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第1章 再始動

~前回までのあらすじ~

 浅間大学に通う3年生・神谷隼人は、アルバイトの帰り道、通行止めを回避しようと迂回した先の空き地で、異形の化物と戦う女の子、優菜を目撃する。劣勢の彼女を放っておけず助太刀したこと、翌日別の女の子、理佐と下宿の駐輪場で接触を持ったことで、隼人はその女の子たちが所属するボランティア組織『あおぞら』からサポートスタッフへ勧誘を受ける。

 女の子たち――エンデュミオールと総称される――が戦っている相手は“伯爵”と呼ばれる人物が率いるバルディオールたち。伯爵は『あおぞら』の会長が持っているとされる“愚者の石”の奪取と、会長の身柄の拘束を狙っているのだ。会長の持つ白い石と伯爵が持つ黒い石、そして会長の命、それらが合わさることで持ち主を不老不死にすることができる、そう伯爵は考えているらしい。

 敵、バルディオール・フレイムとエンデュミオールたちの戦闘を見せられた隼人は、『あおぞら』への加入を決める。サポートスタッフとして働き始めた隼人だったが、どうにも戦力が足りず、理佐たちは苦戦を重ねる。そして、そんな彼女たちに助力できない自分に、隼人は次第に焦りを覚えるようになっていった。そんな中、入院中の妹、くるみの友達が退院の記念にとくれたもの、それはエンデュミオールへの変身アイテム、白水晶だった。隼人はそれを、白水晶入手を望むボランティア仲間には渡さず、自身が変身して戦う道を選択する。

 敵の加勢に現れたバルディオール・ラクシャを倒した隼人たちはフレイムと決戦、仲間たちと共闘した隼人――エンデュミオール・ブラックが体力切れ承知で放った攻撃により、フレイムは絶命した。

 そして、その一部始終を、隼人のゼミ仲間である真紀と美紀が見ていた。

1.


 隼人が目を覚ますと、そこは、病院のベッドだった。起き上がろうとして、左腕に刺さった点滴に気づく。

(そっか。俺、あのまま倒れたんだよな)

 そこから先のことが思い出せず、なんだか頭がうまく回らない。なるほど、これが副作用か、とぼんやり考えていると、入室してきた看護師が隼人の意識回復に気づき、にっこりと微笑んできた。

「おはようございます、神谷さん。ちょっと待っててくださいね」

 看護師は部屋を出て行くと、またすぐに戻ってきた。支部長を連れて。

「隼人君、おはよう」

 支部長の柔らかい笑顔に一瞬見とれた隼人だったが、すぐに気を取り直して起き上がろうとするところを、支部長がベッドを起こしてくれた。それが終わるのももどかしく、すぐに彼女に頭を下げた。

「すみませんでした。今まで隠してて」

「隠れてやってたこと? いいわよ。むしろ、ありがとう。みんなを助けてくれたでしょ? 隼人君」

 大部屋のため、具体的な用語は口にできないながらの支部長の感謝の言葉に、急に気恥ずかしくなった隼人がうつむくと、支部長が意外なことを言った。

「それに、私は知ってたし」

「え? どうしてですか?」

「会長期待の新人だから、よ」と支部長がウィンクした。

「それに、見たの。私が久しぶりに変身したあの時にね。ああ、この子、才能があるんだって」

 系統を調べに来たり、ほかの子たちの練習を見学したり、一生懸命だったわね。そう言われて隼人は、やはり自分には完全犯罪は無理だなと斜め上な感想を抱いて、半分は照れ隠しで天井を見やった。

「身体、だるいでしょ? 今日は一日ゆっくり寝て、明日に――」

「ちょっと待ってください。今日は土曜日ですよね? 今何時ですか?」

 午前10時30分ね。その答えに隼人は跳ね起きる。

「帰ります。バイト行かなきゃ」午後1時から塾講師だ。

「ちょ、ちょっと」

 支部長の制止は、もはや隼人の耳には入らなかった。


2.


