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紅のナイトメア -Saga of the Vengeance-  作者: 七鏡
Birth of the Vengeance
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6

殺害された男だったものを見て、また新人憲兵が吐き出すのを横目に慣れた様子でシャッハはそれを見る。つい先日見た殺人と似た印象を受ける。恐らくは同一犯であろう、とシャッハは見当をつけている。しかし、犯人の特徴は未だに掴めていないし、証拠も見当たらない。殺害された二人はともに後ろ暗いところがあるのだろう、いい印象を聞いたためしはない。この男と手そうだ。聞けば、昔妾を一人殺しているではないか。男の権力やらで事故のように処理されているが。

つまるところ、この男はクズで、殺されるだけの理由はたくさんあった、と言うことだ。だからと言って、殺害を肯定するわけにはいかないのがシャッハの仕事である。


「で、凶器は?」


「刃物だな。複数種のナイフを使っておるなあ」


顔なじみの医師の言葉にふぅん、とシャッハは返す。そんなものは視ればわかる、とは言わなかった。


「まったく、仕事を増やさんでほしいもんだ。こちらは年だというのに」


「ぼやくなよ」


医師にそう言い、シャッハは壁に描かれた血文字を見る。被害者の血で書かれたその文字は、この国の公用語で書かれている。


復讐ヴェンジェンスねぇ」


シャッハはそう言い、懐から出した煙草に火をつけ、吸い込み、煙を吐いた。フゥー、と息を突き、乾いた壁文字をシャッハは擦る。少しくらい擦っただけでは、血文字は落ちなかった。

こいつはたぶん、この一件で満足する奴ではない。恐らく、この先も犯行を繰り返すだろう。


「ったく、やになるよ」





昨夜遅くに誰にも気づかれずに帰ったヴェルベットは、血を洗い落とし、そのまま眠った。

他人の血で濡れた両手。それを見ても、彼女は何とも思わなかった。彼女は果たすべきことをした。ただ、それだけであった。胸の奥底で叫ぶ怨念の声は、わずかに収まっていた。彼女はそのまま眠りに誘われていった。

早朝。

ヴェルベットは食堂でモイラを見た。ヴェルベットは挨拶をし、モイラとともに食事をとっている。すると、憲兵が数人まだ回転していない館の中に入ってきて、モイラに聴取を求めた。モイラは動揺しながらも頷き、それに応じるため食堂を後にした。何があったか、と騒ぐ食堂でモイラを妾にしようとしていた男の死が知らされる。男はここの顧客としても有名だから、多少の動揺はあったが、評判は悪く、帰って死んで呉れたほうがよかった、と陰口を囁く者さえいた。ヴェルベットは何も感情を面に出すことはなく、ただその話を聞き流していた。


戻ってきたモイラは相手の死を聞き、安堵していた。モイラは怨恨の容疑者として疑われたが、昨夜のアリバイは十分であった。彼女が犯行を行うことはできない。モイラがそう言った依頼をする、と言うならばまだしも、彼女にそれだけの金はない。あるならば、娼婦などやっていないのだから。憲兵としても、モイラを疑う理由はない。


