第6章 再会
1.
6月24日、夜10時。久々に現れたバルディオール・ミラーに対処すべく、西東京支部は総員で出動していた。『気をつけてね、ブラック』などと支部長から声をかけられてはいたが、いざ対峙すると、ミラーの怒気は凄まじかった。
「貴様か貴様か貴様か! 死ね死ね死ね死ねぇ!」
ミラーは8体ものオーガを召喚し、力押しで攻めてくる。それもオーガを他のエンデュミオールの抑えに回し、自身はブラックとの一騎打ちをご所望だ。
「へっ、望むところだ!」
と立ち向かったブラックだったが、ミラーの氷剣はまるで炎を噴かんばかり――矛盾した表現だが――の勢いでブラックを襲う。右、左、右、下、上。四方から切り付けられ、ブラックはたちまちいくつもの切り傷を負った。
それでもなんとか踏ん張り、鍔迫り合いに持ち込もうとするのが素人の浅はかさ。たちまち相手の氷剣に絡め取られ、ブラックの三段ロッドは飛ばされた先のアスファルトで音高く跳ねた。慌ててインフィニティ・ブレイドを作るがわずかに遅い。
「死ね!」
迫りくるミラーと氷剣。その勢いを削ぐべく投げつけられたのは、物ではなく、言葉だった。
「待て! ミラー!」
叫び声とともに突如としてミラーの背後に現れたのは、緑色のエンデュミオール2人。いずれもこちらのグリーンとは違って白い部分が少ない上着に、右のポニーテールは緑色のミニスカート、左のショートカットはミニスカートの下に黒いパンツスーツを着用している。
「げっ! 貴様らは!」
こちらも警戒しつつ振り返ったミラーの顔が驚愕に歪む。その顔を指さし、左のエンデュミオールがまた叫んだ。
「ミラー! 最近出てこないと思ったら、こっちに流れてきてたのか! 今日こそ決着をつけてやる!」
「くそっ、さすがに数が多いな……黒いの! 今日のところはこれで勘弁してやる!」
あっさりと復讐をあきらめ、手薄な右に逃走を始めるミラーにブラックたちが追い縋ろうとするが、前回と同じくオーガに阻まれる。
「ちっ、とりあえずこいつらを倒すしかないのか!」
ブラックたちはオーガを相手に戦闘を再開した。緑のエンデュミオール2人も手近なオーガに挑みかかる。
「とぅっ! ライバーパンチ!」
ショートカットがオーガとの間合いを一気に詰め、右肩の白水晶を輝かせてパンチをお見舞いする。
質量操作系の力で質量を増大させた拳はオーガの顔面にめり込み、その身体は吹き飛ばされた。
その向こうでは、ポニーテールが小技を駆使してオーガにダメージを刻み込んでいた。抗戦の意志が弱まったところを好機ととらえ、自身の左肩に付いた白水晶を輝かせる。
「いくぞ! スクリューキック!」
自らの質量を最低にまで落とし、高く高く飛び上がった彼女は、空中で高速回転しながら、今度は逆に質量を最大まで高めて落下し、オーガに蹴りを叩き込む。オーガはこれも派手に吹き飛び、こと切れた。
10分ほど経って、先の2人の加勢も得てオーガをすべて排除したときには、ミラーは自ら用意したと思しきバイクに乗ってとっくに走り去っていた。
「ああもう、また逃げられちまったぜ」
ルージュはくやしがったが後の祭り。気を取り直すと、援軍の形になった緑のエンデュミオールたちに近づき、丁寧に頭を下げた。
「助けてくれてありがと。あたしは西東京支部のルージュ。あんたらは?」
ルージュの問いに答えて、ポニーテールはプロテス、ショートカットはゼフテロスと名乗る。彼女たちは横浜支部の所属で、わが市で今開催されているライブイベントを観に行った帰り道に、この現場の情報を受信したため駆け付けてくれたとのことだった。
宿も取ってあって明日も別のライブハウス巡りという2人をルージュが誘い、一同は支部へと帰ろうとした。
「ん? ブラック?」
皆に付いていかず、先の2人を見つめるブラックにイエローが声をかける。ブラックはしばらく訝しげに二人を見ていたが、頭を振ると、イエローに謝って歩き出した。
西東京支部の控室に到着した一行のなかで眼をキラキラさせているアクアに気付いたのはグリーンとイエロー。
「「どしたん? アクア」」
「ほら、ブラックが変身解除するとさ、この間みたいに――」
アクアは両の掌で口元を隠しているが、含み笑いしていることがバレバレだ。
「「ああ、なるほどなるほど」」
アクアの囁き声の意味を素早く理解し双子もほくそ笑むのが、ブラックにもわかる。この間、とは、新しく入ったサポートスタッフのこと。
隼人のバイト仲間の1人がバイトを終えて帰るとき、物陰から出てくるブラックを目撃し、ふらふらと現場まで付いてきてしまったのだ。たまたまバイト先と現場が近かったからだが、戦闘を見たその男子学生は、その場で『あおぞら』に加入した。そして、見てしまったのだ。ブラックの変身解除を。
