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ビスクドール

作者: 林代音臣
掲載日:2026/03/06

︎︎ あの日は貴方の、確か……10歳のお誕生日だったのよね。

 もっと幼い頃から綺麗なものに興味津々だった貴方は、おばあちゃんの家に飾られていた私……ビスクドールを、何年も前からずーっと欲しがっていたのよね。

 それで、そんなに欲しいならって。大切にするのよって。

 まだ小さかった貴方の腕に優しく優しく包まれて、長い道のりを車に揺られて。

 私は貴方の部屋の棚の中……その時の貴方の背丈で、一番よく見える高さに飾られたのよね。


 それからしばらくは、貴方はもう私に夢中で。

 何処かに出かける時は必ず、私にいってきますって。帰ってきたらただいまって。

 いつも私のことが見ていたくて、宿題をするときも遊ぶ時も、わざわざ小さな机を担いで動かして、私の前でやってくれたわね。

 繊細だからあまり触っちゃダメよって、お母さんに注意されてたけど……我慢できなくて、こっそり棚から取り出しては、やわらかい布でふわふわと……ほとんど見えないくらいしかついてないほこりを、私の頭から払ってくれたっけ。

 そして、誰かに見られてないかキョロキョロ辺りを見回してから……そっと、私を抱きしめてくれたっけ。


 それから半年経って。貴方は机を動かして来なくなった。


 また半年経って。私のほこりを払ってくれていたやわらかい布には、ほこりが積もっていた。


 たくさん経って。今日は貴方の通り過ぎる横顔じゃない、正面からの顔を久しぶりに見た。


 たくさんたくさん経って。私の周りには、ガチャガチャというもので手に入れたらしいフィギュアと言うものが、所狭しと並べられた。


 たくさん、たくさんたくさん経って。

 ついに私の置かれた棚の高さからは、貴方の顔が見えなくなった。



 ……どのくらい経ったかな。

 久しぶりに貴方の手が、私の体を抱えたの。

 あの頃より随分、手が大きくなったわね。顔が大人びたわね。

 どうやら私の周りのフィギュアを整理するために私を取り出したみたい。

 …やっぱり私を、気にかけてくれたわけじゃ無いのね。

 だって私を見ていないもの。


 硬い体の力を何とか振り絞って……私はほんの少しだけ、体をずらした。

 バランスが崩れて、貴方の手の中からするりと抜けて……私は、そのまま床に落っこちた。

 顔や腕がパキリと割れて、破片が飛び散った。

 貴方はすