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ガキは嫌いだ

作者: 玻璃斗
掲載日:2026/07/20

 ガキは嫌いだ。


 すぐに泣くし、うるさいし、行動が読めない。

 村の子どもを見ていると、つくづくよくあんなものを育てられるなと思う。 


 だから、俺はガキなんかに、一生関わらず生きていくと思っていた。


「………………なんじゃこりゃ」


 なのに、ある日。

 俺がいつも通り水を汲みに森へ行くと、湖のほとりで小さい籠を見つけた。


 何かと思って覗いてみるとそこには白い布に包まれた人間の赤ん坊がいた。


 こんなガキを誰も来ない場所に捨てるなんて酷い奴もいたものだ。


「まぁ、俺には関係ないけどな」


 俺はこの籠を見なかったことにしようとした。

 

「おぎゃ……ぁ!」


 だが、突然、赤ん坊は目覚め、泣き出した。


 耳がキーンとなるような高い声。


 ああ、だからガキは嫌いなんだ。

 こうやって、すぐ泣く。 


「おぎゃあ、おぎゃあ!」


 無視だ、無視。

 この湖は村から離れてはいるが、俺みたいな猟師が猟ついでに寄ったりする。

 別に俺が拾わなくても問題ない。


「おぎゃあ、おぎゃあ!」


 そう問題は——————




 


「………………さて、どうするか」


 森の中にある家に帰った俺は、籠の中で泣き続ける赤ん坊を目の前にため息を漏らした。


 このガキは俺が水汲みをしている間、ずっと泣いていた。

 その泣き声に耐えられなかった俺は、結局、家に連れ帰ることにしたのだ。


「仕方ねぇよな。森の動物もうるさくて困っていたみたいだし、それに熊とかに食われたら目覚め悪いし……」


 俺は誰にしているかわからない言い訳をしつつ、泣きじゃくるガキを見下ろした。


「つーか、何で泣いてんだよ、このガキ。腹でも減ってんのか?」


 俺は包まれていた布を取り、ガキを見回す。

 そして、鼻を摘んだ。

 

「……臭い」


 俺は顔をしかめ、おむつを剥ぐ。


 案の定、このガキはおむつの中で盛大にやらかしていた。 


 ……ジョロジョロ。


 加えて、小さい男の印から俺の顔面に向かって生暖かい液体が発射される。

 大だけでは済まなかったらしい。


「てっめぇ……っ!」


 俺は思わず拳を握る。


 ……が、振り下ろしはしなかった。

 

 何故なら、俺はこいつと違って大人だから。

 おしっこをかけられたぐらいで怒りはしない。


「ふん、俺に拾われたことを感謝するんだな」


 俺はガキの尻を綺麗に拭いてやると新しい布をおむつ代わりに巻いてやる。


「きゃはっ!」


 綺麗になってスッキリしたのか、ガキは満足そうに笑みを浮かべた。


「……しゃあねぇな」 


 こうして寛大な俺はガキの世話をしてやることにしたのだ。






 とはいえガキの世話は大変だった。


「おぎゃあ、おぎゃあ!」

「今度はなんだ!? 飯か? ミルクでもやればいいのか?」

 

 いきなり泣き出すし。


「やっ!」

「ちょっ!? せっかく俺が作った飯を床にぶち撒けるんじゃねぇ!」


 ご飯は好き嫌いするし。


 いつの間にか立って、話し出したと思ったら。


「パパぁ!」

「はぁ!? パパなんてダサい呼び方すんな!」


 ムカつく単語で俺を呼び出した。


「俺の名前はライオネルだ。ライオネル!」

「らー……パパぁ!」

「くそ。話し始めるのはすげー早いくせになんでこんな簡単な単語が言えねぇんだよ。もう一度言うぞ。お前はユン。俺はライオネルだ」


 俺は目の前にいるガキ、ユンと自分を交互に指差す。


 ユンというのはこのガキに俺がつけた名前だ。

 別に情が移ったからではない。


 呼び方がないと不便だっただけだ。


 ユンは自分を指差すと満面の笑みを浮かべる。


「ユン!」

「そうそう、お前はユンだ」


 そして、今度は俺を指差した。

 

「パパっ!」

「あんなぁ……」 


 相変わらず俺をパパと呼ぶユンにため息を漏らす。

 

 一体どこでパパなんて言葉を覚えていたんだ?


