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第10章 来たる風雲の幕間劇

1.


 眼を開けると、そこは薄暗い病室だった。起き上がろうとして、彼女は左腕に点滴が付いていることに気が付く。

(そうか。捕まったんだな、わたしは)

 彼女――昨日の夜まではバルディオール・ミラーだった彼女は、両手をゆっくりと握ったり開いたりしてみた。幸い、まるまる一昼夜寝ていたおかげで副作用は消えているようだ。拘束もされていない。

思考もはっきりしてきた。

 さて、どうしたものか。

(戻れないしな。あそこには)

 “伯爵”の手先には戻れない。自分が使っていた黒水晶は破壊されているだろうという推測と、それならば戻ったところで嘲りと面罵が待っているだけの空間に誰が好き好んで戻るかという結論と。

 彼女の頭の中にその2つが形となったとき。

「目が覚めたのね」

 訪いもせず病室に入ってきた女性の放った第一声がそれだった。ミラー――いや、もう本名の鴻池で呼ぶことにしよう――が目を見張る。

「お前は……!」

 それは、鴻池たちバルディオールが探し求めた『標的』の女性。白水晶の親である『白い愚者の石』 を持つとされる、“伯爵”の敵だった。 

「変身もせずに姿を見せてくれるとは、余裕だね」

 鴻池の言葉に、彼女は微笑むと言った。

「人に頼みごとをするときは、直に会ってするのがわたしの流儀だもの」

 頼みごと、という言葉が鴻池の脳に浸み込むのに、やや時を要した。それまで律儀に待った彼女――『あおぞら』の会長は立ったまま、鴻池に向かって頭を下げてきた。

「あなたに、伯爵を裏切ってほしいの」


2.


 アンヌ・ド・ヴァイユーが城館の広間に入ると、一同はすでに揃っていた。目礼をかわして自分の席に着く。

「ミラーの黒水晶が破壊されたというのは本当なの?」

 アンヌが隣に座るミレーネに尋ねる。黙って頷くミレーネの表情は硬かった。

「もはや一刻の猶予もならぬ」

 そう切り出したのはニコラ。その唐突かつ傲然とした物言いに、アンヌの不快感は掻き立てられる。

「待たれよ。いったい何の権限があってそのような命令口調で話されるのか」

 アンヌの追及は、ニコラが右手に掲げたものによって遮られた。『総指揮官代理にバルディオール・ガントレットことニコラ・ド・ヴァイユーを任命する』という、1枚の紙切れによって。

 アンヌを黙らせた叔父はいよいよそっくり返り、一同を睥睨して話し始めた。

「かの『黒水晶を破壊するエンデュミオール』を抹殺せねばならぬ。早急にだ。それに異存はあるまい?」

 一同の沈黙を同意と見なし、ニコラは話を進める。ここは、我が“伯爵”家から最強の戦力を投入し、可及的速やかさでもって目標を達成せねばならない。そこでだ。

「バルディオール・エペことアンヌ・ド・ヴァイユーよ」

 来た。話の流れが完全に自分に向けたものであることを、アンヌは薄々察していた。察しながらも、果してそれが最善の策なのかを考えていたところに、その怒声は耳障りなまでに響いた。

「なぜ控えぬ! 総司令官の命なるぞ!」

 言われてアンヌは、ゆっくりとニコラを見やる。おかしい。たしかに彼は家中でも力押しで物事を進める者として知られていた。だが、同時に裏で根回しや配慮を行うなど、細やかな下準備も抜かりなく行う巧者でもあった。それが、この膨れようはなんだ。

 アンヌは死んだフレイムの愚痴を小耳にはさんだ事を思い出す。

 『猪め』と。

 猿がほざいていると聞き流したが、あれは真理なのか。自らより下の者に対するガントレットの態度はかようなものなのか。脇から妹が袖を引いていることに気づき、アンヌは我に返った。妹に謝意を伝え、アンヌはゆっくりと椅子から立ち上がり、右手を胸に当てて首を垂れる。

「日本に出向き、かのエンデュミオールを抹殺せよ。現地に潜入する手立てはすでに考えてある。今日ただいまよりその準備に取り掛かれ」

 出発は1か月後だ。これからすぐに準備にかかれ。最後まで居丈高なまま、ニコラ総指揮官代理の命令とともに会議は閉じた。

 すっと回れ右をし、足早にアンヌは広間を出た。誰とも目を合わせず、誰の声掛けにも反応せず、自室に一目散に戻る。扉を荒々しく閉じ、主人の突然の帰還に目を丸くしているメイドを全て退出させた。

その扉に訪いの音が鳴ったのは、30分ほどもしてからであろうか。豪奢なベッドにうつぶせになり枕を抱えていたアンヌが誰何する。ミレーネだった。

 姉様、と声をかけ近づいてくる妹に、アンヌは涙をぬぐって言った。

「頼みがあるんだ、ミレーネ」


3.