「かわいそうに。髪の毛まで真っ白になってもうて」
「なんか一気に老けはったよな、あの人」
どう考えても聞こえるようにしゃべくる双子の声に、ブラックと横浜支部の2人以外はくすくす笑っている。ブラックはちょっとげんなりしながら、しかしこのままというわけにもいかず、変身を解いた。
確かに劇的な反応はあった。西東京支部のメンバーが立てた予想とは違った形でだが。
「? はやと……? 隼人じゃん!」
そう声を上げたのは、ショートカットのエンデュミオール。眼を見張って隼人に駆け寄り、その両手を取ってぴょんぴょん飛び跳ねる。
「うわぁ久しぶり! ね、ね、なんでエンデュミオールになったの?」
あまりにも予想と違い、かつ、いたってフレンドリーな雰囲気に急変したこの場に、一同は戸惑いの色を隠せない。
もちろん、隼人も。
「あの、どちら様ですか?」
「もう、ひどいなぁ、ボクだよ、ボク」
飛び跳ねるのをやめ、ややむくれながらも右肩に付いていた白水晶を外し、嬉しそうに変身を解除したショートカットを見て、今度は隼人が目を見張る番だった。
「圭……圭じゃんか!」
隼人の顔が喜色に染まるのを、一同は驚きをもって眺めた。ただ1人を除いて。
「なんで……」
声を発したのは、ポニーテールのエンデュミオール。震えの混じった彼女の声は続く。
「なんで、あんたがここにいるのよ……なんでエンデュミオールなんかやってんのよ……」
そういいながら、彼女は左肩に付いた白水晶を外す。変身が解除されて――
「千早……」
2年ぶりの再会に隼人の頭の中を駆け巡った思いは、なんともいえない複雑なものだった。
翌朝。早朝バイトを終えた隼人は、教室に生あくびを噛み殺しながら入った。真紀が隼人の姿を認めるや、にたりと笑う。
「おはよう、モテモテ兄やん」
隼人の生あくびはたちまち消えた。とたんに、ざわめく教室が一斉に隼人と真紀を注視する。場を代表するのは、やっぱり松木。
「真紀ちゃん、どういうこと?」
「ああ、昨日の晩にな、隼人君の幼馴染2人とお酒飲んだんよ」
しまった。2人を簡単に紹介して、早朝バイトがあるからとさっさと抜けてきたのだ。隼人が後悔している間も、真紀の話は続いていた。
………
……
…
「8人!?」
「そ、8人」
仰天する西東京支部のフロントスタッフたちを前に、平然とした顔で告げたのは河端千早。亜麻色の髪をポニーテールでまとめた、ちょっと大人びたイメージの色白さんだ。
「中、高で8人って――」
「もてもてじゃん、隼人君」
優菜とるいが顔を見合わせている。それを見て千早に、
「意地の悪い表現だなぁ。それ」
とツッコみを入れたのは黒岩圭。千早と対照的にうっすらと小麦色をした肌の、くりくりした大きな眼がかわいい子だ。2人は『幼稚園以来小、中、高と同じ学校に通った幼馴染』とのみ隼人に紹介されていた。
だが、彼が帰った後居酒屋に席を移しての四方山話を聞いていると、どうもそれだけではない匂いがぷんぷんする。なにより普段めったに自分の過去を話さない隼人のことが聞けると、みんなが意気込んで尋ねた『隼人君ってモテてたの?』に対する答えが、『8人』発言とツッコミだったのだ。
相棒のツッコミに問い返す千早に対して、圭がさらに返す。
「だって、“延べ人数”じゃん、8人って」
「それだと、どう変わるの?」
理佐が尋ねると、圭はなぜか憮然とした表情の千早を指さしながら答えた。
「その内3人が、こいつだから」
「……どゆこと?」
唖然。そういう表現がぴったりの一同から出たのは、小首をかしげた美紀のその言葉のみ。
「いや、だから、くっついて離れて、を3回繰り返したという――」
右手親指と人差し指を、くっつけて離して。それを3回繰り返す圭の言葉を真紀は遮った。
「いや、それは分かるねん。なんで、そないヤヤコシイことになんの?」
一同にとっては当然の質問なのに、なぜか千早は心外そう。
「いや、まあ、あいつが女と切れたときに、あたしがフリーだと、『じゃあ付き合うか』っていう流れになって……」
「……ズブズブの腐れ縁だな、おい」と呆れる優菜。
「いや、だから」と真紀は追及を終わらせるつもりはない。
「なんで3回も付き合うねんな、っていう話やで? 隼人君のどのあたりにそういう魅力があるのか、ていう」
その発言は、千早の心外そうな表情をさらに濃くした。
「え、なんでって。そりゃ、優しいし、マメじゃん? 隼人って。それにほら……」
ここまで言って千早の顔が、朱に染まる。
「ねぇ、わかって聞いてるんでしょ?」
「なにがよ」と理佐が一同の疑問を代弁すると、千早がもじもじしながら切り出した。
「なにがって……ほら、上手じゃん……」
西東京支部の女の子たちはそれを聞いて一斉に首を横に振った。そんな5人を見て、圭が真顔で不審がる。
