第3章 氷牢
1.
6月17日、水曜日。単発の早朝バイトを終えて2コマ目の講義にやってきた隼人は、教室の隅の席でこそこそ何かをやっているミキマキを見つけた。
「おはよう。昨日はお疲れ様」
「「わっ!!」」
双子が驚いた拍子に落ちたルーズリーフを、隼人は拾ってやる。
「「ありがと」」とお礼を言って、また2人はこそこそ。
怪訝そうな隼人の表情に、あとで相談するからと返されたところで講義が始まった。
その講義もはねて、お昼が来て込み合う学食では話しづらいから、と購買で買ったおにぎりとお茶でカフェテラスに陣取っての相談となった。
「ああ、スキルの候補だったんだ、それ」
「「そうなんよ。はあ……」」
双子は盛大にため息をつく。帰る途中で優菜からメールが来て、『明日の夜スキルの練習をするから、候補を一杯考えておくように』と書いてあったそうな。
「20歳超えて、こんな魔法少女みたいな真似せなあかん、ちゅうだけでもつらいのに、なんで自分でスキルまで考えなあかんのよ」
真紀がぼやいておにぎりをほおばる姿に美紀がくすっと笑う。隼人が求めるより早く、美紀が説明してくれた。
「ねーやんな、実は結構ノリノリで書いてたんやで、その紙」
美紀はお茶を一口飲んで、話を続ける。
「でもな、『そういえば、質量操作系ってなんやねん』って話になってな、支部長さんに問いあわせた結果、候補の全てが自動的に没になっちゃったんよ」
なんで、と問う隼人に、美紀は説明してくれた。
質量操作系は、自分自身、及びその身が触れているものにかかる質量を、100分の1から100倍まで任意に操作できる系統だ。
例えば、真紀が使っている70キログラムの原付を700グラムにして持ち上げ、敵に投げつけることができる。手を離れた瞬間に元の重さに戻るため、敵は70キログラムのものを投げつけられることになる。
もちろん重いものを軽くして振り回し、敵に当たる瞬間100倍にしてダメージを増すという芸当もできる。己の肉体を質量兵器と化し、重いパンチやキックを打ち込んでもいい。
だがそれは、逆に言えば投射系スキルがまったくできない肉弾戦上等キャラ、という意味でもある。そして真紀の考えたスキル候補はすべて『魔法でズバババーン』的なものだった。
「なるほど。てことは、スキルなんてほとんどないも同然、ってことなのかな?」
隼人が指摘すると、真紀が珍しく涙目になって反論してきた。
「そんなぁ……あんなけったいな格好してやで、物投げつけたり、ポン刀振り回すだけのキャラなんて……」
「うん、なぜにサムライブレイドを振り回すのかね?」
とツッコんだ隼人が、あることに気づいた。
「あ、そっか、ニンジャだ」
「え?」
「日本刀はともかく、手裏剣みたいなものを隠し持っておいて、敵に投げつければいいんじゃない?」
「「どうやってそないなもん、隠し持つのよ?」」
反問する美紀と真紀に、隼人は教えてあげた。『ある程度までの大きさの道具なら、白水晶が収納してくれるよ』と。
隼人も以前、三段ロッドを普段どうやって持ち運ぶか悩んだ時に、(まだバレる前だったため)優菜たちが耳に着けてる通信器を、変身のたびに着け外ししてないことに気付いて、聞いてみたのだ。
「うわあ、なにその便利設定」
美紀は眉をひそめたが、隼人も反論に困っておにぎりの最後の一口を放り込んだ。
「そういうわけだから、何か考えてみたら? で、美紀ちゃんのほうは?」
「あはは、うちはねーやんとは逆だから、ね」
美紀が照れて笑う。
電撃系は読んで字のごとく、電撃を繰り出せる系統だ。光線系のようにイカヅチの剣を作ることも可能なようだが、どちらかというと投射系が得意な後方援護型と言える。
「……なんというか、素直なネーミングだね」
美紀のルーズリーフを見ていた隼人が感想を述べようと顔を上げたら、美紀の姿がなかった。
「あれ? 美紀ちゃん?」
「隼人君、下、下」すっかりやさぐれた真紀が、けだるげに指で下を指差す。
美紀はルーズリーフの陰に隠れていた。うつ伏せになって丸まっているため顔は見えないが、耳が真っ赤だ。
「どうしたの? 具合悪いの?」
「だって、恥ずかしいやんか……」
美紀はまだ丸まったまま、蚊の泣くような声でつぶやいた。
2.
