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紅のナイトメア -Saga of the Vengeance-  作者: 七鏡
Birth of the Vengeance
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5

モイラを妾にしようという貴族の話は、聞いた限りでは非常に悪いものであった。

ヴェルベットはモイラに会いに来たその貴族を見る。モイラの作り笑い。それに対し、貴族はその醜い顔を歪め、彼女の肩に手をまわしていた。

彼女とは釣り合わない、肥満体の中年。少女は男の名を聞く。どこぞの男爵家の出身であり、家督こそついでいないが、ある程度の影響力をこの界隈ではもっている人物らしい。ここにきている男たちはまだあどけないヴェルベットの妖艶な仕草に気を取られ、ペラペラとしゃべってくれた。

正妻はいるが、今ではすっかり冷めきっていて、娼館通いばかりで家にはほとんど帰らない。それなりの家で、王宮の財務官の一人だという。一方、汚職の疑いも持たれているらしい。だが、本人は一切気に留めていないようだ。

ヴェルベットは自分の容姿を最大限に利用し、情報を集め続けた。小物ならば、陥れるだけでいい。わざわざ彼女が手を下すまでもない。憲兵に密告すればいいだけだ。

だが、男は周到であり、犯罪の痕跡をほとんど残さなかった。だが、少女は見つけた。男を殺すに足りうる理由を。


「あいつ、前も妾がいたんだけど、いがみ合って殺しちゃったようだよ」


若い男が寝台に眠るヴェルベットを見て言う。


「そうなの」


「ああ、でもあいつコネでもみ消してね。その子の兄、だっけな。それが泣いてたなあ」


妾の死は病死とされたらしい。


「でも、どうしてこんなこと聞くの?」


「モイラは私の姉も同然。それを心配してはいけない?」


ヴェルベットが妖艶に微笑む。若い男は楽しげに笑うと、少女にキスをする。


「君、気に入った。僕の名前はキースっていうんだ。また、君を指名するとしよう」


「ありがとうございます、キース様」




週に一度の休日。死んだ妾の墓へと、ヴェルベットは赴く。

ぽつんと立つ墓。そこには一人の男がいた。悲しそうに呆然と立つ。その後ろをヴェルベットは通り過ぎる。男は泣いていた。そして、呪詛を吐いていた。妹への謝罪を口にしていた。


