新入部員、その名は
[0]
『総合剣術』。
それはありとあらゆる『ツルギ』を用いて技を競い合う総合格闘技のひとつ。
竹刀、木刀、短剣、大剣、小太刀、大太刀、双剣、仕込み刀――
競技者の用いる武器と武術は千差万別、多種多様。
反則の基準はないに等しく、毎年負傷者も多く出ている競技だが、そのスリル、競技者の技術の高さから、ここ数年で全国区での大会が開かれるまでに一般化された。
[1]
ここ、私立築竹高校『総合剣術部』(通称『総剣部』)は、全国高校生総合剣術大会において、二年連続全国出場、内一回は全国大会準優勝という栄誉ある成績をもつ。
その成績に惹かれ、総合剣術で高みを目指すために築竹高校を受ける生徒もすくなくない。
そしてこの春。
旧三年生の卒業を見送り、新たに二年生、三年生となった総剣部の部員たちは、新入生の勧誘に躍起になっていた。というのも――
「いい? わかってる? 先輩たちの抜けた今、私たちの戦力は空っぽなの。抜け殻なの。空蝉なの。残りカスなの!」
総剣部のマネージャー、三年生の泡沫漆がそう怒鳴る。
いくら武道館が広いとはいえ、流石にこの大声で、この剣幕で怒鳴られ、部員たちは委縮してしまった。
「いや、それは言いすぎじゃないか……?」
呟く程度に反論を試みたのは、新総剣部部長、三年生の彼我瀬桂。眼鏡の奥の細い目に、困惑の色を滲ませながら、泡沫を見る。
が、正座の姿勢を『とらされている』彼我瀬は、立っている彼女を見上げるような形になり、どうにも威厳に欠けていた。そんな自分の体勢を惨めに思いながら、彼我瀬はもう二三、泡沫の説得を試みる。
「確かに先輩たちの卒業でうちの部は人数が減ったよ。三年はおまえと俺を除けばもう二人しかいないし、二年だってここにいる羽地降と蘭針だけだ」
築竹の総剣部は確かに強かった。全国出場も二年連続で経験している。だがそれはもう過去の話なのだ。
それらの成績は、彼我瀬や現在在籍している他の部員の成果ではない。彼我瀬たちの一つ上。昨年度卒業していった代の人たちが、異常に強かっただけなのだ。それはもう、人外と呼べるほどに。人間を塵骸にしてしまうのではないかというくらいに。
彼我瀬はチラリと泡沫が片手に持つ長方形の板に視線をやる。そこには『全国制覇』という文字が、はみ出そうなくらいでかでかと毛筆で書かれていた。
「……先輩たちのいた頃ですらできなかった全国制覇だなんて。あの人たちみたいなのが俺らの代にもいれば話は別だけどさ、あのレベルなんか早々いないぜ? 近隣の中学で総合剣術に力入れているとこなんて聞かないしさ」
――だから、新入生を当たっても無駄骨だろ。と、彼我瀬は続けようとしたのだが、その言葉は泡沫の怒声により阻まれる。
「ぬるい! 温すぎる! 天然かけ流しの温泉くらいになりなさいよ桂!」
「意味がわからない怒鳴り方はやめてくれないか」
「そんな考え方じゃ卒業していかれた先輩方に申し訳が立たないでしょ。私は総剣のマネージャーとして、あんたたちは総剣部の部員として、総剣部の栄誉を保つ義務があるの!」
誰が決めたんだその義務は。できればすぐに撤廃してほしいものだ。泡沫の言葉を受け、彼我瀬はそんなことを考える。
彼我瀬桂という男は、現実主義者なのだ。泡沫のように理想的に、ポジティブに、物事をプラスに考えるよりも先に、現状の把握と限界を考えるように、人間ができている。できてしまっている。
「まあ、新入生を入れるってのはいいさ。まだいい。だが、先ほどから何度も何度も言うように、これだけはいただけない」
「なに、文句でもあるの?」
「大ありだってさっきから言ってるだろうが! 何が好きでこんな恰好で新入生勧誘しにいかにゃならんのだ!」
そう言って彼我瀬は自分の着ている服を指す。無論、それは彼が言った通り普通の格好ではない。
――メイド服である。