19時。しょぼしょぼと降り続く雨の中、真紀と美紀は大学の裏山に来ていた。優菜から携帯に送られてきた地図を頼りに林道を歩くこと10分ほどで、目的地に着いた。
「よう、お疲れ」
そこには、るいと理佐も来ていた。というか、すでに変身している。
「えーと、とりあえず、変身せなあかんのよね?」
そりゃそうだね。るいがくすりとする。
「「それじゃ、変身」」
畳んだ傘を木陰に置いた後、掛け声と共に双子は変身した。
白水晶から飛び出した黄色い電光がまっすぐ空へと昇り、すぐに落ちてきて美紀の身体を直撃する。
稲光が四方に飛散すると、美紀はエンデュミオールへと変身完了。
一方真紀の持つ白水晶からは、緑色の光の管が真紀の額を起点に伸びた。光の管は横巻きに真紀の身体を取り巻いた後、足元で方向転換し、今度は縦巻きに身体を包む。これも美紀同様光が四散して、中から緑のエンデュミオールが現れた。
赤いエンデュミオールが腕組みをしながら言う。
「なんというか、美紀ちゃんはシンプルな変身シークエンスだな」
青いエンデュミオールも笑う。
「性格が出るよね。ルージュもブランシュもサッパリ系だし」
「お前は結構凝ったやつだよな」
先輩たちの論評に複雑な顔をしたのは、真紀が変身した緑のエンデュミオール。
「うちは凝ったほうなんや……」
「ていうか、これはさすがに姉妹で違うんやね」
と美紀が複雑な顔をしているのをみて、白い髪のエンデュミオールが笑った。
「そこまで揃えられたら、わたしたちがほんとに見分けつけられなくなるわね」
ひとしきり雑談ののち、自己紹介となった。
「んじゃ、改めて。ルージュです」「アクアです」「ブランシュです」
美紀と真紀は失策を悟った。
「ん? どうしたの?」
ブランシュが怪訝な顔をする。
「「うちら、名前まだ考えてへんかった」」
「そこからなの? いいんじゃない? キレンジャとミドレンジャで」
とブランシュにしれっとした顔で言われてしまった。
「「なんでそんな昔ナツカシなネーミングやの?」」
パタパタ腕を振り回して抗議する双子を、ブランシュはぷいと横を向いて無視。
「まあまあ。でも、ニックネームは決めないと、本名では呼べないし」
とアクアがフォローする。とりあえず今週末までに決めることとして、仮称イエローとグリーンのスキル作りが始まった。
「とりあえず、指先から稲妻を出して真っすぐ飛ばすスキルにしようか。えーと、電撃系だから、頭の中で、雷とか電気をイメージして」
アクアの指導に、イエローは目を閉じる。
「じゃ、自分の指先から稲妻がビビビっと出るのをイメージする」
数秒して、イエローの白水晶が光り始める。同時に、だらんと下げていた両手の先に、帯電が始まった。
「よし、じゃあ、手を前に挙げて、放つ!」
ビビビビ!