 あれか、絵本というものを読み聞かせたのが悪かったのか?

 家族ものもあったからそこから覚えたのか?


 それとも食材を買いに行く時、村へユンを連れて行ったのがまずかったのか?

 あそこの子どもは父親のことをパパと呼ぶ奴が多いし。


「まぁ、こいつは成長が早いからすぐに名前ぐらい覚えるだろう。ほら、ユン。ご飯だ。今日は俺が庭で育てたニンジンを出してやる。大好きな鹿の肉を食べたかったら野菜も好き嫌いせずちゃんと食べろよな」

「やっ!」

「やっじゃねえよ!」






 こうしてなんだかんだあったが、数年後。

 俺の予想通り、ユンは急速に成長し、パパという呼び方はしなくなった。


「父さん」


 だが、生意気にはなっていった。


「もう、高い所の荷物は僕が取るって言ってるじゃない。無理しないでよ」

「はぁ? 台乗れば取れるし、お前に頼らなくても大丈夫だっつーの。むしろ力が弱いお前が取る方が危ねえだろうが」


 ここ数年でユンは図体だけは大きくなり、俺の身長を超えてしまった。

 だからか、何かと背の低い俺の世話を焼きたがった。


「父さん。僕はもう何もできない子どもじゃないよ。そんなに過保護にならなくても」

「ふん、好きな女に声もかけられないガキのくせに何言ってんだか」

「話を逸らさないでよ! てか、どうしてそんなこと知って……!」

「そりゃあ、普段は誰とも話せるくせに、村のパン屋の娘にだけあんなしどろもどろになっていれば嫌でもわかるっつーの。ガキのくせに色気づきやがって。子どもじゃねっていうならデートの一つや二つ、誘ってみろっていうの!」

「………………っ!」


 ユンは顔を真っ赤にさせ、パクパクと口を開いたり閉じたりしていた。

 

 この程度で動揺するとは、やっぱりまだまだガキだな。


「しゃあねぇな。この俺が、人生の先輩として助言してやるよ」

「助言……? 」

「そうだ、お前はパン屋の娘の気を引きたいんだろ? だったら土産を渡しまくるんだよ。例えば、ほら、最近はお前も猟についてくるだろ! そこで獲った鹿肉をプレゼントするんだよ。きっと喜ぶぜ!」

「…………なんか父さんが結婚できない理由がわかった気がするよ」

「なんだとてめぇ!」

 

 しかし、恋愛か。

 つまりユンもあと数十年したら大人になるのかと思うとなんだか考え深い。


 まぁ、まだまだ先の長い話ではあるがな。


 俺は頬を赤らめ頭を抱えるユンを見て、鼻を鳴らした。






「おい。ユン。大丈夫か?」


 そんなある日、ユンの様子がおかしかった。


 俺はそこそこユンが大きくなってから、よくユンと共に森へ狩りに行っていた。

 ユンは力はないが、手先は器用なので罠を張ったりして狩りの役に立っていた。


 だが、ここ最近、ユンは体調が悪いから一緒にいけないと断ることが多くなっていたのだ。 

 

「父さん。ごめんね。身体が思うように動かなくて……」

「また風邪かよ? 全く、最近引いてばっかりだな。薬はちゃんと飲んでんのか?」

「うん……」


 全く、まだまだ若いというのに、風邪ごときでここまで長引くとは。

 この村の医者はヤブじゃないのか?