「モイラ、これで今回の話はなくなったの?」


ヴェルベットはそう言い、モイラを見る。モイラは人の死に感謝してはいけないのだとわかっていても、安心している様子は隠せないようだった。


「そうでしょうね、流石に死人と結婚なんていかないでしょう」


モイラが言う。そんなモイラの目を見て、ヴェルベットは静かに口を開く。


「ねえ、モイラ。好きな人がいるんでしょう?」


少し驚いたように目を開き、彼女はヴェルベットを見る。そして、ふわりと笑い、少女に言う。


「やっぱり、わかる?」


「ええ」


「お金が貯まるまで待ってくれって言っていたのよ。今回、妾にされるって聞いて、彼も私も諦めていたんだけど」


「お金ってどのくらい」


モイラは冗談ではない額を少女に告げる。おそらく、それは娼婦をやっている限り、得ることは極めて難しい額であった。

二人とも、諦めているのだろう。それでも、思いを捨てることはできない。


「まだまだ、ここを離れるわけにもいかないわね」


「・・・・・・・」


「だから、安心して、ヴェル」


少女の頭を撫でるモイラ。少女は黙って何かを考えていた。

モイラはヴェルベットに優しかった。そんな彼女は、ここには相応しくはない。





休日。ヴェルベットは約束通り、キースとのデートに行っていた。

王都でも洒落た菓子専門店で、二人は食事をしていた。誰にも邪魔されない個室に二人が入っていた。


「まさか、君が例の『VENGEANCE』とはね」


キースが楽しげに言って、コーヒーを飲む。


「あなた、自分の身が心配ではないの?」


「僕が思うに君が殺すのは、男だ。だいぶ後ろ暗い、ね。その点僕はまっとうな人間だからね」


「それに、何、私は『復讐』なんて呼ばれているわけ?」


「お似合いだよ。復讐ヴェンジェンスのヴェルベット。響きもいい」


少女は青年を睨む。憲兵たちは二件の殺人の犯人を壁に残された血文字からヴェンジェンスと呼んでいる。王都の新聞でも、それにあやかりヴェンジェンスと呼んだものだから、人々の間にこの名称が広まったらしい。ヴェルベットとしてはどうでもいいのだが、安直な名前だ、と思う。血文字を残したのは確かに自分であるが、あれは犯行声明、というわけではないのだから。

と、いまさら言ったところで遅い。復讐。悪くはない名前だ。少女はそう思い、美しい髪を払った。


「で、私のことを言うつもり?この女が殺人鬼だ、って」


「いやいや、いわば僕も共犯だからね。君のことは誰にも言わないよ」


「どうかしらね、貴族のあなたを信用できるかしら?まあいいわ、言ったら殺すわ。どこにいたとしても・・・・・・地獄の底からでも這いあがって殺しに行くから」


少女の冗談とは思えない眼光に少しばかり怯みながらも、キースは作り笑いを浮かべおどける。

「怖いな、それは」


「で、君の本当の復讐の相手って誰?」


「どういうことかしら?」


「とぼけるなよ、なぜ最初の殺人をした?あいつがきっかけのはずだ、今の君という人格が形成されたのは」


「それを話せるほど、私はあなたを信用していない」


「どうしたら信用してくれる?」


「とりあえず、私に協力して。代償は・・・・・・そうね、私の身体そのもの、というのはどうかしら」


不敵に笑うキースは少女を見る。祖k所の見えない瞳の奥底に、彼は何を見ていたのか。


「僕は、君の心も手に入れたいな」


キースは立ち上がり、普通の女性なら簡単に落ちるであろう声音と表情で少女の顔に迫る。そこに、少女のナイフが出てくる。冷たい視線を送り、ヴェルベットは少しばかりナイフを男の首に近づける。


「いつも持っているのかい?」


「ええ」


そう言ってもう一本取りだす。キースはどこにナイフを、と思ったが、問うまい、と首を振った。


「いかが?」


誰がわざわざ死にたいと思うか。キースは首を振った。


「遠慮するよ」


キースはコーヒーを手にし、座る。


「で、次はだれを殺すの?」


「私を殺人鬼みたいに言わないで頂戴」


そう言って少女はキースを見た。


「でも、そうね・・・・・・頼みがあるの」


「へえ」


キースは面白そうに眉を上げる。


「お金を貸してほしいのよ」


「ふぅん、君が、ね。短い付き合いだけど、君はお金とかほしがる人間じゃあない。・・・・・・多分そのお金は君自身のためのものではないね」


「・・・・・・そうよ」


「ははん」


面白そうにキースは笑う。


「いいよ、貸してあげよう。君との信頼関係を変えるなら安いものだ。金額は?」


少女は金額を告げる。男はどうと言うこともないように言った。


「いいよ、貸してあげよう。ああ、待った。返さなくていい」


キースが言う。


「身体で支払ってもらおう、そうだな、休日は僕とデート。少なくとも一か月先まで。どう?」


「従わざるを得ないわね」


ヴェルベットは言って男を見る。


(こいつ、何者?)


