよ。新人2人の訓練もあるし」

 可奈はそこまで言って、にやりと笑って付け加えた。

「どう? いっそ復帰したら? 捗るわよ?」

 里美の呆れる声が受話器越しに聞こえてきた。

「冗談もほどほどにしてよ。もう自分がどんなスキル使ってたかさえ忘れかかってるわよ。それに、あなたと違って私は血の気が多くないの!」

「ご挨拶ね。彼氏と会ってるところを呼び出されて、腹いせにバルディオールを嬲り殺しにしたのはだれだったかしら?」

 可奈の切り返しに詰まった里美が無言になったのを潮に、妥協案を出した。

「今ミラーを追い詰める作戦を作ってスタッフに指示するところよ。ミラー討伐が済んでからなら」

「……仕方ないわね。はぁ、なかなか思うようにいかないわ」

「だから、復帰しなさいって」と可奈は煽る。

「で、大怪我して治癒してもらうの? あなたみたいに」と里美も応戦。

「あなたの部下の苦労がしのばれるわ。横田君、ハゲたんじゃない?」

「そういうこと、本人の前で言わないように」

 と可奈が釘を刺し、通話は終わった。

 そのまま支部長室の応接セットで待機していた横田に目で合図を送る。しばらくして横田が、作戦概要を送信完了したことを教えてくれた。

「うまくいくといいですね」

 そうね、と支部長は横田に答えた。

「怖いのはあの氷牢だわ。あんな分断の方法があるなんて。みんないろいろ考えるものね」

 支部長の慨嘆を受けて、横田が微笑む。

「まあでも、ここ2、3日雨が降ってませんから。地面さえ濡れてなければ、あのスキルは使えないでしょう」

 あとは敵がいつオーガを出してくるか。そのタイミングを見て指示を微調整しなければ。支部長は来たる作戦のことを考え、小さくため息をついた。


3.


 同じころ、酔っぱらった彼をタクシーに押し込んで、るいはパンパンと手を払った。

 明日も朝から忙しいんだぜと彼がのたまったのを逃さず、さっさと会計を済ませてお別れしたのだ。もちろんサヨナラのキス付きで気分よくお帰りいただいたるいは、ふうっとため息をついた。

 ため息の理由はもう1つある。

 なんだか最近、モチベーションが上がらない。

 思えば1月からのあの激戦は緊張感があった。優菜や理佐からしてみれば『お前肝心な時にいなかったじゃん』となるかもしれないが、るいはるいなりに頑張ったのだ。彼との逢瀬も疎かにしたくなかったし。

 それが今はどうだ。支部に行けば賑やかな控え室。長谷川は休養してしまったが、サポートの人たちも以前より増えてきているので横田や永田が超過勤務を強いられることもない。なにより、みんなの気持ちに余裕がある。

 たったの2ヶ月で、こんなに。私が不在がちでも、こんなに。

 沈みながら家路をたどるるいの携帯が鳴る。支部からのメールだ。内容を確認したるいは、それでもやはり気合の入らぬまま、携帯をポケットにしまい込んだ。

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