「えええ!? 帰っちゃったんですか?」

『そうなのよ』

 電話越しにも、支部長の声は沈んでいる。

 るいたち3人も昨日の激闘の疲れを取るため、午前中は自宅でのんびりしていた。お昼を一緒に食べてから病院に揃って行こうかと考えていた矢先。るいの携帯に、支部長から連絡が入ったのだ。

 1時間後、るいたちは、優菜のマンションに近いファミレスで昼食を取っていた。

「あのバカ野郎」と優菜はお冠だ。

「大丈夫かな? ふらふらしてた、って支部長さんが言ってたけど」

 るいがさすがに気遣うが、優菜は膨れっ面でドリアを突付くだけで乗ってこない。それを見たるいは、

「――よし、行こう」とパチン。手を打ち鳴らした。

 どこへと問う優菜に教えてやる。

「隼人君の塾だよ。心配でしょ? 優菜」

「ベツニ」

 優菜は本気で怒っているようだ。

「またまたぁ。隼人君が倒れた時は、まるで長年連れ添った愛人が死んだみたいなリアクションしてたくせに」

「だれが愛人だ!」

「んじゃ、なんなの?」

 眼をそらしてもにょる優菜を見て爆笑するるいであった。

「まあ、行ってみようよ。るいも心配だし。……理佐は、誘う?」

「お前なぁ……!」

 優菜の怒りが自分に向きそうになったるいは、慌てて前言を撤回した。

「ごめん。昨日の今日だもんね」

「まったく。……あいつ、さ。死んじゃったんだよな? この間のおばさんみたいに」

「……うん。そうみたいだね」

 利次は、隼人と同じく病院に搬送された後、死亡が確認された。黒水晶を砕かれてしまったことにより、体力切れに伴う身体回復とエネルギーチャージが行なわれないためだ。 死因はこういう時定番の心不全、平たく言えば、過労死。

