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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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昔恋していた”不器用”な元親友から連絡が来た。私はもう返事をしない。

作者: はぢてる
掲載日:2026/09/25

短編です。

『ごめんなさい。』


 高校時代のクラスメイト越しに届いたメッセージは、かつての親友から届いたものだった。

 私が着信拒否に設定しているからだろう。

 元同級生に親しい人など私以外にいなかった癖に、随分慣れないことをしたものだ。


『あの時、あんなやり取りが最後になってしまったのが心残りになっています。

ごめんなさい。

また会いたいよ、千佳。』


 メッセージを読み返したり、画面から視線を逸らしたりを繰り返していると背後から声をかけられた。


「何かそわそわしてますね。誰からの連絡だったんです?」


 んー、と私は困ったように眉を八の字にして答える。


「昔、好きだった人、かな」


*****


 藤村香澄と初めて言葉を交わしたのは、高校の入学式から一ヶ月ほど経ったとある日の休み時間だった。


「藤村さん、髪きれいだよね」


 グループ課題でまとめ役をしていた私は、連絡先を交換するべく藤村さんに声をかけた際、授業中視界に入った彼女の後頭部にふとそんな感想を抱いたことを思い出していた。


「ありがとう…えと」

「柳井千佳だよ」

「ご、ごめん…まだクラスの人の名前、全部覚えられてなくて」


 ”不器用そう”な人だなとは以前から思っていた。

 少し気の強そうな切れ長の目に、ぴったり閉じるといつもどこか不満そうに見える口元。

 髪型もショートボブでどこか男の子のよう。


 徐々にクラス内で交友関係が構築されていく中で、孤立しているように見える彼女が以前から気になっていた。お節介と言えばそうだが、なんとなく香澄は自ら好んで一人を選んでいるようには思えなかった。


「ねえ、どうやって手入れしてるの?」


「ええと…シャンプーでわしゃわしゃって…」


 自信なさげにそう言う彼女が話す前より放っておけなくなって、私は香澄とお昼を一緒に食べようと提案したのだった。



「私、小学校の頃は男子と遊ぶことが多かったから、中学で女子校通うようになってから人とどう接して良いのかわからなくなって…」


 以来、私はもっぱら香澄と共に過ごすような仲になった。

 私自身は美術部に所属していたこともあって他にも仲の良い子がいたものの、香澄が私以外の前では言葉少なになってしまうので、一緒にいられる時はほとんど二人きりで過ごしていた。


