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薄暗い部屋の片隅に、何かが無造作に置かれていた。まるで子供がままごとに使うような人形の服を、そのまま人間大にまで拡大したような服を着ているソレ。虚ろな瞳、作られた笑顔を浮かべたそれは、木やプラスチックなどではなかった。人間の死体、であった。
服の下には、想像できないグロテスクな光景が広がっている。内臓が飛び出て、ぐちゃぐちゃにされている。殺人犯は息ながら被害者の身体で遊んでいたのだろう、と推察される。犯行場所は別の場所なのだろう、血がほとんどないことから、この部屋には単に遺棄しに来ただけ、とみられる。無人の空き家であり、数年前から廃墟となっている場所で、侵入そのものはたやすい。それに、周囲はいわゆる貧民街。人目もまばらな場所。犯人を特定する者は今のところ見つかっていない。
「今月で七人目、か」
憲兵のシャッハが煙草をふかしながら言う。検死をする医師はシャッハに手を差し出し、煙草を要求する。シャッハはそれをよこし、火をつけてやると、医師はそれを吸い、煙を吐き出す。
「まったく、厭になるね」
医師はそう言うと、シャッハを見る。
「相変わらず、雑に切り刻んで遊んでいるな。犯人はよほどの異常者だろうな」
人間を玩具の人形のように扱うこの殺人鬼は、ヴェンジェンスの前から現れていた殺人鬼であり、この都市には数か月前から出没している。ターゲットは娼婦や貧民街の住人などである。
憲兵隊も捜索を行っているが、未だ犯人特定には及んでいない。
憲兵隊からはその犯行から「ドールメイカー」と呼ばれている。
「ったく、次から次へとまァ・・・・・・」
シャッハはそう言い、唇の端から煙を吐き出した。
ヴェルベットは商店街で頼まれたものを買いあさっていた。モイラがいなくなったと、彼女の教育はモイラとも親しかった娼婦の一人、アリソンが担当している。アリソンが同じく担当する同い年くらいの少女たち、エリスとキャシー、三人で買い出しに来ていた。
エリスは蜂蜜色の、少しくすんだ髪の少女で二人よりも少し小さい。可愛らしい外見で、少し気弱に笑っている。
キャシーは水色の肌に、少し肌は日に焼けている。活発そうな笑みを浮かべており、エリスよりも積極的で話し好きである。
ヴェルベットの素っ気なさも気にせずに接してくれる二人に、ヴェルベットも親愛を覚え始めていた。
少し浮いた金で昼飯代わりのリンゴを三人でかじっていると、待ち人たちの噂話が聞こえてくる。
「また貧民街で殺人ですって、例の・・・・・・」
「やぁね、今月で六件目でしたかしら?」
「七件目だそうですわ。まったく、早く憲兵隊には解決していただきたいですわ」
少し上等な服を着た婦人たちがそう話している。ヴェルベットがキャシーとエリスを見る。
「何か事件かしら?」
「あー、ヴェルベットは王と来て間もないから知らないよね」
キャシーが頬を掻きながら言う。気乗りはしないが、行っておいた方がいいか、と少女はヴェルベットを見る。
「ここ数か月、娼婦や貧民街の住人をターゲットに殺人が起きているのよ」
「・・・・・・」
無言でキャシーを見るヴェルベットにキャシーも言葉をつづける。
「猟奇的な犯行で、人形遊びでもするかのような手口から憲兵とかは『ドールメイカー』って呼んでいるらしいよ」
まあ、アタシたちのいる場所の知覚では反抗はないけれども、気を付けるに越したことはないわね、とキャシーは言う。自分たちも娼婦であるから、全く無関係、と言うわけでもないのだ。
ゾクリと怯えるエリスの隣で、キャシーは大丈夫大丈夫となだめている。ヴェルベットも「大丈夫だと思うよ」とフォローはしておく。
「さて、ヴェルベット。君に相談がある」
寝台に寝そべりながらキースがそう言う。気怠そうに身を起こし、シーツを胸元に寄せてヴェルベットは男を見る。相変わらず胡散臭い笑みを浮かべる男に、彼女はその瞳を向ける。
自分の正体を知るこの男のことだ。油断はならない。その気になればシーツ下のナイフで殺すこともできる。警戒しながらヴェルベットはキースの言葉を待つ。
「何、警戒しなくていいよ。君、『ドールメイカー』のことは?」
「知っているわ」
「そうかい」
「まさか、始末しろ、とでも?」
「そのまさか、さ」
キースはニコリと笑う。そして、ヴェルベットの唇に人差し指を置く。喰えない笑みを浮かべ、男は言う。
「いい加減正体不明の殺人鬼は鬱陶しいんだよね」
「その点、正体を知っている私は御しやすい、とでも?」
ギロリと睨むヴェルベットに、「そんなことはないさ」と笑い、否定するキース。
「ただ、どちらにせよ、君にも無関係じゃないだろう?娼婦狙いなんだから・・・・・・」
「・・・・・・」