 美紀と真紀は、困惑していた。

 ツィタデレ・ヤマナミ505号室。理佐が借りているマンションの一室に呼ばれてきたはずなのだが、玄関を開けたとたん目に入った光景に、もしかして部屋を間違えたのだろうかとの思いが頭の中を駆け巡っているのだ。

 玄関の上り端からリビングへと続く廊下は、一面Tシャツや下着で埋まっていた。その布の山よりひときわ高くところどころに顔を出すのは、雑誌や新聞がうずたかく積み上げられた紙類の山。

 山の彼方に見えるリビングには、CDと思しき銀盤が(さすがにケースには入っているが)やはり山をなしている。その銀盤山を崩しながら、怪獣ならぬ優菜が現れた。

「お疲れさん。とりあえず、上がってきてよ」

 その辺の服は踏んできていいから。こともなげに優菜は言うが、よそ様の、しかも明らかに着た後の衣類を踏むのは嫌な感じだ。

 それでもそうしないとリビングにはたどり着けないと決断し、まるで毒トラップの床を踏み続けるように精神を削られながら、双子はリビングにたどり着いた。

 リビングには、手拭いを頭巾のようにして頭を包んだ優菜、汗取り用のヘッドバンドをおでこに装着したるい、そして――

「「理佐ちゃん、何してんの?」」

 ソファに座り、腕組みをしてうんうんうなっている理佐。優菜が双子に手を振った。

「今、奴にはこのゴミどもの選別をさせてるから」

「ゴミって言わないで!」

 とここで初めて理佐が口をきいたが、るいが理佐の怒りにかまわず説明をしてくれた。

 先ほど入ってきたリビングの入り口わきにぽっかり空いたスペースに、ゴミに出すものを理佐が選んで置くから、ミキマキはそれを縛る。

 優菜とるいはそれ以外の物を棚などにしまう。理佐はついでに洗濯もする。

 夕方5時に廃品回収業者がゴミを取りに来るから、それが終わったら飲みに行こう。

 それが今日の作業の流れらしい。

「「えーと、これはつまり、彼の死の衝撃で何も手につかなかったと」」

 ミキマキのやや遠慮がちな問いを、優菜は手を振ってあっさり否定した。

「いや、こいつの部屋は常にこうだから」

 へえー、と真紀が理佐を見て驚く。

「きちんとしてそうなイメージやったのに」

 その言葉を聞いて、優菜はにやりとした。

「いやいや、こいつゼミでは“残念系クール・ビューティー”って呼ばれてるらしいから」

「まあ確かに、沸点も低いしなぁ」

 と美紀も容赦ない言葉を放った。るいが苦笑いしながらフォローに入る。

「まあまあ、とりあえず片付けを始めようよ。業者さんの来る時間は決まってるんだから、ね?」

 フォローになっていないなどと理佐が騒ぐのを尻目に、美紀たちは作業を開始した。

 夕方5時を少し過ぎて、廃品回収業者に無事ゴミを引渡すことができた。女の子5人で作業していたことに業者のオッチャンは驚いていた様子だったが、理佐もほかの4人もそのことには特に反応せず流した。

 亡き利次のくれた物もそれなりの数が混ざっている。隼人を呼べるものではないのだ。

 業者のトラックがあいさつ代わりに鳴らしたクラクションを聞いても、理佐はトラックの後ろ姿を見

つめたまま動かなかった。そのまま遠ざかり、4ブロック行ったところでトラックが左に曲がっていっても。

 美紀と仲間たちは少し離れたところで、そんな理佐の後ろ姿を見ていた。後ろ姿はやがて首を垂れ、小さく震え始めた。3分ほどもそうしていたろうか、やがて涙を払って、理佐は振り返って言った。