「俺が、しっかりしていれば」


「俺が、親父たちの借金さえ返済できていれば、お前は」


その様子は悲痛であった。ヴェルベットは手に力を込める。

最初はモイラのためであったが、今は違う。

女性の無念、その兄の無念。それを晴らす。それが自己満足でも構わない。

権力を振りかざし、欲望のままに生きる者たちに死を。

心の奥底でざわめく、この本能に、身をゆだね、復讐を果たすのだ、と。


モイラが行くのは三日後。そうなると、行動を起こすのは限られてくる。

どうしたものか、と少女は悩む。仕事は抜けられない。ならば。

そこで少女は思いついた。


「キース様」


少女は男に話しかける。


「明日、私を店の外に連れて行ってくださいませんか?」


「どうして?」


「理由は聞かないでください」


少女が言うと、キースは笑う。


「へえ、何かするの?」


「どうでしょう」


「あの男を殺すんでしょ?」


キースが面白そうに言う。


「いいよ、協力してあげる。君は面白いね、ヴェルベット。代償は、そうだな。君とのデートはどうだい?次の休日にでも」


「それくらいなら構いません」


ヴェルベットは頷く。青年は笑って手を差し伸べる。


「安心して、憲兵には何も言わないよ。僕も、まだ死にたくはない」


「私、人殺しなんてしませんよ」


「どうかな」


キースは笑って言う。しかし、その目は少女の奥底を見透かすようだった。


「君の瞳は、憎悪に満ちている。僕ら男に対するね。気を付けたほうがいい。戦場に行ったことのある者は、殺気に敏感だからね」


キースの言葉を黙って少女は聞き流す。





お得意のキースの願いを、店側が聞き入れないわけにはいかない。少女は無事、店を抜け出す。

そしてキースの屋敷に入る。


「これでアリバイはできたね」


家の使用人にも姿は見られている。


「二階の窓から抜け出せるようにしているよ。とはいえ、縄とか使って下りれる?」


「ご心配なく。慣れていますので」


「まったく、飽きさせない女性だな、君は」


そう言って男は少女の顎を持ち上げ、唇近くで囁く。


「綺麗な薔薇には棘があるが、近づかずにはいられない。その魅力はあまりにも大きい」


「ならば、近寄るべきではありませんね」


「かもね」


青年は少女にキスをする。


「じゃあ、行ってらっしゃい。待っているよ」


青年の言葉に何も返さず、少女は窓に向かって歩き出し、消えた。




男の屋敷に入り込む。屋敷内の使用人に怪しまれる心配があったが、どうやら人気はあまりないらしい。

正妻の部屋をうかがったが、彼女の姿はない。おおかた、彼女にも愛人がいるのだろう。

好都合であった。

少女は管理の甘い屋敷を歩き回り、男の寝室へと入り込み、身を忍ばせる。男はそろそろ帰るころだろう。王宮での仕事を終えて。キースのもたらした情報は非常に有難いものであった。

そのキースのことを考える。彼も貴族の子息だろう。それも結構な。

どうするべきか。今はまだ、協力的だ。だが、それは彼女に対してみせる一面でしかない。その本心はわからない。いざとなったら殺すことも考えなければならない。まだ、捕まるわけにはいかない。

少女はナイフを手に息をひそめた。


男はきつく着込んだ服を脱ぎながら寝室へ入る。でっぷりした腹が揺れる。


「ああくそ」


正妻が使用人に暇を出したらしい。それだけではなく、屋敷の管理も甘い。鍵がかかっていないし、窓は開きっぱなしだった。


「あの、傲慢知己め」


政略結婚での相手だ。不満は多々あった。相手は愛人がいたし、男も娼館に入り浸っていた。

まったく、と思い、男は寝室のベッドに転がる。


「まあいい、すぐにでも代わりは手に入る。さあ、どう可愛がってくれようか」


男は妄想の中で、妾となる女性の姿を思い浮かべ、下品に笑う。


「前の女のように殺さぬようにしないと」


「やはり、殺したのですね」


「だ、だれだ?」


いきなり聞こえた声に、男は驚く。

暗がりより、一人の少女が出てくる。男は少女を見て、息を吐く。


「なんだ、子供か。乞食か、今ならまだ許そう、さっさと出て行け」


「いいえ、出てはいきません。あなたに用があったのですから」


「儂に?いったい何の?」


「復讐、ですよ」


少女は右手に握ったナイフを男に向けて近づく。


「復讐、だと?」


「そうです、無念に死んだ女性と、その兄の」


「なんだ、貴様、あの件の関係者か?」


「いいえ」


「ならなんだ、あの件で儂を脅すのか!?だとしたら無駄だぞ、貴様のような餓鬼に・・・・・・」


「そんなことしませんよ」


少女は残虐に微笑む。


「もっと、苦痛に満ちたことですよ」


男は少女が本気だと気付く。自分は丸腰だ。だが、少女とは体格差がある。

男は起き上がり、少女に跳びかかる。しかし、少女は機敏な動きでそれを避けると、男の豊満な腹を突き刺す。


「うぁああああああああああああああ」


「痛いですか?」


少女はナイフを抜き尋ねた。男は転がる。痛みを抑えきれずに。


「なんで、儂がこんな目に!」


「わかっているはずですよ」


少女は紅い髪を揺らして近づく。男の目には、彼女は死神のように映っていた。


「いろいろとうまく隠していましたけど、あなたは色々とやりすぎました。その代償を、払ってもらいます」


「儂は貴族だぞ、この国の政府にも仕えておる!法に守られる貴族なんだぞ!」


「だからですよ」


少女が一歩一歩と近づく。


「反吐が出るんですよ。犯罪者が法によって守られていることが。被害者が泣き寝入りすることが」


少女は声の調子を変える。怒りに満ちた声。美しい顔は、冷たく温度を感じさせない。


「だから私はあなたのような犯罪者を殺す」


「この、偽善者め!貴様も、犯罪者ではないか!」


「そうですよ、これは自己満足。でもね、理由なんでそれで十分」


少女の足が目前に迫っていた。少女の瞳の奥で揺れる不気味な蒼い炎が、男を捉えて離さない。


(赦さない)


自分が殺したはずの女の声。幻聴だ、と冷や汗をかき、過呼吸になっている男の前に、少女が立つ。


「さあ、この世へのお別れは済んだ?」


男の絶叫。




ぐちゃり、ぶりゅ、ぐり、ぼき、べり。





その後、少女は寝室を出る。そして優雅に屋敷を出ていく。

後には血に塗れた一人の男だったもの。肉塊と化し、もはや生前の面影はない。血まみれのオブジェ。


そして。


『VENGEANCE』という、血文字で残された言葉だけであった。

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