「あれ? あんたたち、みんな隼人のお手付きじゃないの?」
「違うわ!!」
一転、激昂して真っ赤になった一同を見て千早と圭は顔を見合わせた。
「あいつ、どうしちゃったんだろ?」
「こんな、よりどりみどりでかわいい子たちに手を出してないなんて!」
「……あいつ、どんな生活送ってたんだ?」
優菜が真っ赤になって呆れている。美紀もまた、真っ赤でうつむいたまま。るいと真紀は『もっと聞かせて』オーラを出して千早と圭を見つめている。そんななか、理佐が場を収集しようと口を開いた。
「まあ、隼人君もいろいろ忙しいみたいだし。妹さんの入院とか」
その言葉に、千早と圭が食いついた。
「え? 妹? 入院?」
「そうよ。くるみちゃんって子がもう6か月以上入院してて――」
「どこに? どこの病院なの? 教えて!」
勢い込む2人をなだめて、情報交換が行われた。どうやら高校卒業後隼人兄妹と2人は音信不通になっていたらしい。
………
……
…
「とまあ、こんな調子で2時間くらい、隼人君の話に終始したわけでやね」
真紀の回想(くるみの入院関連は省いて)がようやく終わると、ゼミの一同はざわめいた。
「あいつ、ほんとにモテてたんだ……」
「なんかその様子だと、8人以外にもイロイロありそうじゃん」
「で、本人は?」
隼人は教室から姿を消していた。
「冗談じゃないぜ、まったく……」
隼人は教室の外でため息一つ。
(あいつら、俺がいないと思って全部ばらしやがったな)
このままフケよう。隼人がそう思ったとき。
「隼人君――」
美紀がいつの間にか隼人を見つけて、近寄ってきていた。その眼に尋常ならざる光を見て立ちすくんでいる隼人に、美紀はおずおずとながらも切り出した。
「千早ちゃんに嘘ついて捨てたって、ほんとなの?」
瞬間、眼を見開いた隼人は、すぐにいつもの真顔になって答えた。
「そうだよ」
潤んだ眼を見開いた美紀を置いて去ろうとした隼人だったが、ちょうどやって来た講師に見つかってしまい、脱出に失敗してしまった。
2.
その日の午後、隼人は、るいに斡旋されたケーキ屋のバイトに来ていた。店主も奥さんも気のよさそうな老夫婦で、この2人がそんなチンピラに因縁をつけられているのかと思うと、隼人の心に苦いものが溜まってくる。
簡単な面接を経て即採用。まあ個人経営の店だし、大げさなことはないと思っていた隼人だったが、その予想は初日にして早くも崩れることになった。
奥さんから差し出された制服。それは上から下まで黒尽くめの――
「あらかじめ身長を聞いておいてよかったわ。よく似合うわね」
執事の格好だった。
「あの、僕の仕事は――」
予想だにしなかったコスチュームに加えて勝手がわからず口ごもる隼人に、老夫婦は仕事の手順を教えてくれた。
レジと持ち帰りの客は店主夫婦が対応する。喫茶室は隼人と、もう1人いるバイトの女の子が担当する。以後閉店まで、お互いの忙しさを見て適宜補い合う、とのこと。
緊張しているのが顔に出たのだろう。同僚の子が気遣ってくれた。
「あんまり厳しい顔しちゃだめ。執事さんはスマイルスマイル」
本当に執事はスマイルなんだろうか、と隼人が考えていると、さっそくお客が来た。
「こんにち……わっ! 男の人がいる!」
いらっしゃいませ、と店主夫婦の挨拶に迎えられて入ってきたのは、2人の女の子。
1人はやや小柄ですっきりしたプロポーションに、垂れ目がちな大きな眼が印象的なハデ目の美人。いかにも仕立てのよさそうな白のブラウスとロングスカートを着こなしている。
もう1人も同じ程度の背丈ながら、こちらは健康的な身体つき。顔はどちらかというと落ち着いた感じの美人、といったところか。彼女はウニグロのTシャツにジーパンという、カジュアルな格好だ。
なにより隼人の眼を引いたのは、2人の髪だった。ハデ目美人のほうは青黒い髪を背中の中ほどまで伸ばしたストレートロング。もう1人は、まさに漆黒という表現がぴったりの、黒々としたつやのある髪を肩まで伸ばしている。
なんというか、変わった髪の色だな。隼人はそう思い、どこかでそんな話をしたようなと考えていると、横から小突かれた。バイトの子が肘で隼人の腕を突付いている。
「ほら、ぼーっとしない。お嬢様のお帰りよ、執事さん?」
いかんいかん、と隼人は頭を振って、喫茶室の席に着いた2人のほうへ向かった。
「えーと、いらっしゃいませ。ご注文はなにになさいますか?」
たどたどしい隼人の接客に2人はくすくす笑いながら、苺ショートケーキとティラミスに飲み物を注文した。かしこまりました、とやはりたどたどしい隼人に、ハデ目美人が微笑みながら語りかけてきた。
「お兄さんは、新人さんですか?」
「あ、はい。今日が初日です」