「今どうしてる? って理佐にメールしてみたけど、返事ないし」

「まあ、できないよな。普通」

 優菜はやっとドリアを食べ終え、水を一口飲んだ。

 自分たちが殺した、という事実に、2人の座るテーブルは支配された。

 日本を守る。その意思に揺らぎはないつもりだったが、人を、しかも知らぬ顔でもなかった男の命を奪ったのだ。

「――よし、行こう」

 5分ほど瞑目したのち、優菜が声を張った。

「あの野郎、やっぱりドツかないと、あたしの気がすまないからな」

「愛のムチ、だね?」

「先にお前を殴りたくなってきたぞ、るい」

 過去を思い悩むより、とりあえず前へ。優菜とるいは、敵の死を痛みつつも、今できる心配を選択した。

 ファミレスを出て20分ほど。入るのに少し躊躇したのち、優菜とるいは『東堂塾』の入り口を開けた。案内板で講師の控え室を探し、そちらへ向かう。

 講師控え室の中をのぞき、ためらいがちに声をかけてみると、30代後半くらいの男性が立ち上がった。

「こんにちは。講師のバイトについてですか?」

「あ、いえ、神谷君って、授業中ですよね?」

 優菜が控え室内に隼人の姿が見えないことを確認しながら聞くと、男性の顔が驚愕と詮索の混じった複雑な表情になった。

「神谷君、いないよ。倒れちゃったんだ」

 今度は二人が驚く番だった。授業の準備を終えて、教室に向かおうと立ち上がった瞬間、床に崩れ落ちてしまったという。

「やっぱり……」

 るいがやっと絞り出した言葉に、男性が反応する。

「ん? なにか、事情を知ってるの?」

 るいがいたって慎重に昨日の状況を説明すると、男性はさもありなんという表情になった。

「やっぱりそうなんだ。最近、ちょっとお疲れ気味だったからね。そう思わなかった?」

「え? え、ええ、そういえば、そうでしたね」

 優菜がしどろもどろになりながら返事をしたが、男性はそのへんの機微には気づかなかったようで、多分市民病院だと教えてくれた。

「ありがとうございました。明日、行ってみます」

 そう答えて、2人は塾を後にした。

「支部長に連絡して、病室を突き止めてもらえばいいよね」

 とるいが話しながら横を見ると、優菜が悄然としていた。

「ん? どしたの?」

「全然気づかなかった……」

 るいはあえて茶化さず、支部長に連絡するべく携帯を取り出した。

 そのころ、塾の教室の一つでは突然の来訪者に興奮が渦巻いていた。あくまで一部だが。

「今の見た?」

「見た見た! ついに、女の子が隼人先生探して押しかけてきたよ!」

「去年も、なんかそんなことがあったって先輩が言ってた気がする」

「どうする沙良! 立ち向かえ沙良! 幸せは自分で掴み取るんだ!」

「なに煽ってるのよ勝手に…・・・」

 沙良はため息をついた。ツインテールが、持ち主の所作に従い、小さく揺れる。

「落ち着きすぎだよ沙良ちゃん!」

 クラスメイトの1人が鼻息を荒くする。

「この間の美人さんと違う人が現れたんだよ? 敵は二手に分かれて――」

(いっしょよ……)

「え? なに?」

「なんでもない。授業始まるよ?」

 ちょうど講師が教室に入ってきて、クラスメイトたちは席に戻った。沙良は、また一つため息をついた。


3.


 部屋は、暗くしてあった。カーテンをしっかりと閉じ、窓も締め切ってある。そんな閉じきった空間で、理佐はベッドに横たわっていた。

 実を言えば、昨夜からまともに寝ていなかった。絶叫が止み倒れてきた彼の身体の重みと、それが次第に冷たくなっていくさまが、何度も理佐の心の中でリフレインされる。

 そして、彼の死に顔も。

(最期まで、あの顔だったな)

 苦悶に満ちた彼の顔は、ついに変わることがなかった。死ぬ時くらい、安らかな顔をしてほしかった 。

それがかなわぬ願いだったことも今なら分かる。それでも、最期くらい。

 携帯が鳴った。この着信音は、優菜からだ。今朝からるいと代わる代わるメールをくれていた。ああ見えて意外と心配性な優菜に免じて、理佐は携帯を手に取った。

『隼人が倒れて市民病院に入院中。明日10時に吊し上げに行ってくる。じゃあな。』

 相変わらずのぶっきらぼうな文面に苦笑し、遅れて内容に目を見張る。倒れた? どこで? 浅間会病院に入院しているんじゃなかったの? 隼人の倒れた音が脳内に甦る。

(またなにか無茶したのね)

 隼人の情報が彼女の心の中に入り込んでくる。でも、今はまだ。

(お腹、空いたな)

 ゴメン明日は行けないと優菜に返信して、理佐は空腹を満たすべく起き上がった。


4.