「きゃあ!」
稲妻は、見事アクアに命中した。
「あ、ごめん。アクア、前にいるんやった」
イエローは目を瞑ったままスキルを発動していた。
「よ、よかったな、アクア。お、お試しで大した威力じゃなくて」
ルージュが笑いをこらえながらアクアを慰める。
「そ、そうだね……」
「なにやってんのよ、あれ」
少し離れた場所では、グリーンがブランシュの指導を受けていた。
「さすが美紀、もといイエロー。ボケは外さへんな」
「あのね、コントやりにきたわけじゃないから」
ブランシュにたしなめられた。
「えーと、それじゃ、あなたもやってみましょうか」
とブランシュが指さした傍に転がっている岩を、グリーンは眺めた。昨日ブラックが破壊したものらしく、大人の頭ほどもある断片だ。変身前の真紀ではまず持ち上げられないだろうそれを、スキルを使って持ち上げられるようにするのがレッスン1である。
「なになに、『まず初めに、対象物を触る』と」
ブランシュが見ているのは、質量操作系のスキル発動レッスンメモだ。系統的にはありふれたものであるが、スキル発動の仕方が特殊なため、件の系統を持つエンデュミオールが2人所属している横浜支部に支部長が問い合わせてくれたのだ。
「はい、触りました」
しゃがんだグリーンは神妙に指示に従った。
「次に、『触っているのものに適用する倍率を頭に思い浮かべる』」
「つまり、数字やな。0.01にしてみよか」
グリーンの白水晶が輝く。
「で、『持ち上げてみる』」
「ほい」
グリーンは岩を片手で掴み上げることができた。
「なんや、簡単やがな――」
次の瞬間、鈍い音がして、続いてグリーンの絶叫が裏山に響き渡った。
「いっっったぁぁぁい!!」
「で、『簡単に持ち上がったからといって気を抜かないこと。常にスキルを発動しているイメージを大切に』って書いてあるわ。……あら?」
ブランシュがメモから顔を上げ、きょろきょろしている。それもそのはず、視界からグリーンが消えているからだ。グリーンは右足の上に岩を落としてうずくまっていた。
変身を解除して調べた結果足の甲を骨折していたので、真紀はアクアに治癒してもらった。
「「おお、ほんまに治った」」
足をさすさすして、真紀とイエローが感動している。アクアが言った。
「便利でしょ。でね、イエローにも治癒スキルを作ってほしいの。ブラックは今日みたいにバイトで来られない場合が多いし、アクアもいろいろと多忙なので」
「お前は主に飲み会だろうが」とルージュがアクアをデコピンする。
「失敬だなぁ。ちゃんとバイトもしてるし、ジムも週2だもん」
アクアがおでこをさすりながら反論する。
「ジムって、フィットネスジム?」
イエローが立ち上がりながら尋ねるとアクアはかぶりを振って、キックボクシングのジムだよと答えシャドーを少しだけ披露した。
「おぉ!」
真紀も立ち上がって感嘆する。
「かっこええなぁ」
「ところで、ルージュとブランシュは、なんで治癒スキルがないん?」
イエローが首をかしげると、2人がそれぞれ答えてくれた。その顔がちょっとドヤ顔に見えるのは、イエローの心が曇っているのだろうか。
「ちまちま直すのは性に合わないから」とルージュ。
「治してる暇があったら、敵を倒したほうが早いから」とブランシュ。
双子の戦士はちょっと引き気味に沈黙している。それを見て、アクアが吹き出した。
「なんだよ」「なによ」
「いや、そんなこと言ってて、隼人君ちの駐輪場で失神しちゃった人がいたなぁ、と思って」
「ああ」とルージュがにやり。
「白い人だったような気がするな」
「し、しようがないじゃない! あれは、アクアが近くにいるって聞いたから……」
「「そんなことしてたんや……」」
その時、各自の携帯が鳴った。画面に『障害発生』の文字が浮かぶ。
「あちゃー、もう来ちゃった」
とアクアが眉をひそめる。イエローとグリーンはほとんど練習していない。
「仕方がないさ。行くぞ」
ルージュが携帯をしまい、樹の枝に飛び上がろうとした。ブランシュとアクアも続く。
「「ちょ、ちょっと待ってぇな」」
双子は慌てて3人に呼びかけた。
「「うちら、それ、まだできへんで?」」
3.