よろしくお願いします。そう言って頭を下げて、こういう場合『お願いします』というのは便利な言葉であることを実感しながら、隼人は店主にオーダーを通しに戻った。
「なかなか男前じゃない? 鈴香」
「あれ? 琴音って、ああいう人がタイプだったっけ?」
「別に。客観的な評価よ」
琴音と呼ばれたハデ目美人はツンとして答えた。
「鈴香は面食いだから、どうかと思って聞いてみたのよ」
その発言に、落ち着いたほうの美人――鈴香は心外そうだ。
「そんなこと、私がいつ言ったのよ!」
あら、と琴音が反論しようとしたところで、噂の新米さんがケーキセットを持って席にやって来た。
にっこり笑ってお礼をいい、琴音は淹れたてのコーヒーの香りをしばし無言で楽しむ。
「で、これで“猖穴”の調査は終了?」
鈴香が無理やり話題を変えた。琴音はにこりとして、見逃してくれたようだ。
「そうね。あと1地区残ってるけど、あれから新しい妖魔も出てこないし、猖穴がある可能性は低いわね。2週間ほど前に近くで戦闘があったから、その時の討ち漏らしの可能性が高いかな」
でも、成果はあったわ。琴音はまた微笑む。
「このお店を見つけたこと、でしょ?」と鈴香は先回り。
中学以来8年にわたる付き合いで、お互いの好みや口癖は大体把握している。そして4年前のとある出来事ののち、鈴香は琴音と同じ鷹取の血を引いていることがわかって、友達付き合いは親戚のそれも兼ねるようになった。ゆえに2人して、妖魔が地上に這い出すための“猖穴”が開いていないかの調査に来たわけだ。
それにしても。
「そのボランティアの人たちに、調査も任せるわけにはいかなかったの?」
鈴香の問いに、琴音はちょっと困ったような顔をして答えた。
「うん、詳しくは知らないのだけれどね、どうも向こうからそういう提携を拒んでるみたいなの。向こうは向こうで何かと戦ってるみたいだけど、具体的な話がない以上、こちらも勝手に動けないし」
そこらへんは警察の方も心得ていて、監視カメラの映像からの通報を、鷹取とボランティアにちゃんと仕分けしてるんだけど、今回はちょっと不手際があったみたい。琴音はそう結んだ。
「戦闘ボランティアか……どんな人たちなんだろうね?」
蔵ノ浦鈴香と海原琴音の想像は広がったが、まさか新米バイトがその関係者とは気付く由もなかった。
3.
22時を少し過ぎて、隼人は帰宅した。シャワーを浴びて、リビングで一息つく。今日は疲れた。そういえば、ああいう接客業を始めて体験した隼人だった。
噂のチンピラも来なかった分、仕事の習得に集中できた。といっても、バイトの子によると笑顔はまだまだぎごちないらしい。
……笑顔、か。
眼を閉じると、思い浮かんだのは千早の笑顔だった。
誕生日のお祝いで、海で、学校からの帰り道で。
(なんだかな)
隼人は苦笑する。バイトをしているときは頭から追い払っていたのに、一人になった途端、これだ。男は過去に生きるってのは真理なんだろうな。
隼人は反省して、今度は現在気になっている人の笑顔を思い出そうとする。だが、浮かんでこない。
(仕方がないよな。彼氏が死んですぐに笑顔なんて)
そもそも殺したのは俺なわけで、その俺に笑顔を向けることなんてそうそうできないだろうし。
リビングの壁にもたれかかってひとりごちる隼人の元に、"現在"は突然訪れた。
ピンポーン
誰かが来た。物思いに浸っていた隼人はけだるげに立ち上がり、玄関に行きインターホンの通話ボタンを押す。
「はい? どちらさま――」
「お、いるな。じゃあ、入るぞー」
言うやいなや、玄関を開けて入ってきたのは、優菜を先頭に、いつものメンツと千早と圭。
「おい! 入っていいかどうか聞けよ! お前は宅配便のおっちゃんか!」
「細けぇこたぁいいんだよ。お酒飲もうぜ、お酒」
そこまで言われて、隼人はみんなが手にコンビニの袋をぶら下げていることに気づいた。ため息を深くついて、一同をリビングへと通す。千早と圭が隼人の部屋に行きたいと優菜にメールしてきたので、案内がてら思いついたとのこと。
「意外と片付いてるやん」
と真紀が感心している脇で、るいが鼻をうごめかす。
「ていうか、フローラルのかほりがする」
なんて鼻がいいんだ、と隼人は内心舌を巻きながら、先日なごみが片づけに来たことを話した。
「美人の妹に、そんな奉仕までさせてるんだ。へぇ~」
るいは実に楽しそうだ。
「奉仕じゃないよ。頼んでないのに勝手に上り込んできて片付けしていったんだよ」
「相変わらずだね、なごみちゃんも」
圭も楽しそうだ。
相変わらず、の部分に反応した優菜たちに、圭が説明した。
「なごみちゃん、昔っから『お兄ちゃんに頑張ってもらって、この境遇から引っ張り上げてもらうの』 って言って、隼人に何くれとなく世話焼いてたから」
「……美人の妹から、何くれとなく、ねぇ」と理佐。