 ありがとう。もう、大丈夫だから。

 それは理佐の友人である美紀たちにとって安堵の言葉であると同時に、美紀個人にとっては――おそらく優菜にとっても――そうではなかった。



 夕方6時の『粋酔』は空いていた。2階の個室座敷に5人で陣取り、乾杯もそこそこに、優菜が美紀と真紀に尋ねてきた。

「で、どうよ? ボランティアやってみて。まだ2週間ちょっとだけど」

「せやな」と真紀が生ビールを半分ほどぐい飲みした後答えた。

「実を言うと、思ってたよりみんなが親切でびっくりした」

「うん、もっとこう、最初は邪険にされると思てた」

 美紀も真紀に続いて正直な感想を述べると、理佐はいつものすまし顔で言った。

「だって、あなたたちに早く戦力になってほしかったんですもの。邪険になんかしてる暇ないよね? 優菜」

「そうそう、これで隼人と合わせて3人プラス。人数倍増だぜ? いやほんと、助かってる。怪我する頻度度も激減したし。だよな、るい?」

 早くも中ジョッキを飲み干してお代わりを注文しながらの優菜のご指名に、るいは驚いた様子。

「優菜、今日はペース速いね。……そうだね、まあ、助かってるかな」

 なんだか気の抜けたようなるいのコメントを優菜が茶化し、それに理佐が乗っかって、るいがそれにとぼけた返事をして。

 本当に仲がいいな。美紀は自分も生ビールを飲み干しながら思った。だからこそ邪険にされると思ったのに。

「そういえば理佐ちゃん、つかぬことを聞くんやけど」

 美紀の脳裏に、昼間片づけをしていたリビングの情景が思い浮かぶ。

「リビングの壁の上のほうに、槍みたいなもんが飾ってあった気がするけど、あれ、何やのん?」

 理佐の返事はそっけないものだった。

「大丈夫よ。わたし、許可証持ってるから」

「「いやそういう問題じゃなくて」」

 姉も参加してきてユニゾンでツッコみを入れるが、さすがに慣れたのか理佐は動じていないようだ。平然とした顔で、理佐の父親は槍の師範で、小さい頃からその父親にしごかれたこと、あの槍は大学進学で1人暮らしを始める際に『護身用だ持ってけ』と父から贈られたものであるということを説明された。

「「……いや、護身用て」」

 姉の顔を見れば、自分が今呆れ顔をしているのがよくわかる。るいが笑いながら会話に加わってきた。

「でしょでしょ、槍を護身用にって発想がいかしているよね」

「なんでよ」

 理佐は早くも酔い始めているようで、身体がゆらゆらしている。

「あれ、1メートルしかない短槍じゃない」

「ポイントはそこじゃないだろ、おい」

 優菜も飲み食いの手を止めて理佐に絡んできた。美紀は真紀と一緒に腕組みをして考え込んだ。

「ナンバの伯父チャンが入学記念にマジチャカくれるようなもんやろか」

「でもうちら、許可証持ってへんで?」

 いたって真顔のミキマキ。きゃー関西怖~いと笑うるいに、お前らの親戚はなにもんなんだよとツッコんでくる優菜。室内ならあの長さでいいのにとぶつぶつ言ってる理佐。会話が微妙にかみ合わない5人の飲み会は、飲むスピードだけやたら速いまま、ゆるく続いた。


――悠刻のエンデュミオール Part.2 END――

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 もしよろしければ、感想をお願いします。このPart.2は書下ろしですので、感想をHPのほうで一度しかいただいたことがなく、矛盾点や改善点を忌憚なく指摘していただきたいからです。

 さて次回の投稿は、2014年5月16日(金)開始予定です。ここ3作ほど2カ月に1作投稿していましたが、ストックを勘案するといずれ追いついてしまいますので、今後は3か月に1作のペースにしてみたいと思います。

投稿作は、現代社会が舞台のドラゴン養育もの、『『素人』と書いて『ドラゴン・オーナー』と読みます。』のちょびっと改稿版です。お楽しみに。

※今回投稿した『悠刻Part.2』はおまけエピソードがございます。といっても、ささやかながら性的表現が含まれていますので、こちらに掲載するのははばかられます。よろしければ下記サイトにてお読みください。あ、18歳未満の方の閲覧は御遠慮ください。念のため。

http://taotasi.web.fc2.com/omake1.html

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