現場は管轄区域のやや中央、さびれた河川敷だった。
ルージュはそのど真ん中に一人突っ立っているバルディオールを見つけた。髪の色は白。氷雪系のバルディオールだ。
「ちっ、わたしは出番が少なそうね」
ルージュに並びながら、ブランシュが残念そうに口を尖らせる。同系統との戦いは、先のフレイムvsルージュのように実力差がない限り互いにダメージを与えるのが難しい。ブランシュは氷槍での直接攻撃のみになりそうだということである。
「ま、新入りのサポートに徹してくれれば……あれ? あいつら、どこいった?」
「「おーい」」
遠くからミキマキの声が聞こえて、やっと2人の姿が見えた。なんだか月面上の宇宙飛行士みたいにふわーんと浮かんで、ゆるゆると着地。それを繰り返してこちらにやって来る。グリーンのスキルでグリーン自身とイエローの質量を軽減してジャンプ移動してきたのだ。
「貴様ら、そこでなにをのんびり見物してるの?! さっさと倒されに来い!」
こちらを見つけたバルディオールが怒鳴ってきた。
「うるせぇ! 言われなくても行ってやらぁ! 行くぜ、アクア!」
「了解!」
赤と青のエンデュミオールは土手の斜面を駆け下り、バルディオールめがけて突進――しようとして派手にずっこけた。連日の雨で河川敷はかなりぬかるんでいるようだ。
「泥んこ遊びは楽しいか?」とバルディオールが嘲笑してくる。
「くっ! この!」
ルージュは立ち上がり、
「食らえ! ボリード!」と火球をバルディオールめがけて投げつけた。
「おっと、炎系はごめんだよ」
バルディオールは言うと、ぬかるみを歩いているとは思えない速度でかわしながらスキルを発動!
「そぉれ! イスブローク!」
バルディオールの頭上に生成された氷塊2つが、それぞれルージュとアクアめがけて飛んでくる。
「これって?!」
防御スキルアトランティック・ウォールで水壁を作ってアクアが氷塊を弾き返した。相手のスキルに何か思うところがあるようだ。
「このあいだの奴と同じスキル……?」
ボリードを投げつけて氷塊の勢いを削ぎ、サイドステップでかわしたルージュも気付いた。
「そうだ! 我が名はミラー! 貴様らに殺されたラクシャの妹だ!」
「仇討ちってか」「そんな個人情報、ペラペラしゃべっちゃっていいのかな?」
ルージュとアクアがミラーと対峙していると、土手から、転ばないように慎重に、ブランシュたちが降りてきた。この場に来ているエンデュミオールを全員にらみつけて、ミラーが吼える。
「姉の仇、黒いエンデュミオールはどこだ!」
「悪いね、あいつはいまとりこみ中だ」
とルージュが構えを取り、同じくファイティングポーズをとったアクアと共にミラーに向かって突進する。が、やはりぬかるんだ足元のせいでうまく立ち回れない。
「「えーと、うちらは……」」
当然のことながら初陣ゆえ戸惑うイエローとグリーンの耳に装着した無線器から、支部長の声が聞こえてきた。
『こちらアルファ。グリーンは前に出て。イエローはスキルで前の3人を援護して。ブランシュはグリーンのサポートよ』
「了解。グリーン、行くわよ」
「う、うん」
ブランシュに急き立てられて、グリーンが戸惑いながらもミラーのほうへ進み始めた。
「うん? 情報より数が多いな。まあいい」
ミラーは氷剣を作り出し、大立ち回りを始めた。
接敵から15分ほど経って、ようやくエンデュミオール側が優勢になり始めた。アクアの右フックでミラーはしたたかに顔面を強打され、後退する。
「よぉし! とどめだ! フラン フレシュ!」
ルージュの右腕に握られた炎の弓から、巨大な炎の矢がミラーめがけて飛ぶ! が、しかし――
「ミラー!」
体勢を立て直していたミラーが、自分の名前、いや、スキル名を叫んだ。ミラーの眼前に、まるで鏡のように煌く氷の壁がそそりたつ。それは、目標めがけて飛んでいた炎矢を、まさに鏡のごとく反射させた!