「爆発しちまえ、リア充」と優菜までにらんでくる。
「ああもう、人の部屋に押しかけてきて、奉仕させてとか爆発しろとか」
隼人は頭を抱えた。気のせいか、理佐の視線が痛い。
「ていうか、だれがリア充だよ」
「こういう状況を『リア充』っていうんでしょ?」
玄関から聞こえたその声にみんなが振り返ると、そこに立っていたのは噂の人、なごみだった。
千早と圭が歓声を上げてなごみの元に駆け寄る。そのまま3人で抱き合い、再開を喜んでいる姿を見て隼人の心に暖かいものが流れた。
「あ、はじめまして、ですね。神谷なごみです。兄がお世話になってます」
自分たちに向かって丁寧に頭を下げるなごみを見て、慌てて礼を返す優菜たち。そのまま狭いながらもリビングでの飲み会に移行した。
「なごみ、なんでこんな夜遅くに来たんだ?」
美紀が買ってきてくれたビールを開けながら隼人が聞き、ちゃっかり隣に座ったなごみが答えるより早く、理佐が隼人をにらんだ。
「実は毎週呼んでるんじゃないの? この時間に」
一同が隼人を注視するが、彼が発するより早くなごみが一堂を見回しながら口を開いた。
「今朝、兄から『ボランティアをしてたら千早と圭に会った。うちの市内に来て泊まってる』ってメールを貰ったんです。で、皆さんならきっと兄の過去を知りたくて夜に押し寄せてくるだろうな、と」
なんたって、兄を尾行した人たちですもの。なごみはそう結んだ。
「ご明察! だね」
るいが感心している。
「それからですね、残念ながら、兄は私に興味がないそうです」
えー、となる一同とそれをにらむ隼人。
「なんだよみんな、その顔は」
「ほんとなんです。わたしがパンツ見せようが胸を押し付けようひゃっ!」
「なごみ――」
隼人は横に座るなごみのわき腹を突いていた。
「それ以上余計なことしゃべったら、来月の小遣い、無しな」
ひどいひどいと兄をぽかぽか叩いているなごみの姿に微笑みながら、千早が隼人に横目で尋ねた。
「くるみちゃん……入院してるんだって?」
それに答えて隼人が現在までの状況を説明すると、千早は涙ぐみ始めた。
「くるみちゃん……可哀想に……」
「明日、くるみの見舞いに行くか? 2コマ目があるから俺は長居できないけど」
隼人の提案は渡りに船だったのだろう、千早も圭も頷いた。
「なあ、これって、なごみちゃんか?」
と声をかけられたほうに隼人となごみが振り向くと、部屋の中を物色していた優菜とるいが本棚の一角に見つけた小さな人形を指差していた。SDキャラ風の3頭身で、飾りやすいように足を投げ出して座るポーズに作ってある。隼人はちょっと照れながら答えた。
「ああ、そうだよ。くるみが作ってくれたんだ。隣がくるみ自身の人形だよ」
横からなごみも会話に乗ってきた。
「お兄ちゃんが一人暮らしする時に『住むところは離れても3人一緒にいられるように』って、くるみが作ってお兄ちゃんに渡したんです」
なごみちゃんにそっくりじゃん、器用だな、売れるんちゃうこれ、などと女の子たちがくるみの仕事の良さに感嘆しているのを聞くと、素直にむずがゆい隼人であった。
と思ったら、圭が何気なく口走った一言が隼人の胸をどきりとさせる。
「そういえば、ボクらももらったな、高校卒業の記念で。ね?」
圭に振られて微妙な顔をした千早に皆の視線が集まるのを横目にしながら、隼人は無言でビールをあおった。実際微妙なエピソードなんだなこれが。みんなも詳細を聞きたいような触れたくないような。そんな空気を読まない人といえば、ハイこの子。
「千早ちゃんたちも、なごみちゃん姉妹の人形もらったんじゃないの?」
るいの真顔での質問に、千早は実に気まずそう。話を振った手前責任を感じたのか、圭が苦笑いしながら代弁開始。
「千早はね、隼人の人形もらったんだ。千早の人形とペアで」
「くるみはですね、『お兄ちゃんと千早姉がくっつくなら、わたしはお兄ちゃんをあきらめる』って常々言ってまして、はい』
なごみのフォローももはや遅く、微妙な空気は部屋全体を覆うに到った。
「……モトカノにモトカレの人形をセットで贈る、て」
「……それ、復縁どころか逆効果ちゃう?」
双子の呆れながらのツッコミも、くるみ本人がいない以上空しいだけ。それをごまかそうとまたビールを飲もうとした隼人は、すでにほとんど空になっていたことに気がついた。
中座して冷蔵庫にビールを取りにいくが、中を幾ら探しても見つからない。そもそも冷やしてないことに気づき愕然として、ぬるい奴で我慢するかとあきらめかけた時、リビングがなにやら騒がしいことに気付いた隼人は急いで戻ったのだが。
「ほほう、これはなかなか」と真紀が漫画を貪るように読んでいる。
「ねーやんねーやんねーやん、コレはナニがどないなってんの?」