  

 先代め。

 まだ若いのに、もっと若造の息子にあとを継がせたのは早計な判断だっただろ。


「まぁ、気にすんな。ユン。すぐに元気になるさ」


 俺はベッドの上で咳き込むユンの肩を叩いた。


 なんてったって。

 

「お前はまだ、80年ほどしか生きちゃいない若造だしな」 

「………………そうだね」


 ユンは少し悲しげに笑うと、おぼつかない足取りで玄関まで俺を送ってくれた。


「父さん」


 ユンは俺を抱きしめた。


「なんだよ。急に?」

「……今までありがとう」


 普段は抱きついたりしないのに。

 ユンの腕は弱々しく、今にも折れてしまいそうだった。


 風邪なんかで心細くなるとは、やっぱりまだガキだな。


「仕方ねぇ、猟で鹿を捕ったら土産に持ってきてやるよ。お前やお前の娘や孫達も、昔から鹿のローストが好きだからな」


 そうユンに告げると、俺は山へと向かった。

 





 だが、その日の夕方。

 鹿を背負い村へ戻ると、妙に村人達が静かだった。


「おじいちゃん……」

 

 そして、ユンの家を訪れると、ユンの娘から、ユンが死んだと告げられた。

 

 俺は医者へ怒鳴り込んだ。

 どうして風邪ぐらいで、あいつが死なないといけないんだ、と。 

 

「風邪ではありません。寿命ですよ!」

「寿命だって!? 何言ってんだ、いくら何でも若すぎるだろ!」

「ですから人間の寿命はこの国では65歳前後です。80過ぎも生きればかなり長生きしましたよ」

「65…….!?」 

「我々人間は500年前後生きるドワーフのあなたとは寿命が違うのですよ」

 

 知らなかった。

 昔から村の顔ぶれが訪れる度によく変わるなとは思っていたが、人間がこれほど短いなんて………………






「ひいじぃちゃん!」


 呆然として病院を出た俺は、大声で呼び止められた。


 振り向くとユンの孫娘がいた。 


「リコ……お前、数十年前まであんなに小さかったのに大きくなったな」

「いつの話してるのよ! 相変わらずひいじいちゃんは時間感覚と人の年齢を見る目が狂ってるわね!」


 リコは怒りながら俺に駆け寄ってきた。


 すると、ふとリコの腕の中にいた小さな赤ん坊が目に入った。


「誰だよ、そいつ」

「私の子供よ」 

「子ども!? お前、まだ結婚して3年も経ってねぇ、27歳だろ!」

「早くないわよ! むしろ子どもができなくてせっつかれてたぐらいでしょ!」


 27歳で産むってかなり早くないか?

 いや、寿命が65歳ぐらいなら当たり前なのか?


 他種族って判断つかなすぎだろ。


 俺が困惑していると。


「もう、村には来ないの?」


 リコは心配げに俺を見た。


 俺はパン屋の娘と結婚し、村に移り住んだユンの元へ時々通ってはいたが、ユン達には常々。

 ユンを拾った責任のために顔を見せているだけと言っていた。

 

 だから、ユンが、死ねば俺達の繋がりはなくなる。

 だって、いくらリコ達からひいじいちゃんと呼ばれたとしても、俺とユンの子孫に血の繋がりはないんだから。


 むしろ清々するぐらいだ。

 だって俺は。

 

「お前らに言ったことなかったかもしれねぇが……」 


 ガキが嫌いだ。


 すぐに泣くし、うるさいし、行動が読めない。 


 だから、これからも関わるなんて真っ平ごめん。 

 つい最近までそう思っていた。


「きゃはっ!」


 俺のひいひい孫と言われたガキは俺の顔を見るなり、笑みを浮かべた。 

 その顔は、ユンにそっくりだった。

  


「………………まぁ、顔見せるぐらいならこれからも付き合ってやるよ」


 俺は赤ん坊の頭をそっと撫でる。 



 

 ガキは嫌いだ。

 

 ……そう言い張るのが無理なぐらい、俺はこいつらと過ごす時間を気に入ってしまっていたらしい。


小説にしかできない表現をしてみようと思い、書きました。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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