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紅のナイトメア -Saga of the Vengeance-  作者: 七鏡
Birth of the Vengeance
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少女が拾われて数日が過ぎた。少女は馬車の中で眠りにつく。商人もさすがにまだ、手を出す気はない。商人にとって、少女はよい商売道具なのだから、それも当然であろう。そう感じて少女はようやく眠りについた。そして夢を見る。それは、二度と戻ることのない幸福な日々の記憶の数々。

美しい母、優しい父、戯れる年少の子供たち、同い年の友達。乳母や使用人が笑っている。領民たちが自分の畑で作った作物を渡してくる。誰もが、幸せそうであった。

だが、そんな夢の時間も終わる。突如、世界は火に包まれる。そして、少女の周りからすべてがなくなる。それは、決して夢ではなく、すべて現実。

炎の中で囁く無数の声が、彼女に起きろと告げる。

少女は目覚める。現実世界へと。馬車の揺れは止まっていた。


「お嬢ちゃん、起きたか」


商人が御者台から少女を見て言った。


「ここは?」


「ここかい、お嬢ちゃんは来たことがないか」


商人は少女にその光景を見せた。立ち並ぶ街々。そして中央の城。


「王都ロクスロイへようこそ、ヴェルベット」


悠然と広がる街々と、その中央部に鎮座する石造りの城。かつて、王族たちがあそこに暮らし、今は元老院により支配される旧王都ロクスロイ。今も王都と呼ばれているこの場所ならば、国の中心ならば、あの男たちのこともわかるであろう、と少女は心の奥底で嗤った。彼女の中で囁く声が、より一層強くなる。ここには、奴らの臭いがする。風に紛れ、死臭がする。ここに、復讐の相手がいるであろうことをヴェルベットは感じていた。


「では、私の屋敷に行こうか」


商人の馬車が進みだす。少女は黙って揺られ続ける。商人は未だ自分が何を売り物としているか、ヴェルベットがわからないと思っているのだろう。だが、ヴェルベットはすべて承知で男について行っていた。


商人の馬車は王都の華やかで、派手な建物のある西地区を進む。所謂、娼婦街とでもいえばいいのだろうか。道端には昼だと言うのに娼婦たちが堂々といる。王都が治安はいいとはいえ、こういった娼婦を消すわけにもいかない。

少女が馬車からその様子を見ていると、商人は馬車を御者に止めさせ、隣のヴェルベットを見た。


「ここが、私の屋敷だ」


見るからに派手な大きな館。商人は少女を連れてそこに入っていく。ヴェルベットは黙って従う。思った通りだな、と内心でつぶやきながら。少女の目は、冷めていた。

商人が重い鉄の柵を門番に命令して開けさせる。


「お帰りなさいませ、ハボック様」


「変わりはないな、ローン」


「はい、そちらは?」


「なに、新しい商品だよ」


囁く主従。だがそれはヴェルベットの耳に聞こえていた。それも知らずに男たちは話していた。


「さ、行くぞ、ヴェルベット。今日からここが、お前の家だ」


肩に手を置き、笑顔で進みだすハボックとヴェルベット。ハボックは恐らく、内心笑っているだろう。何も知らない愚かな餓鬼、と。だが、ヴェルベットはすべて承知で、利用できるならば、何でも利用するつもりであった。そう、自身の身体であっても。それほどまでに、少女の意志は固かった。なにより、何もない自分には願ってもないほどの好機であった。どうせ彼女の純潔は散り、碌な未来はないのだ。復讐と言うただ一つの望みの為ならば、少女は悪鬼羅刹にもなれるのだ。


「はい」


そして、二人は館に入る。




館の中に入ると、女性たちが頭を下げて並んでいた。皆、使用人の着る服装をしていた。女性たちはみな若く、綺麗であった。しかし、どこかハボックの様子を窺っている。ここにいる女は皆娼婦であり、いつ使い捨てにされるかわからない人たちばかりなのだ。ヴェルベットの目には、彼女たちの不安が目に見えていた。