美紀は隣の姉に別の漫画の1シーンの解説を求めているようだ。
「優菜と理佐は見ないの? 隼人君の幅広い趣味が伺えて、これからの参考になると思うけどなぁ?」
るいは親友2人を横目でからかっている。その視線に答えず、まさにユデダコのように真っ赤になって俯いている優菜。るいから視線をそらして逃げようとした理佐の視線が隼人のそれとぶつかった。
「あ……」
「……何をしている?」
千早が隼人を見てニヤリ。
「ガサ入れなう」
「なう、じゃねぇ!!」
いつの間に片付けたのかきれいになった机の上に、隼人が隠してあったエロ本やエロ漫画の類が山積みにしてあるではないか! 隼人は突進し、迅速にブツを奪還する。
「いや、もしかして隠し場所とか実家と変わってないんじゃね? って話になってさ。んで探ってみたら出るわ出るわ」
と千早が爆笑しながらビールをあおる。
「いやあ、オトコってほんと進歩しない生き物だなぁ、って」
圭は遠い目をしながら苦笑い。隼人にとってはもうそれどころではない。涙目でなごみをにらんで、なぜ止めなかったのかとなじったが、なごみは兄の怒りをいたって平気な顔で受け止めた。
「女の子に見つかっていけないようなものを、隠しておくお兄ちゃんが悪いんです。だから常々言ってるじゃないですか、わたしに一言囁いてくれればこんなもの必要なくなるって」
「うんまあなんや、そのアピールも大概やと思うけどな、うち」
「姉妹揃ってそこはズレてるんやね」
真紀と美紀は漫画を交換して読みふけりながらコメント。それに気づいた隼人が取り返そうとしたため揉み合いとなり、ふとした拍子に双方の手を離れて飛んだエロ漫画本が、優菜の前に落ちた。
隼人たちが見つめる中、指の先まで真っ赤になった優菜が本をゆっくりと拾い、表紙を見つめる。部屋の時計の針が23時を指す音とほぼ同時。ふつっ、と音が聞こえるくらいの何かが切れ、優菜は女座りのまま後ろに倒れた。
「わ! ちょっと、優菜ちゃん?!」と千早が眼を丸くして叫ぶ。
「優菜、死亡確認」
るいが優菜の元に駆け寄り脈を取った後、厳かにつぶやく。それに少し遅れてなごみが、頭を冷やすタオルを作りに台所へと立つ。
「いやいやいやいや、どんだけ乙女なのよ優菜」
「美紀より耐性がないって一体……」
理佐と真紀も勝手なことを言いながら優菜の介抱に入った。
結局1時間ほどで飲み会はお開きとなり、隼人はなごみを送っていった。他のメンツは別の道でのお帰りとなったのだが。
「飲み足りないよぉ」
るいは寂しげに真紀に抱きつく。
今日は珍しく姉妹で違う格好をしている。隼人の部屋に行く道でそのことを問われて、美紀は『ねーやんのカレシがうちに来てたからやね。昔ねーやんのカレシが間違えてうちを襲ってきたことがあって』と過去のハプニングをみんなに話していた。
「わぁ! なんやねんな、うちに言うてもなんも出えへんで?」
などと言われてもなお真紀に絡みつくるいに、優菜がチョップを食らわせる。
「おい、明日は朝一でゼミだろ。お前、発表じゃん」
言われて、るいが真っ青になったのはお酒のせいではないらしい。
「……もしかして、忘れてたの?」
理佐は心配かつ呆れ顔。
「なんとかしてよぉ、ミキえも~ん!」
「ほなこの道具で……ってなんでうちがベコ型ロボットやねん」
美紀はポケットから取り出した携帯で、るいのおでこにノリツッコみ。千早と圭が爆笑して言った。
「いいなぁ、関西人。うちにも1人欲しいなぁ」
「うちの人たちもおしゃべりは好きなんだけど、ノリがやっぱり違うよね」
「「ええよ。でも、うちら5人でワンセットやで?」」
「お前ら、やっぱ弟とセットなのかよ」
優菜が笑いだし、きょとんとした顔の2人に解説してやった。
「あの顔がさらに3つ付いてこのお値段か……」
「「うちらはテレビショッピングの商品かいな」」
双子のユニゾンでのツッコミに千早と圭が驚いて、またしばらく双子についての掛け合いが続いたのち、しょぼーんとした顔をしているるいの元に圭が近寄って、耳元に囁いた。
「ねぇねぇ、ほんとにあんたたち、誰も隼人とチュッチュしてないの?」
るいが首を横に振ると、仲間たちに視線を向けて言った。
「志願者はそこに3名、いるんだけどね」
「あたしを混ぜるな!……あれ?」
声を張り上げた優菜が、一転してきょとんとなった。そもそも理佐お決まりのセリフなのに、当の本人は頬を染めてぷいと遠くの星空を眺めているではないか。
一方美紀は、同じく顔を赤くしながら、不安げな目で千早を見つめる。その視線を受けて、千早は言った。
「やめときなよ、あんなやつ。あたしみたいになるだけさ」
その時、圭が何か言いたそうにちらっと千早を見たが、そこでミキマキの部屋への分かれ道となり、そのままこの話題はお流れとなった。
4.