 翌朝。

「お前なぁ、もうちょっと落ち着いて食えよ」

「……(もぐもぐ)」

「口の周り、真っ白だぞ? なにか言えよ」

「……(むぐむぐ)」

「るいのベイクドチーズケーキを凝視しないで! あげないあげないこれはあげない」

「腹減った」

「いい加減にしろ」

 優菜に頭をはたかれた。

 市民病院の大部屋は、実用一点張りの無味乾燥な空間だ。そのピンク色の壁に、優菜とるいの声が反響する。

「もう少し、声を落とせよ。寝てる人もいるんだぞ」

 隼人の注意に2人の勢いが鈍ると、同室のベッドから声が飛んできた。

「いやいや、朝から女の子のかわいい声が聞けるなんて、幸せだよ」

「しかも2人。兄さん、うまくやってんだねぇ」

「してませんよ。ただのボランティア仲間ですから」

 隼人が生真面目に訂正するのを、隣人たちが冷やかすことしばし、病室は賑やかな来客に華やいだ。 比較的病状が軽い患者ばかり、というのもあったのだろうが。

 同じフロアの談話スペースに逃れて、やっと内緒の話に入ることができた。

「ごめんな。今まで隠してて」

 昨日の支部長へと同じく、隼人は2人にも謝る。

「まあ、いつものお前だよ。水臭いやつだぜ、ほんとに」

 口調はやや辛らつだが、優菜の目は笑っている。

「うふふ、それでいろいろ聞いてきてたんだね。感心感心」

 るいは相変わらず。

「理佐ちゃんは、まだ……?」

「うん。明日はたしかゼミがあるけど、どうだろうね」

 るいもさすがに心配そうだ。

「いや、まあ、顔を会わせたら会わせたで、困るんだけどな」

 そう言った隼人の作った渋い顔を見て、首をかしげる2人。隼人は言葉を重ねる。

「なんでそんな顔するんだよ。だって、俺が殺しちゃったんだぜ。彼氏」

「そりゃそうだけどさ、理佐だって騙されてて、裏切られたわけだし」

 と優菜のフォローにはうなずいたが、隼人には気詰まりな理由がもう1つあった。

「それにほら、あんな大見得切っといて、結局ばれてるし」

 隼人は渋い顔のままつぶやく。

「ああ、『あの子がお前の正体を知らないままですむからな!』ってやつね?」

「なぜに俺の傷口に塩を擦り込むのかな……」

 ポーズまでつけたるいの容赦ない再現に、隼人はがっくりうなだれた。

「まあでも、なんだ。かっこよかったぞ? お前」

 優菜の目許は赤い。

「いやだから、あれは聞かれてない前提だから」

 となおも萎れたままの隼人をみて、るいが注意してきた。

「隼人君! 女の子が褒めてくれてるんだから、そこは素直に受け取って、食事に誘うとか、家に呼ぶとか、なにかお返しをだね――」

「なななんでそうなるのよ?! もぅ!」

 優菜が赤くなって、るいを睨む。

「優菜、オトメになってるよ? 口調が」

 それを聞いて、今度は優菜が萎れてしまった。してやったりとニコニコ顔のるいが何かを思い出したように声を上げる。

「あ、そういえば、あの子らにばっちり見られちゃったよね?」

「そうそう隼人、お前に何か言ってきてないのか?」

「誰? あの子らって?」

 隼人の問いに、優菜が答える。

「ミキマキだよ」

「え? なんでミキマキちゃんがいるんだ?」

「いや、あの近くで飲み会してたみたいでさ、ばったり合流しちゃったんだ」

 隼人は慌てて携帯を手に取って操作したが、ミキマキからのメールはこの3日間で1件もなかった。

「支部長さんは、ネットへの不審な書き込みはなかったって言ってたよ」

 るいのフォローにほっと胸をなでおろした隼人たちだったが、まだ油断はできないと判断し、明日隼人がミキマキに直接確認をすることになった。

「うう、気が重い……」

「しようがないだろ、シャキッとしろよ」

 優菜にはっぱをかけられたが、隼人には先日の美紀との約束、『ボランティアに参加していいかどうか確認する』がまだ残っている。重い気分になるのは無理もない。

「ねぇねぇ、そういえばばっかりでなんだけどさ、隼人君、あれどこで手に入れたの?」

「白水晶のこと? くるみの友達からもらったんだよ」

 るいの質問に隼人が答えた途端、優菜の眉間に深いしわが刻まれ、るいの眼が光った。

「……上は支部長から下は高校生まで……」と優菜に隼人はにらまれる。

「広いストライクゾーンだね」とるいは笑う。

「支部長も高校生も圏外だから」

 隼人が形勢不利と見て病室に戻ろうとするのを、

「はいはい、モテモテ兄やんは大変だねぇ」

 と2人の女の子たちも、なんのかんのと揶揄しながら立ち上がり病室に向かう。

 すると、向かう先で何か揉めていた。


5.