「お帰りなさいませ、ハボック様」


「うむ、出迎えご苦労」


そしてハボックは少女の肩を抱きながら、女性たちを見た。年若い女性たちの中からハボックは一人の娼婦を見て手招きした。


「モイラ」


「はい、ハボック様」


モイラと呼ばれた女性が男の前に一歩近づく。ふわりとした茶髪の、母性的な女性であった。年は二十歳ほどであろうか。柔らかな笑みで彼女は娘を見る。


「この娘の世話を頼む。名をヴェルベットという」


そして娘の方を向く。


「今日からしばらくお前の世話をするモイラだ。いろいろと教えてもらいなさい」


「はい、ハボック様」


少女はそう言い、男に頭を下げる。そしてモイラの方を見て同様に頭を下げる。


「礼儀正しい子ね。さ、部屋に案内するわ」


「では、皆、仕事に戻ってくれ」


男が言うと、そそくさと女性たちは「仕事」に戻っていった。ハボックはヴェルベットの方を一度叩き、屋敷の自室に戻る。まだヴェルベットが個々は娼館だと気付いていないと彼は思っているのだろう。




部屋に案内されると、すぐにモイラはヴェルベットに言った。


「あなたもついていないわね、こんな娼館の主に拾われるなんて」


モイラは真紅の髪の少女の頭を抱く。


「まだ若いのに」


「私、もう成人はしているわ。子供じゃない」


少女が言うと、モイラは笑う。


「成人したからって大人ではないわ、ヴェルベット。それに大人はそんなこと言わないわよ」


モイラが微笑んで言った。その顔に、少し母を思い出した少女は顔を背けた。


「ここでの生活はきついけれど、それでも十分に生活できるようにしてあげる」


モイラは申し訳なさそうに言った。少女は頭を抱く彼女の背に手をまわし、抱きしめた。汚れた体のヴェルベットを見て、まずは湯船につかりましょう、とモイラは言った。

部屋を出て、共同浴場に行き、ヴェルベットは彼女のなすままに洗われた。

愛おしむように少女の髪を撫でてモイラは言う。


「綺麗な髪ね。あなた、どこかのお金持ちの子ども?」


「・・・・・・」


「ごめんなさい。踏み入ったことを聞いてしまって」


「いいえ、大丈夫よ」


ヴェルベットはそう返し、美しいモイラを見る。彼女も何か理由があってここにいるのだろう。

そう思うと、チクリと胸が痛んだ。身売りしなければ生きていけない。世の中は残酷なのだ。

それは今に始まったことではない。それでも。


(理不尽を受け入れることはできない)