翌26日早朝。隣野市民病院1階のフロアーで待ち合わせをした隼人、なごみ、千早、圭の4人はさっそくくるみの病室へと向かった。
なごみにくるみの容態を聞きながら病室のドアをノックし、4人で入る。ベッドの上で朝食を摂っていたくるみは眼を丸くした。
「千早姉、圭ちゃん……」
そのまま涙が零れるくるみに駆け寄ると、千早と圭はくるみを抱きしめ泣き始めた。
しばらく泣いてすっきりしたのか、くるみは笑顔になって千早に問いかけてきた。
「千早姉、お兄ちゃんとよりを戻すことにしたの?」
全然。千早と隼人がそろって首を横に振り、気付いてにらみあう。それを見たくるみが一言。
「千早姉とお兄ちゃんが仲良くしてくれたら、わたしの病気も治るのになぁ」
千早姉ならお兄ちゃんを譲ってもいいのにと述べるくるみ。ベッド脇の椅子に座ったなごみが、妹の手に自分の手を添えてたしなめる。
「無茶言わないの。大人には大人の事情があるんだから」
「3つしか齢違わないじゃん」
くるみは可愛くむくれて、こう切り出した。
「じゃあ……せめて、わたしの前でだけでいいから、仲良くして?」
まずは握手から、ね。くるみの眼に、また涙が溜まる。泣く子と病人には勝てない。両方兼ね備えたくるみの頼みなら、なおさら。
千早がそれでも一瞬戸惑う間に、隼人の右手が千早の前に差し出された。隼人の表情は柔らかい笑顔。そのことに動揺しながらも、千早は隼人の大きな手を握り返した。
「はい、そこからハグハグ」
「いやいやいやいや」
ぱっと手を離し、くるみの扇動に乗らない大人な2人であった。
それから10分ほど5人で取り止めもない話しをしたのち、隼人は大学へ行った。しばし無言の時が流れ、圭がなごみのほうを向く。
「で、なごみちゃん。何が見えてるの?」
なごみは笑って受け流す。
「何も見えてませんってば。少なくとも、圭ちゃんが望むようなものは」
「質問を変えようか」
圭の眼は笑っている。
「あの子たちの中で、だれがお義姉ちゃんならいい?」
お兄ちゃんはわたしが、というくるみの抗議を余所に、なごみの答えは、微笑むだけの沈黙であった。
5.
バルディオール・ミラーが借りたワンルームマンションは、その性質に違わず単身者しか住人がいないようだ。この昼日中に、部屋に篭っているのは彼女のみという状況。蒸し暑くなり始めた室内を疎ましく思いながら、ミラーはニコラと通話していた。
「復讐は順調かね?」
「ええ、罠も張っておきましたし。あとは黒いのがかかることを神に祈るだけ。今晩には動きますわ」
結構、と受話器の向こうは満足げ。すべてはわれらが伯爵様のために、と決まり文句で締められて、通話は切れた。
受話器を置きながら、ミラーはつぶやく。
ふん。なにが『伯爵様のため』よ。きさまらフランク人がこの日本でイイ思いをしたいだけでしょうが。1000年前にしめた味が、いまだに忘れられないなんて。しかもこの現代に征服王朝など作り出せると、本気で思っているのかしら?