「千佳、他の子とご飯食べたかったらそうしてもいいんだよ?」

「え?」


 二年のある日、申し訳なさそうな彼女にそう言われたことがある。


「だってほら、私と違って千佳は他にも仲良い友達多いじゃん。この前も美術部の後輩にお昼誘われてなかった?」

「いいのいいの。あの子とは普段部活でも喋る機会あるから」


 その子の誘いを断った代わり、今度部活がある日曜日の帰りにどこかへ寄って食べようという話になったのだが、それは言わなかった。

 この頃既になんとなく香澄抜きで誰かと会うことに何となく申し訳なさを感じるようになっていた。


「あ、それとも香澄たまには別々にご飯食べたいとか?」

「い、いや、そんなことない!私は千佳と…その…千佳しかそういうことする相手、いないから…」


 香澄に友情以上の感情を抱いていたのはいつからだったろう。


 同性の子に恋愛感情を抱いたことについては戸惑ったが、香澄にそういう感情を抱いたことはすんなりと受け入れられた。


 でもそれをはっきりと口にしたことは遂になかった。



 三年間の高校生活はあっという間に過ぎ、私は地元の大学に、香澄は東京の大学にそれぞれ進学することになった。


「三年間一緒にいてくれてありがとう。千佳がいたから私は一人ぼっちにならずに済んだ」


 結局、香澄は高校生活でほとんど友達を作ることはなく、私と過ごしている時間が大半だった。


 香澄が地元を離れる日、私は彼女を見送るため駅のホームに来ていた。

 香澄が涙ぐんだ声を絞り出す。


「私、変わるよ。千佳がいなくても頑張って友達作る。千佳がいなくちゃ何もできない自分を変えてみせる」

「香澄なら大丈夫だよ。私はいつでもここにいるから。香澄のこと想っているから」

「ありがとう。大好き」

「……私も」


 告白に一番近い言葉を口にしたのはあの時だけだった。


 私達は泣いて、抱き締め合って、別れた。


 彼女を乗せた電車が遠ざかっていくのを見ながら、私はずっと胸のあたりが痛かったことに気づいた。



 大学の一年目は毎日のようにスマホでメッセージを交わし、週末には長電話をし、機会があれば必ずどちらかの家に遊びに出かけた。

 二年目、三年目と上がるに連れてお互いの学業生活が忙しくなって以降は、流石に少し交流が減ったものの、私はこの関係がずっと続いていくものだと少しも疑っていなかった。


 何なら香澄と相談して同じか近い場所に就職するということも考えていた。

 そうしたらもっと頻繁に会える。

 同じ部屋を借りるというのもありかもしれない。


 そんな風に考えていた大学三年目の冬のある日。


 あのメッセージが届いた。


*****


『今、同じ大学に通う女の人と付き合ってる』


 年末年始を使って、2人で旅行に出かけようなんて話を私から提案した時のことだった。


 視界だけ下から突き上げられたように大きく揺れた。頭の中が真っ白になる。突然、喉の奥に大きな塊が生じたように感じられ、呼吸さえ一瞬忘れてしまった。


 いつかこんな日がくるのではないかという予感は以前からあった。いつか彼女が誰かと付き合うのではないかという予感が。私達の関係性がはっきりさせられる時が来るという予感が。