大貴族の子息、なのだろう。ヴェルベットの思った通りだ。だが、それにしては羽振りが良すぎる気がする。どこか不安を感じながらも、しかし少女にとって頼れるものは少ないのだと思い出し、彼の提案を受け入れた。そうだ、今更臆するものか。もはや自分は地獄に足を踏み出しているのだから、今更この身を顧みることがあろうか。


「それで、お金は何時かしてくれるの」


「すぐにでも」


「そう」


少女はそう言い、悲しげな顔をする。モイラは自由となる。だが、ヴェルベットはまた一人となる。

永遠の別れではなくとも、寂しい。


「安心しなよ」


キースが笑って言った。


「君には僕がついていてあげるよ」


ヴェルベットは男の瞳に狂喜を見出す。


(そうか、こいつも私と同じだ)


理屈などない。そう。狂っているのだ。


「たとえ、地獄に墜ちようと、僕だけは君を想い続けるよ」


「・・・・・・そう」


ヴェルベットはそう言うと、キースのいる部屋を後にする。にこやかに手を振る彼を無視し、少女は静かに廊下を歩く。






翌日、とある経路で金を手に入れた青年が一人、店を訪れた。彼はハボックが苦々しい顔をする中、モイラを抱きしめている。青年の顔は晴れやかで、モイラの顔も同様に明るかった。ハボックとしても、巨額の金を握らされては、うんともすんとも言えない。これがちっぽけなはした金ならば言いようもあるが、紛れもなくそれは金貨の山であったのだ。

ハボックは数度、モイラにとどまるよう懇願したが、彼女はかたくなに彼の提案を受け入れはしなかった。このまま下手に話をつづけ、しかるべき役所に訴えられればハボックが不利となる。奴隷の取引が決まってしまっている以上、ハボックにもはや何の権限もないのだ。

彼は引き下がり、青年に怨みを込めた一眼を飛ばしてふんすと鼻を鳴らして店の奥に引っ込んでいった。


モイラの館からの引っ越し準備もすぐに行われた。店の娼婦たちの世話役であり、リーダーの一人であった彼女の自由を我がことのように喜ぶ女たちは存外多かった。彼女を斬らうものも、ライバルの一人が消えるとなれば、嬉しそうであった。結果として、彼女を引き留める者は娼婦の中にもいなかった。

ヴェルベットもまた、そうであった。無論、この一か月世話になった彼女に何も思わないわけではない。家族のように思えてきた彼女との別れは辛い。だが、結局のところ、復讐に生きるヴェルベットに家族は不要なのだ。モイラは、ヴェルベットのいないどこか遠くで平穏に生きてほしい。その思いの方が強かったのだ。




準備が終わったのは、次の日である。

モイラは迎えに来た青年とともに行く前に、ヴェルベットと館の前で話をしていた。

一か月の間世話をしてきた家族を抱きしめ、モイラは涙ぐんだ眼で紅い髪の少女を見る。哀しげに曇った瞳を見上げ、ヴェルベットは「泣かないで」と言った。


「私は、大丈夫」


「本当に?」


「ええ」


「あなたは強い娘ね。いつか、あなたにもきっと、いいことがあるわ」


モイラの言葉に、ただ無言でヴェルベットは頷いた。


「妹のように、あなたを想っているわ、ヴェル。元気でね・・・・・・さようなら」


そして、彼女は背を向け、彼女の愛すべき人と幸福へと歩いていく。その、美しく輝く背中を見て、ヴェルベットは呟いた。


「さようなら、モイラ」


そして、モイラに背を向けて、彼女は彼女の今いるべき場所へと向かっていく。


「祈っていて。私の幸福を・・・・・・復讐の達成を」


瞳は燃えている。まだ足りないと、胸の奥で声が叫ぶ。この声が収まらない限り、彼女の復讐も幸福もありはしない。



独り、少女は館に入っていった。


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