……まあ、いい。すべては、姉の復讐を果たしてからだわ。ミラーは夜に備えて布団に包まった。
そのころ、浅間大学のイッショクでは理佐が机に突っ伏していた。遅れてやってきた隼人の物問い顔に優菜が答える。
「暑いんだってよ。昨日の夜、急に蒸し暑くなったろ? 寝てないんだってさ」
「ふーん。大変だな。ていうか、クーラーとかつけたらいいのに」
壊れてて動かなかったのよ。相変わらず突っ伏したままの、理佐の返事がそれだった。
「はあ、暑い。苦手なのよわたし」
「それは……やっぱ系統があれやから?」
いつの間にか美紀が隼人の背後に立っていた。正解とばかりに無言でコクコクしている理佐だったが、優菜は手を振って親友のリアクションを否定した。
「そういえばさ、隼人。お前のモトカノたちって、あれか?」
「なんだよ『たち』って。圭とは付き合ったことないぞ、俺」
ああ、そうなのか、と独り納得した優菜は、『あれ』の説明を促す隼人に、昨夜ミキマキと別れた後 帰り道での会話について話した。
千早と圭が先日の戦闘のとき叫んでいた言葉についての質問。そこから話がこじれて、ひと悶着あったのだ。
「ああ、あいつら1号・2号原理主義者だから」
と話の内容を掴んだらしき隼人が説明するが、優菜と美紀は付いていけない。
「なんの原理主義者だって?」
「なにって、ライバーのだよ」と隼人は説明を追加した。
『ライバーシリーズ』は、もうすぐ40周年を迎える、エストレシリーズと並ぶ日本の変身ヒーローものの看板だ。仮面ライバー(マスクドライバーと読む)は約40年前、当時国内第3位の自動車メーカーが、新発売するスポーツカーの販売促進策の一環としてテレビ局とタイアップし誕生した。
仮面をかぶった等身大ヒーローがスポーツカーを駆って悪の野望を打ち砕く。その姿は日本中の子供たちの心を捉え、1号の中の人が起こしたアクシデントに伴うリリーフとして投入された2号ライバーの人気も相乗効果を生んで、現在まで後継作として24作が製作されている。
ちなみに、『スポーツカーに乗る』という当初のコンセプトは、現在もメインスポンサーである自動車メーカーの都合であっさり変更され、RVブームの時は4駆が、ミニバンブームのときはミニバンがその時期のライバーの愛車である。
さらに言えば、この愛車に様々なギミックが装備されているにもかかわらず結局最後は飛び降りて肉弾戦、という矛盾した『お約束』も昔から各所でネタにされ続けてきた。そういう意味でも人気シリーズであると言える。
「で、あいつらはな、第1作目に出てきた1号と2号こそが至高にして唯一のライバーで、ほかのライバーは付け足しだ、っていう主義なんだ」と隼人は結んだ。
「要するに、優菜ちゃんたちはマニアの逆鱗に触れたわけやね」
美紀は納得顔だが、隼人的には納得いかないご様子。いったいなにを言ったんだと確認されたが、それに対する答えを返したのはヘタりっぱなしの理佐からだった。
「わたしがね、『ああ、ミニバンに乗ってるやつ、この間映画がやってたわね』って言ったら、急に機嫌が悪くなったのよ」
「ああ、バンオウに言及したんだね……」
隼人は腑に落ちて、また解説してくれた。
『仮面ライバー バンオウ』はいわゆる平成ライバーに分類されるライバーだ。怪人を取り込んで力にできる変身ベルトを手に入れた主人公が、様々な動機で仲間となった怪人たちとともに悪の組織と戦うというコンセプトが当たって、テレビ放映終了後も劇場版が作られ続けている人気作である。
主人公が運転するミニバンの後部座席に怪人たちが乗って移動する際の、車中での主人公や怪人たちの軽妙な掛け合いも人気を呼んだ点の1つで、特に、怪人同士で掴み合いのケンカが始まると、なぜか後部スライドドアが開いて赤い怪人が振り落とされそうになるのが定番の展開だ。
「……バンオウは怪人の声を担当した声優さんの人気もあってミーハーなファンが増えて、だから千早や圭みたいな連中には嫌われてるんだ。でも、その時期下降してたライバー人気がバンオウで盛り返したおかげで、いまだにテレビシリーズや劇場版の制作が続いているのもまた事実。原理主義者にとっては愛憎半ばするライバーなんだよ」
解説し終わって、隼人が昼飯に取り掛かる中、優菜は美紀と顔を見合わせていた。
「なんというか……めんどくさいやつらだな」
「まあでも、コダワリがあるっちゅうのはええことちゃう?」
ライバー関係の話題を振らなきゃええんやろ? 美紀はそういうと笑ってアイスコーヒーを飲み始めたが、すぐに口から話して、優菜に問いかけてきた。
「るいちゃんは間に合ったの? 発表」
「ああ。しようがないから手伝って間に合わせたぜ」
おかげで徹夜明けの優菜であった。お疲れさん、という美紀の言葉ににっこり笑ってうなずくと、お茶を一口飲む。
「理佐ちゃん、ほんとに大丈夫か? もう帰って寝たほうがいいんじゃね?」
そうこうしているうちに早くも食べ終えた隼人が、心配顔で理佐に話しかけてきている。それを見て、優菜の心はいささか落ち着かない。
ばか、お前は彼氏がいるだろ。そう優菜が自分に言い聞かせている間にも、隼人の心配は続き、ついに理佐の肩に隼人の手が――
「さ、隼人君! ゼミの時間やで。行こ!」
美紀が無理やり隼人の腕を引っ張って立ち上がらせ、人文学部棟へ連れて行ってしまった。
「美紀ちゃん、なんか積極的になってきたな。どーすんだ? 理佐」
自分の揺らぎは棚上げにして、優菜は机上で溶けている親友を見やる。
「……もう少し、時間をちょうだい」
親友からの返答は、優菜の揺らぎを収めてはくれなかった。