ここ数日、噂を集めただけでも多くの市民が殺されているのは理解している。実際、彼らの殺された場所に行くと、何かがざわつき、彼女に訴えかけるのを感じることがあった。彼女としても、このまま野放しにしていい、とは思っていない。
この殺人鬼には、ヴェルベットの復讐の様に理由などない、ただの快楽のための殺人であり、動機がない。復讐や殺人そのものが罪であり、そこに大義はないのかもしれないが、ヴェルベットにはそれが赦せない、と言う思いが存在する。
罪なき者が殺される。ならば、彼らに変わって復讐するのは誰か。憲兵が手を出せないならば、自分であろう。
「いいわ」
「それはよかった。こちらとしても協力は惜しまないよ」
「そう。まあいいわ。必要になったら、頼らせてもらう」
そう言ってシーツから抜け出て寝台を下りたヴェルベットは衣服を身に着ける。
「これを忘れているよ」
キースがそう言い、少女が隠していたナイフを投げる。ヴェルベットはそれをキャッチし、衣服の下に収めた。
その様子を見て、やはり男は薄気味悪い笑みを浮かべている。
ヴェルベットは忌々しげにそちらを見ると、部屋を後にした。
犯行の多いのは、繁華街のある西地区から南地区周辺の貧民街までの範囲である。
最初の犯行は五か月前。最初の被害者は娼婦で首以外がバラバラにされ、それを再び繋ぎ合わせていたのだという。首は周辺の民家で発見されたそうだ。この当初はまだ人形の服を催したものは着せていなかったようで、その傾向が強くなるのは五件目以降だったそうだ。
憲兵詰所に忍び込み、資料をあさるヴェルベットは検死官の報告や、精神分析などを見ていくが、さほど手掛かりとなる者はないように思えた。
しかし、検死官曰く、犯人は男、それも鍛えた兵士などであった可能性を上げている。骨を一撃で両断していることや、遺体を運んでいることからそう考えているようだ。複数犯、という可能性は少ないながらもあるが、そういった精神異常者が複数で行動できるか、と言った問題からそれはほとんど否定されている。
元兵士、と言うことは十分にあり得る話だ。かつての戦争での退役兵が精神異常をきたす、ということはありえないことではなく、職にあぶれたものの中にはそう言ったものもいる、と聞く。当然、この王都にもそう言ったものは数多い。
精神異常を起こし、幼児退行し、殺人と人形遊びが結びついている。そう言う可能性もないではないだろう。
これ以上見るべきものはない。ヴェルベットはそう思うと、資料を方つけ、火を消した。そして、悠々と扉から出ていく。睡眠薬を嗅がせて眠らせた詰所の憲兵をよそに。
夜の王都は娼婦たちのいる西地区を除けば、おおむね闇に包まれている。西地区とて他と比較すれば、と言うレベルであり、闇は深い。犯罪の温床とならないわけではないし、むしろそう言ったことは多く起こりやすい場所である。
とはいえ、今回の事件に薬物や人身売買と言った組織の影は感じられない。ヴェルベットは闇に紛れ、貧民街の方へと向かっていく。
貧民街は腐臭が酷く、至る所で浮浪者が眠っている。ぼろ布を纏い、ゴミに身をうずめる彼らは不潔であった。
戦争後、無産市民となった彼らに対し、旧王国はほとんど支援をしてこなかった。その結果、こうした浮浪者は多く生まれ、野盗や追剥を行うものも生まれてきた。犯罪のおよそ半分以上が、こうした元兵士や戦争の結果生まれた難民や無産市民によるものであると、先ほどの詰め所でヴェルベットは知った。
本当に倒すべきは、犯罪ではなく、そう言う状況かもしれない。
そう思いこそすれど、ヴェルベット独りにできることなど、限られているし、彼女は復讐者だ。最終的に、自分に不幸を振りまいた男どもを殺せればいい。
ぎゅ、と片手を握る。思い出す、あの薄汚れた男たち。欲望に満ちた手が、目が、彼女の身体を貪る。思い出すだけで、おぞましい。
その記憶を脳裏に刻み、復讐を強く思いながら、ヴェルベットは敵を求めてさ迷い歩く。
彷徨い歩き、数時間。
今日は出ないか、と思い、諦めかけたその時、悲鳴が聞こえた。女性の声、であった。
ヴェルベットは奔りだす。
(ドールメイカーか?)
違うかもしれないが、放っても置けなかった。
闇を駆けるヴェルベット。悲鳴は存外近い場所であった。走り続けていると、人だかりが見える。ヴェルベットは人だかりの中から、その奥をのぞく。
そこには、おぞましい物体が置いてあった。
無理やりに笑顔を浮かべさせられた女性。首はねじ曲がり、すでに死んでいることがうかがえる。まるで道化が着ている服を無理やり着せられている。腹部には、血が浮き上がっており、ねじ曲がった腕からは骨が突き出ている。悲鳴を上げたであろう貧民の少女は涙を流し、吐しゃ物に塗れている。不幸にも、これを発見した様子だ。
その後訪れた憲兵の調べでわかったことは、死体が娼婦であることと、夕方前に死体がそこにはなかった、ということだけであった。