胸の奥でざわめく音は、今なお大きくなり続ける。復讐を。復讐を、と。




浴場から上がり、髪をとかしながらモイラは少女にこの館でのルールを教えた。


「あなたはまだだろうけど、ここにいる以上、仕事をしなければいけないの」


「仕事?」


「館の維持。それと接待よ」


「そういうことね」


少女はモイラの言葉を理解する。


「ここいら一帯は花街なのよ。ここはその中でも高級の娼館なのよ」


モイラは言う。


「基本的に客からの指名ね。あとはお酒とか飲みに来た人の相手ね」


「・・・・・・・」


「あなたも、いずれは」


「わかっている。覚悟はしている」


少女は気丈に言った。


「そう」


モイラは悲しげに瞼を閉じる。


「ごめんなさい、さ、まずは館の案内と、仕事・・・・・・最初は掃除からしましょうか」


モイラは箒と雑巾を取り出す。


「朝から昼はみんな館の掃除、洗濯とかをやるわ。あなたも今日から参加してもらうわ」


ヴェルベットは静かに頷いた。




掃除自体は苦ではなかった。領主の娘とはいえ、地方であったため、体面など気にはしなかったからだ。

ヴェルベットが弱音を吐くことがなく、良家の娘と思っていたモイラやほかの娼婦たちは、少し驚いていた。


「あなた、元は貴族かと思ったわ」


「どうして?」


「ここにいる子たちはほとんどがそう言う子なのよ。借金の方で入れられたことか、ね」


「でも、私は違うわ」


「そのようね」


モイラにはそう言ったが、ヴェルベットも一応貴族ではある。もっとも格の面では王都の貴族には及ばぬし、名ばかり領主であったが。


「さて、お掃除も早く終わったことだし、買い出しに行こうかしら。ヴェルベットは王都は初めてなのよね」


「ええ」


「なら、案内がてら少し歩きましょうか」


ヴェルベットは二つ返事で了承する。自身の故郷での噂が聞けるやもしれない。何か復讐の手掛かりが。少女はそう期待していた。



モイラとともに南地区を歩く。南は主に食料品や生活用品の店が並んでいる。王都には地方から様々なものが流入する。この区画では、商人たちが大声を上げ、商品を売ろうとしており、人だかりも常にある。地方では見れない様子にヴェルベットは目を細めていた。はぐれないように、とモイラに言われ、ヴェルベットは頷いた。二人は人だかりを歩き、必要なものを買い揃えていく。

人ごみの中、少女は己の求める情報を聞き取るために集中していた。聞こえてくるのは他愛のない世間話や交渉ばかり。うんざりする少女だが、なおも聞き取ることはやめない。

モイラが食料品を買っている最中、ヴェルベットは店の外で待っていた。そしてそこで自身の求める話し声を聞く。神経を集中し、音を聞き取る。


「なあ聞いたか?ある地方領が襲われたの」


「ああ、あれか。気の毒にな。いい領主だったようだが、賊に入り込まれて領民もろとも・・・・・・だろ」


「ああ、あそこ、ヴェストパーレ伯の領地になるんだと」


「あの伯爵様か」


「ああ、いろいろ黒い噂も聞こえてな、賊もそれじゃないか、って」


「はあん、なるほどな」


「憲兵も手が出せないからな。元老院のお偉方の家だしなあ」


極他愛ない世間話、といった様子で彼らは話をしている。実際、悲劇ではあるがない話ではないのだ。それこそ、共和制移行期には珍しくはない話であり、今でも時たま悲劇はあるのだから。

少女はその話の全てを信じたわけではないが、貴重な情報ではあった。

店から出てきたモイラに、ヴェルベットは尋ねた。


「ねえ、ヴェストパーレ伯って誰?」


「ヴェストパーレ伯?ええと、確か今は若いシメオン様が当主をなさっていてね。国内でも今期待されている貴族よ。元老院の家系ですしねえ。それがどうかした?」


「いいえ、何も。ただ、結構聞くから」


モイラはそう言うと納得したように頷く。


「まあ、容姿も整っているから、女性の人気は高いわね。妻になろうって貴族の令嬢も多いみたい」


モイラはそう言い、肩を竦める。


「もっとも、私たちには関係ないけれど。目をかけられてもよくて愛妾。それが、私たちよ」


モイラは悲しげにそう言った。


「モイラも、そう言う経験が?」


「え、あ、違うわよ。だから安心して、ヴェルベット。さ、買い物も済んだし、帰りましょうか。休日にでもまた街を案内するから今日は還るわよ」


「うん」


少女はそう言ってモイラの荷物を持つ。それにモイラは笑い、少女の頭を優しく撫でた。

少女はそんなモイラを見て、胸に何かがこみ上げる。だが、それよりも大事なことがある。


(シメオン・ヴェストパーレ・・・・・・・)


とりあえずの手掛かり。その名を少女は口の中で繰り返す。彼が何か知っているかはわからないが、かつての故郷がどうなっているのか、純粋にヴェルベットは興味があった。


夕闇が降りようとしていた。夜になるというのに、王都の賑わいは衰えることはない。ヴェルベットっ隊の戻る娼館街は、この時間帯からにぎわい始める。

ヴェルベットにとって、新しい世界が幕を開けるのだ。




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