 ただ、その時彼女と付き合うことになるのは自分だと思っていた。


『おめでとう!』


 白々しいお祝いの言葉を送りかけ、全部消して、ようやく一言それだけ送った。


 最後につけた『!』にどんな感情が込められているのか、自分でもわからなかった。


 ようやく返信を送ることができた私は、しばらく呆然としてその場から動くことができなかった。


『今、同じ大学に通う女の人と付き合ってる』


 目が画面の文字に吸い付いて離れない。

 女の人、ということは彼女は同性の人と付き合うということだ。

 異性だったらまだマシだったなどというつもりはない。

 しかし、同じ女性として自分より彼女に近い人がいるという事実が受け止めきれない。


 ついさっきまで香澄とどこに行こうかとあれこれ妄想していたのが、今はもう一切想像することができなくなっていた。


 ピン、と再び香澄からのメッセージが来たことを示す音がスマホから発せられた。


『千佳のおかげだよ。千佳がいたから頑張って変われたの。ありがとう、親友!!』


「……何それ」


 視界がぼやけて何も読めなくなった。


*****


『あなたは何も悪くない。


 でも、私が恋だと思っていたこの気持ちがあなたにとっては友情だったということに苛立ってしまう。


 私があなたのことしか考えられなかったのにあなたは他の人間のことを考えられていたという事実が腹立たしい。


 私が唯一無二だと思っていたこの関係性があなたにとっては他の人間と関わる踏み台でしかなかったことが恨めしい。


 感謝とかしないで。ムカつくから。


 勝手に幸せになって。


 できれば私のことなんて忘れてしまって。


 もう二度と連絡してこないで下さい。』


*****


 ピン、ピン、と香澄からのメッセージの着信を伝える音が部屋の中で鳴る。

 私は布団を被ったまま、それを全て無視する。


 取り返しのつかないことをしてしまった。でも後悔はしていない。

 あのメッセージを見た香澄は慌ててここを訪れるだろうか。


 以前は彼女のことを考えると顔がにやけたのに、今はもう何の感慨も湧かなかった。



 いつまで布団の中で過ごしていたのかわからない。

 いつの間にかスマホから発せられる音は止んでいた。


 私はのろのろと布団から這い出ると、そのまま玄関へ向かい、靴を履いてドアを開いた。

 はあっ、と熱っぽく湿った息を大きく吐く。


 私はそれまで自分が『香澄』という部屋に閉じ込められていたのだと気が付いた。

 涼しい風が髪とうなじの間を突き抜けていく。


 ようやく小さな部屋から外に出られたような気がした。


*****


「ああ、あのいつも先輩にべったりだった人ですか」


 香澄との関係について軽く説明すると、陽子は思い出したように軽く頷いた。

 お尻の下に強いていたクッションを握る手にぎゅっと力が入るのが見て取れた。


「香澄は不器用な感じだったから放っておけなかったんだよね」

「ふーん…」


 陽子は高校時代の後輩で、かつて私と同じ美術部に所属していた子だ。

 学生をしつつ同人漫画家として活動を始めていた彼女とは大学構内で偶然再会したのだが、会って早々イベントで出す新刊を落としそうなので手伝ってほしいと泣きつかれた。

 ちょうどその時、香澄との一件があって落ち込んでいた私は、年末年始の旅行の予定もなくなって暇だったので付き合うことにし。


 以来、ずるずるとアシスタントを続けているうちに関係が発展し、今は一緒に暮らす仲だ。


 原稿が終わった直後でちょっと甘えモードに入っているらしい。

 自分から尋ねたとは言え、恋人に元カノの話題を出されて少々不満そうに口を尖らせて何か言いたげにしている。


 私が座ったまま陽子の肩を引いてやると、ころんと上半身を倒して膝の上に頭を乗せた。


「…そういう”不器用”な人ってずるいと思います」


 しばらくすると彼女はぽつりとそう言った。


「どうして?」

「無自覚に人を傷つけるから。不器用な振る舞いで周囲から浮いて…そんな人を放っておけない、先輩みたいな優しい人が現れたらその人にべったりひっついて、無理やり心の繋がりを作るんです」


 多分、キャラクターと見立てて話をしているのだろう。

 陽子は漫画について語る時はいつもより饒舌になる。


「でもやがて自分が別の関係に移行できたら、その優しい人のことなんてあっさり切り捨てちゃう。それも自分では全然切り捨てたなんて思ってなくて、むしろ”この人との関係があったから今の私がある”とか”あの人も今の私を見てきっと喜んでくれるはず”とかって思って。自分で踏みにじった過去を自分で美化するんです」


 そしてキャラクターを分析する時の陽子は的を射たことをいう。


「多分、今になって連絡してきたのもその付き合ってたとかいう人と別れたかなんかで寂しくなって先輩をまた…」


 そこまでひとしきり言うと陽子は不意にはっと言葉を止め、一呼吸置いた後「……ごめんなさい」と付け加えた。

 その様子がとても可愛らしく、思わず口元がほころんでしまう。


 その後しばらく経った年始に香澄と私のメッセージの橋渡しをしてくれた元同級生と話をする機会があったので聞いたのだが、陽子の言う通り香澄は一時期同じ大学の後輩女性と付き合っていたが彼女が就職するタイミングで「やっぱり友達でいましょう」と別れを言い渡されていたらしい。


「そういうけど、不器用なのは陽子ちゃんもだよねー」

「…自覚してます」


 陽子の言う通り、香澄がずるいのかは私にはわからない。

 今でも勝手に構って勝手に勘違いして勝手に怒った私のほうが悪かったのではないかと疑っている部分がある。


 だから今、私は陽子にはちゃんと気持ちを伝えるようにしている。


「そんな陽子のこと大好きだよ」

「私もです」


 いつか、香澄にもそういう人が現れることを。

 私にはそう願うことしか出来ない。


 スマホをタップし、香澄の連絡先が記されたメッセージを消した。

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