「いえいえ、本当にお届けにあがっただけですから」

「もうすぐ戻ってくるよ。ほら」

 隼人と同室の患者が、女の子をなにやら引き留めているようだ。その赤っぽいツインテールに、隼人は声をかけた。

「あれ? 坂本さん? どうしたのこんなところで」

 沙良がぎょっとした顔で振り向いた。すぐに顔が真っ赤になり、あたふたし始める。

「あ、あの、隼人せんせー、おはようございます! これ、お見舞いです」

 と言って彼女が差し出したのは、大きな大きな果物籠だった。

「なるほど」

 るいがこれみよがしにポンと手を打つ。

「この子がその『友達』、ね?」

「まさか高校生じゃなくて中学生だったとはなぁ? あぁ?」

 優菜の握り締めた拳が震えている。

「おい、失礼なこと言うなよ。この子は塾の教え子で、今年大学受験だぞ」

 隼人のやや怒気を含んだ指摘に2人が『ポカーン』という擬音がよく似合う表情になり、しばらくして実に気まずそうな表情に急変した。すぐに2人そろって沙良に頭を下げ謝る。

「いえいえ、よく言われるんですよ? 気にしないでください」

 当の沙良は闊達に手を振って謝罪を受け止めていた。

「それにこれ、私は配達に来ただけなんです。えーと、『会長』さん? からです」

 意外な名前を聞かされて隼人たちが籠をのぞくと、『お見舞い 会長より』とシンプルにもほどがある文面のメッセージカードが付いていた。

「あ、『ラ・フレール』だ。ここの果物、高いんだよ」

 とるいが目を輝かせる横で、優菜が首をかしげる。

「会長からお見舞い、ねぇ……」

 その不審そうな表情に引っかかるものを感じて隼人が尋ねてみたところ、優菜から帰ってきた返事はこうだった。

「あたしら、会長からお見舞いなんてもらったこと、ないぞ?」

 へぇ、そうなんだ、と目を見張った隼人が、同じように首をかしげる。

「この字、見たことがあるような……」

「あの、それじゃ、わたしこれで」

 と沙良が一番近くにいた優菜に籠を手渡すと、重みで優菜がつんのめったのも気に留めず、隼人をまっすぐに見てきた。

「隼人せんせー、あんまり無茶しちゃだめですよ? わたしだけじゃなくて、みんな隼人せんせーがいないと困っちゃうんですから」

 いかにも、めっ、という顔をしたのち笑顔になって、沙良は手を振って帰っていった。

「なんか、変わった髪の色だな。あの子」

 難儀してようやく籠の持ち手を両手で確保した優菜が、去っていく沙良を見送ってつぶやく。るいが隼人の顔をのぞいてきてにやりと笑う。

「かわいい子だね。高校生はストライクなの?」

「高校生以下はボールだ。それにしても、なんで俺に会長から見舞いが来るんだ?」

「さあ? お前、会長に何か縁でもあるの?」

 という優菜の問いにも答えられず、隼人は果物籠をじっと見つめるだけだった。

 それからまた病室で少し話をしていて、隼人が塾長から今日も来なくていいとのお達しを受けていることを話すと、優菜たちは安堵した顔を見せた。隼人の受け持つコマは、塾長が代行してくれる。

「いい塾長さんだな」

 と言いながら、優菜がお見舞い籠の中からリンゴを選んで剥いてくれた。

「ああ。昔は予備校の名物講師だったらしくてさ。自分も授業をしたくてしようがないみたいで」

 こんなことなら塾長なんかになるんじゃなかったが酒が入った時の口癖なんだ、と隼人は笑って付け加えた。

「はあ、支部長からも『火曜日に来ればいいから』って言われちまうし」

 笑顔から一転して落胆したことが顔に出たのだろう、優菜が剥いたりんごを手渡しながら隼人をたしなめてきた。

「お前さ、一生懸命なのはあたしらもうれしいんだけどさ、ちょっと自重しろよ。今日の塾講師だって、塾長さんが代行するからバイト代出ないんだろ? お前が無茶すると、みんなが困っちゃうんだぜ。さっきの子じゃないけどさ」

「分かってるんだけどさ。……ごめんな」

 また萎れて謝る隼人に、ゆっくり休めよと声をかけて、優菜たちは帰っていった。

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