聞かせ上手
別に自慢でもないけど、俺は小説が読めない。
わざわざ一ページ目から文章をたんたんと追っていき、最後のページを読み終えるまでの根気がないからである。
そもそも教科書ですらななめ読みするような男なので、推理小説などを渡された日には、種明かしの部分だけ読んで満足してしまった。
そんな俺ではあるが、物語のあらすじならそこら辺の人よりも多くを知ってると自負している。
理由は、俺の友人のヒロだ。
ヒロと出会ったのは、小学4年の時までさかのぼる。
俺の通っていた小学校は生徒が少なくなったため、合併をすることになった。
学校が遠くなったが、スクールバスなので問題はない。今まで交流会と評して向こうの学校に行っていたが、今日からはここが母校になるのだと思うとどこか新鮮な気分になる。
体育館に向かう途中、なんとなく周りを見渡してみる。だいたいの人は隣の人と打ち解けている中、一人だけ誰とも話さずにいる男子がいた。
その時はその程度にしか思っていなかったので、特に何かをしようとか、接触しようなんて考えなかった。
次にヒロを見かけたのは、図書室である。
前にも言った通り、俺は本を読めない。けれど暇を潰すのには図書室はとてもいい場所なのだ。
俺はいつも通り図書室で居眠りをしようとした時、ふと本を探している男子が見えた。
その男子はしばらくしてお目当ての本を見つけたようだが、背が届かないのか、本を取るのに四苦八苦していた。
「これが取りたかったのか?」
俺が本を取ってやると、彼は顔を赤くしてうつむきながら「あ、ありがとう……」と俺にお礼を言った。
近くに台があるのにそれを使わなかったのは、彼なりのプライドなのだろう。それなのに赤の他人に助けられてバツが悪いのだろう。
まあ、俺には関係ないけど。
しかし、余計な行動をしたからかすっかり眠気が覚めてしまった。彼と話して暇を潰すのもいいかもしれない。
「俺の名前は佐藤裕樹。なあ、お前名前なんていうんだ?」
「……え、えっと、お、同じクラスの瀬田博之……です」
若干どもりがちだが、一応会話はできるみたいだ。
「ふーん、じゃあ、ヒロって呼ぶことにする。よろしくな、ヒロ!」
「あ、う、うん……よ、よろしく、裕樹、くん」
「ユーキでいいよユーキで」
こうしてヒロと仲良くなった俺は、休み時間に彼とちょっとした話を図書室ですることになった。
「ヒロは毎日図書室に来ているけど、どんな本を読んでいるんだ?」
「……しょ、小説とか、いろいろ、読んでる」
「面白いのとかあるの?」
「う、うん!いっぱいあるよ!……ユーキが読んでも面白い本、あるから、こ、今度持ってくるね」
残念なことに、ヒロが持ってきた俺におすすめの本は、俺にとっては数ページでギブアップしてしまい、ほとんど読まないまま返すことになった。
「あー、えーっと……返すよ、これ。ありがと」
「は、早いね、ど、どう?……おもしろかった?」
「うっ……すまん、実は読めてないんだ」
俺は自分が本を読むのが苦手だと正直に説明した。ヒロは苦い顔をしながらも、こう提案した。
「……じゃ、じゃあ、僕が本の内容、話すよ」
正直な話、最初の頃のヒロの話し方はとても下手だった。
話したいことが多すぎるのか支離滅裂で、突発的に別の話に飛んだり、どうでもいいところに詳しい解説をしたりと聞いてて内容がよく理解できなかった。
けれど俺のために話してくれているヒロの気持ちを考えると、もういいよの一言がどうしても言えず、真面目に聞くことになった。
とはいっても、俺にできるのは相槌程度しかないのだけど
しかし俺に様々な本を紹介することにより、少しずつではあるが、彼の話し方は徐々に改善されていった。
今までは頭の中で考えていることをそのまま口に出していたのが、一回自分の頭の中で整理して相手に対し分かりやすく噛み砕いて話すため、俺にも理解できるようになった。
また、どもったり小声だったりしたのも俺限定ではあるものの、ちゃんと目を見て大きな声ではきはきと話せるようになったのだ。
俺は彼の成長に喜びを感じるとともに、もっと多くの人に彼が変わったことを示したいと思うようになった。
彼の成長がはっきりと分かるイベント……それは社会科研究である。
調べ物をし、それをまとめた大きな紙を黒板に貼り、説明する。たったそれだけのイベントだが、ヒロの成果を見せるには最適の場だと思えた。
俺は早速ヒロと班を組み、調べものをまとめることにした。
調べ物のテーマは地域に関することなので、俺たちは地域の民話などを集めることに決めた。
他にも班員はいるのだが、見るからにやる気がない。しかし好都合でもある。適当に役割を振って、ヒロのための見せ場を多く作ることに成功した。
ヒロに仕事が増えるのは仕方がないが、俺はめいっぱいサポートをするつもりだ。それに、ヒロならできると確信してもいたのだ。
俺は知っている。ヒロが俺に本の内容を説明するために、原稿や予行練習をしていたことを
それは、友達に対する説明にしては大げさなくらいの真剣さで、それに取り組んでいたことを
だからこそ、彼は変わらなければいけない。この発表会で、自信をつけてもらいたいのだ。
社会科研究発表会当日、ヒロは見事な発表を終えた。
しかし俺は誤算をしていた。俺にとっては大事な発表ではあったけれど、クラスメイトである彼らにとっては、退屈な時間であったのだ。
他の班の発表と比べても変わりない、乾いた拍手だった。
帰り道、いつもは別々に帰っていたが、今日はヒロと一緒に帰っている。しかし、俺の足は重く、とぼとぼと歩いていた。
「すげぇなあヒロ、今回の発表会で一番うまかったよ。分かりやすかったし」
俺の声は分かりやすいくらい、うわずっていた。
「そうかな」
「先生も褒めてくれたし、大成功だったな!」
「うん、そうだね」
中身のない言葉がただ口から漏れていくばかりで、俺は自分が情けなく思った。
「……えーっとだな」
「ユーキ、ありがとう」
「……へ?」
ヒロが俺の方を向いた。
「ユーキがこの発表会に力を入れてた理由って、僕に自信をつけてほしかったからだよね」
「……あ、ああ」
「ユーキは微妙な結果に終わったと思っているんだろうけど、僕はそうは思ってないから」
「そ、そうか?」
「だって、結果はどうあれ、僕たちは最後まで全力で成し遂げたんだ」
ヒロの言葉には、後悔は微塵も感じなかった。無駄じゃ、なかったのだ。
「……そうだな、うん、そうだ。俺たちは頑張ったもんな、無駄じゃ、なかったよな」
「うん!」
力強くうなづくヒロを見ていると、俺もうかうかしてられないと思えた。そう考えると自然と次に何をするべきかが分かった。
「よーし、じゃあ、帰ったら反省会だっ!何も発表の場は社会科研究だけじゃないもんなっ!今後のためにも問題点は早めに解消しよう」
「自由研究とか、いっぱいだもんね!」
「そうと決まったら、ヒロの家まで競争だっ!よーい、スタート!」
「あっ、ちょっと、待って」
帰り道を全力で走る俺、俺の足はすっかり軽くなっていた。




