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交換小説

 それを見たのは偶然だった。


 その日、俺はいつも通り退屈な授業を終えて、このまま帰るのも嫌だなあと思いながら、教室で暇つぶしに宿題をしていた。


 宿題も終わり、さて、何もすることがなくなったなあと周りを見渡すと、机の上にぽつんと置かれているノートに気が付いた。


 誰のノートだろう?普段なら興味を持たないが、今日の俺は魔が差したのだろう。ノートを開いてしまった。


 「ん?これは……」


 ノートの中には、1ページ程度の物語が書かれていた。


 ある時は犬が主人を探して旅をする話だったり、軒先でお茶を飲むようなほのぼのとした話、またはひたすら情景を描写しているだけの話もあった。


 1ページ程度の話なのですぐに読み終わってしまう。しかし、俺は読むのを辞められなかった。


 結局、下校時刻になるまで読みふけってしまった。


 俺はノートを作者と思われる机にしまい、帰宅することにした。




 「なあ、お前ってさ、小説とか、書いてるのか?」


 「えっ?」


 次の日、どうしても気になって俺は直接作者であろう男に話を聞いた。


 「昨日、ノート忘れただろ、それで、少し、な……」


 「あー……」


 彼は納得がいったのと同時に顔を赤くしてうつむいてしまった。


 「み、見ちゃったんだ……」


 「ま、まあ、ちょ、ちょっとだけな」


 「ど、どうだった?」


 「そ、それなりかな?」


 本当はすごく面白かった


 「そっかあ、よかったあ……」


 俺の中途半端な感想でも、彼は喜んでくれたみたいだった。


 「他の人に見せたことないのか?」


 「見せられるようなものじゃないからねえ……」


 「ふーん……」


 その日の会話はそれきり続かなかった。




 それからというもの、なんとなく彼を見ることが増えたように思える。


 あんなに大量の短編をどうやって書いているんだろう?と思って見てたら、その理屈が分かるようになった。


 普通に授業を受けてる時、ふと教科書を覗きこむ彼。しばらくして、メモ帳を取り出して書き込んだ後、ノートに書き込み始めた。


 昼食中、ある一点を覗きこんでると思ったらメモ帳を取り出して書き込んでいた。さすがにノートに書くのは昼食の後だった。


 体育の時、ペースが遅いと思ってたら、何やらブツブツと呟きながら走っていた。アイディアを忘れないためだろうか?なんか怖い。


 放課後、図書室で本を読みつつ、メモ帳に書き込んでいく彼。はたらく車という本で一体どんな話を書くつもりだ。


 ぼーっとしてたらメモ帳になにやら書いていて、ノートにひとつ書き終わるごとににんまりしている彼を見ていて、なんだかうらやましくなってきた。


 だから、俺も短編を書いてみることにした。




 「へえ、短編、書いてみたんだ!」


 「おう、気まぐれだけどな」


 「読ませて!」


 俺が短編を書いたことを教えると、彼は相当興味を持ったようだ。


 自分の書いた話を、わくわくとした顔で読む彼、正直言って自分でも微妙な出来だと思っているだけに、その顔が失望に歪むのが少し怖かった。


 「ありがとう!すごく面白かった!」


 なんとか失望させずに済んだようだ。よかった。


 俺がほっと胸をなでおろすと、彼は何かを思いついたらしく、「あ、そうだ!」と顔を輝かせていた。


 「せっかくだし、これから毎日短編を見せ合わせようよ!一日一つの短編を書いて、放課後交換してお互いに読んで感想を言い合うんだ」


 彼の提案に俺は驚愕した。え?短編を、毎日?無理無理、これだって構想一週間、紙に書き起こすのに三日はかかったのに


 「い、いいぜ、望むところだ」


 なぜ受けて立ってしまったのだろうか、なぜ挑戦と受け取ってしまったのだろうか、馬鹿じゃないのか、俺。




 それから、


 俺と彼は交換小説をすることになった。


 最初はひどかった。ろくにテーマもできないまま放課後になり、悔し紛れに机の上で踊る消しゴムというわけの分からない話を書いて彼を爆笑させたり、


 学校でのほのぼのとした話だったのに続きを書けなくなって隕石を落として人類滅亡エンドにして「これ途中で投げたよね?」って問い詰められて、「世の中は何が起こるか分からない、現実は非情なり」と苦し紛れの言い訳で逃れたこともあった。


 気付けば、俺は毎日が楽しくなっていた。


 日常での些細なことにも気を配るようになり、ちょっとした日々の変化を楽しめるようになっていた。


 すべて彼のおかげだ。けれど、俺は受け取る一方で、何かを与えることができないまま、卒業を迎えてしまう。




 「卒業おめでとう!」


 「そっちも卒業できてよかったな」


 卒業式が終わり、なんとなく俺たちは二人で話していた。


 「これ、」


 「ん?」


 彼がノートを差し出してきた。1ページ小説のノートだった。


 「これ、君に預けるよ」


 「……いいのか?」


 「うん、これからも書き続けるつもりだし……そのかわり、君のノートも僕に預けて欲しいんだけど」


 「俺のでよければ」


 俺もノートを差し出して、彼に渡す。彼はとても嬉しそうな顔をした後、こう言った。


 「僕、楽しかったよ。自分の小説を読んでくれる人ができて、一緒に互いの悪い点を言い合って、反省会をするのが。これから道は分かれるかもしれないけど、寂しくなったらこのノートを読むね」


 「あ、あのさ……」


 俺は今まで素直じゃなかった。ずっと言いたいことを言えなかった。文字で交流することはあっても、それは創作越しで、作者と読者としてでしかない。


 だから、対等で、一対一で、向き合って、言わなくちゃいけない。


 「小説、これからも書き続けるんだろ?俺にも読ませろよ、別々の道だろうが、その気になれば会えるだろ?」


 やっと、言えた。


 「……うん、また、会おうね。次に会う時まで、いっぱい、書いておくから」


 こうして俺たちは別々の道を歩き出した。彼は進学校、俺は公立校。


 さてと、まずは春休みに遊びに行かないとな。俺はお誘いのメールを出すために、どんな文章にしようかと頭を悩ませることにした。

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