審美眼を持つリヒトくん
ボクの友、リヒトくん曰く。
「審美眼のある僕には現代は辛い時代だ」
らしい。
リヒトくん家は特段お金持ちでも何でもない、ごく普通なのだけど、時折こんな事を言う。確かにオヤツは日本産……特に北海道バターやミルクを使った上等なものが出てくる。美味しい。
リヒトくんには不満がたくさんあるらしい。ボクは黙って聞いていた。
「音楽も、小説も、漫画も。昔に比べて中身がないんだよね。ま。庶民も参加できる市場になったってことかな。僕はプロのつくった物しか認めてないけどね」
「そうなんだぁ」
リヒトくんは確かに昔はアニメや漫画などを好んで観ていた。でも、最近は動画サイトでショート動画ばかり観るようになったと言う。
(リヒトくん、ドパガキになっちゃった!)
リヒトくんは、最近のコンテンツが全般的につまらなくなったと言う。どうやら、制作費用や広告費が嵩んで、クリエイターが本当につくりたい作品がつくれないらしい。
結果としてテンプレだらけ。
手垢のついた創作物だらけで、市場は回っているらしい。
「リヒトくんは物知りだなぁ。趣味がないボクにいろんな事を教えてくれるや」
「ユウヤは流行ってるって聞いたら何となく消費するからな。悪い癖だぞ。広告に騙されるな」
「うん。気をつけるよ」
リヒトくんは腕を組みながら、通りがかった女子を見た。細くて可愛い今時のアイドル顔の子だった。
何か不満がありそうなリヒトくんは、女の子に聴こえるか聴こえないくらいの声で、
「はぁ。痩せてれば良いってのも安っぽい……」
そう言った。女の子は聴こえていたのかリヒトくんとボクを睨んで「キモっ!」と言ってその場を去った。
ボクは何も言ってないのに。
「リヒトくん。失礼だよ」
「僕は本当のことを言ったんだ。女性というものは容姿だけですべてが決まるという風潮はおかしい。ルッキズムも安っぽい思想だね」
「あの子なりに努力してるんじゃないかなぁ」
リヒトくんが頬を膨らましてしばらく黙った。うーん、厄介なことにはしたくない。
話題を変えよう。
「ねぇ。リヒトくんの審美眼で、今の時代で一番良いものを教えてよ」
そう言うと、難しそうな顔をして、
「うーん。今時どれだけの良いものが残ってるか……食べ物は頑張っている。でも、創作や芸術は、パトロンが沸く程の人は現代では居ないと思うよ」
と答えた。
パトロンの意味を知らないと言ったら、貴族の説明をされた。よく分からないから耳半分で聞いて、受け流していた。要は技術やセンスを買って投資してくれる人のこと……だろう。
リヒトくんは、どこか遠くを眺めるように空を仰ぎ見て言った。
「粋な資産家が居ないのも芸術が後退した理由だと思うね。みんな保守的な金の使い方をする」
と。
どこか物憂げな顔で言った。こんなにも現代を否定するリヒトくんだから、人が離れていくのだろう。その証拠にリヒトくんはボク以外の友達がいない。
不思議と、現代に不満を垂れているリヒトくんの話を聞くのが苦にならなかった。特別好きでもないけど。リヒトくんは不満を言ってる時が一番楽しそうな表情をするから。
(そういう人生の愉しみ方もあるのかぁ)
なんて思っていたら、突風でボクたちの黄色い鍔付きの帽子が飛ばされた。
拾ってくれたおじいさんにお礼を言う。
「この帽子、◯◯小学校の子だね。気を付けて帰りなさい」
リヒトくんは、おじいさんをジッと見つめて緊張したようにお辞儀をして立ち去る。後を追いかけたら、
「ふん……安っぽい声掛けだ」
小さな声でそんな事を言うものだから、おかしくなって笑ってしまった。
まだ小学6年生のボクたちは、現代も過去も正直よく知らない。未来のことだってよく分かってない。
でも、リヒトくんの様に正解や不正解を探して生きるのも面白いのかなぁと、思ったりもした。
◇
あ、そうそう。
中学に上がると、嫌味たっぷりだったリヒトくんは再びアニメや漫画などにハマった。
嬉しかったのは、ボクが流行りもので買った漫画にハマったとき。リヒトくんが、
「いいセンスしてんなー! それのアニメ化してるのめちゃくちゃ面白いぞ!」
と勧めてくれたこと。
そして、
「お前と友達で、ガチで良かったわ!」
そう褒めてくれたことだ。
「審美眼は衰えてないようだね、リヒトくん」
ボクの言葉にリヒトくんは、
「ああ。これから文明は巻き返すんだぜ! 僕らの時代だぁ〜!」
生き生きした顔で新作アニメを観ていた……そういうことじゃないんだけどな。
でも【ボクらの時代】きっとリヒトくんは、これを求めてたのだろう。
(見つかってよかったね、リヒトくん)