「え?! きゃあっ!!」
角度を付けて反射された炎矢はブランシュを襲い、着弾の衝撃でブランシュは後ろに吹き飛ばされた。
アクアやグリーン、イエローがブランシュの前に立ち、追撃を阻止しようとした、その時。
「そして、はぁぁぁぁっっ!」
ミラーが溜めを始めた。何か強力なスキルを発動させる気だ。そう気づいたルージュは先ほどの氷壁を回り込んでミラーを攻撃しようとしたが遅かった。
「アイスジェイル!」
ミラーが両手を4人のほうへ広げてスキルを発動すると、地面から氷の壁が、4人の全周囲からせり上がってきて、またたくまに氷のドームを形作っってしまった。
「みんな! くっそぉ、こいつ!」
「おっと、お前は厄介だから、こいつらに相手してもらうよ。レイズ アップ!」
泥に足を取られながらも急旋回し、拳に炎を纏わせてドームを攻撃しようとしたルージュの前に3体のオーガが立ちふさがる。
一方、ドーム内では、4人があることに気付いていた。
「……これ、空気穴とかないよね?」
「窒息しちゃうやん、うちら」
光すらうっすらとしか届かない厚い氷の中で、4人は一様に青ざめた。
「ブラックを呼びましょう! このままでは全滅です!」
土手の上に設置された本部で、横田が支部長に進言する。だが、腕時計を確認した支部長は首を縦に振らない。
「まだ、授業中よ。呼び出せるわけ、ないじゃない」
そんな杓子定規なこと、と言いかけた横田に、支部長はドームを指差してみせた。
「それに、もう始まってるわ。自力で脱出する気よ、あの子たち」
そう、そうでなくては困るの。これから。
4.
ドームの壁に、グリーンの拳が打ち込まれる。氷の壁は、僅かながら削れたようだ。
手に電気を溜めて明かり代わりとしているイエローがつぶやく。
「時間、かかりそうやね?」
「せやな。というか、拳が痛いです」
グリーンが手をぷらぷらさせる。ちなみにグリーンが持ち上げられないかやってみたが、相当深くまで壁ができているらしく、失敗に終わっている。
「うーん、アクアにやらせて」
アクアがトライアドで生成した水槍をぶつけるが、これもグリーンの拳よりは多く削れる程度。
「穴が開く前に、体力切れになりそうだね。どうしよっか?」
アクアが考え込む素振りをするより早く、グリーンが何かを思いついたようにブランシュのほうを向いた。
「ブランシュ、でっかい氷の塊、作れへん?」
スキルを使って質量を増したそれを壁にぶつけようという提案だった。4人の立ち位置がばらけていたせいか、その4人を包むための氷のドーム自体は比較的広く高さもそれなりにあるためだ。が、ブランシュの返事はそっけない。
「ごめん、無理」
すげなくされて鼻白むグリーンを気遣って、アクアはフォローした。
「アクアなら、おっきい水の塊、作れるんだけど」
それを聞いたイエローがひらめいたらしく、手をパチンと打ち鳴らす。
「ほな、それをブランシュに凍らせてもらえばええやん」
「それならできるわ。槍で一突きで、ね」
ブランシュもようやく首を縦に振る。
「よしよし。それならもう一工夫、しよっか?」
アクアは眼を閉じると、胸の前で手を合わせた。
ルージュはドームの外で、孤独な戦いを続けていた。幸いというべきか、敵は氷雪系なので、ミラーを適度に炎でけん制しつつ、オーガと渡り合っていた。が、そろそろ息切れが来そうである。
「くっくっくっ、ほれほれ、足が止まり始めたぞ?」
オーガすら泥に足を取られてもたつくなか、相変わらずミラーは素早い足運びでルージュを翻弄していた。頃合いと見たミラーがルージュへの間合いを一気に詰めようとした、その時。
硬いものを叩く、くぐもった音がアイスドームから聞こえてきた。音はだんだん大きくなる。
外にいた全員が動きを止めてアイスドームを注視する中、ドームの白い壁面に亀裂が入ったのは、最初の音から2分ほどのち。音が聞こえるたびに亀裂はだんだん広がっていく。慌てて対処しようとするミラーを、ルージュはけん制して果たさせない。
やがて、轟音とともに氷のドームの一角が内側から崩された。中から出てきたのは、アクア、ブランシュ、イエロー、そして――
「うう、ちべたい……」
アクアの作り出した巨大な水のハンマーをブランシュが凍らせ、グリーンがぶっ叩く。連携技とでもいうべきとっさの機転で、4人のエンデュミオールは死地を脱した。そして、イエローの攻撃スキルが発動!
「サンダーボルト!」
イエローの右手人差し指から夜目にも眩しい電撃の束が、ミラーめがけて飛ぶ。身を翻しての回避も間に合わず、電撃が彼女の身体を震撼させた。
「く、くそっ……!」
残念ながらスキルの練習不足が祟って、ミラーは致命傷を免れたようだ。ミラーはくるりと向きを変えると、オーガたちにルージュたちが足止めされているうちに、川へ向かってよたつきながらも走り、繋いであったジェットスキーに乗り込むと上流へ逃げていった。
4.
支部の控え室では、戦闘の結果をやきもきしながら待っていた隼人に迎えられた。
「そっか、逃げられちゃったんだ。でもまあ、ミキマキちゃんにはいい経験になったね」
お疲れ様、と声をかけられて、美紀は笑顔で返した。なんだか、ちょっと隼人との距離が縮まった気がする。真紀も笑っているのは、褒められたからだけではないのだろうが。
変身を解いた優菜が、隼人のほうに寄って来た。
「そういえばお前、恨まれてるぞ、あのミラーに。姉の仇だとさ」
気をつけろよ、しつこそうだから。そのまま雑談に流れて、そろそろお開きかと思われたが、隼人の一言が控え室に沈黙を呼んだ。
「そういえばさ、ミキマキちゃんって、なんでエンデュミオールになったの?」
……
……
……。
「隼人!」
突然、優菜が怒鳴った。びっくりして固まる隼人に、優菜のさらなる怒鳴り声が浴びせられる。
「そこへ直れ! 歯ぁ食いしばれ!」
言われて素直に直立不動になった隼人の姿勢は、すぐに崩れた。懐に飛び込んだるいのリバーブローが隼人の腹部に炸裂したのだ。
苦しさと痛さで身体を折り曲げた隼人の頭を、ヘッドロックで痛めつける優菜。
「なんでそういうところが鈍いんだよ! お前はハーレムものの主人公か!」
「そうですが、何か?」
「メタ発言すんな!」
「お前が振ったんだろうが!」
ぎゃあぎゃあ言い合う2人を眺めながら、理佐が美紀に声をかけてきた。
「苦労してるのね、あなた」
「ま、まあね、あはははは……」
引きつった笑いで美紀が答えるそばから、ややジト目気味のるいが隼人に追い討ちを掛ける。
「隼人君? いま何か、やらしいこと考えてるでしょ?」
るいのその言葉に、隼人と優菜がピタリと止まった。いや、優菜は小刻みに震え始める。
「お、お前、なにを……」
「いや、その……意外とふくよかだな、と……」
その言葉に美紀が隼人を注視すると、彼の頭が優菜の右胸に当たっている上に、ヘッドロックから逃れようとした過程で回ったらしき手で彼女の腰をさすさすしているではないか。
「~~~!! こ、こここここの――」
「エロ猿がぁぁぁぁ!!」
キョドった優菜がヘッドロックを解除し、自然と起き上がった隼人の顎に理佐渾身のアッパーカットが炸裂! 見事な車田跳びをみせた隼人は、控え室の隅まで放物線を描いて落ちた。
眼を回した隼人の前に、更なる脅威が迫る。
「「隼人君! その言動、我ら『ちっぱい団』に対する宣戦布告とみなすで!」」
ミキマキは、意表を突かれた表情のるいをセンターに腕を組んで、隼人をにらみつけた。
「るい? あなた、いつの間に入団したの?」
理佐のとぼけた問いに、るいが半笑いで答える。
「い、いやぁ、るいもどっちかというとないほうだけどね。あはははは」
なんのかんのと言い合いながら控え室を出て行く美紀たち。隼人を置き去りにしたことを彼女らが気付いたのは、全員帰宅したあとだった。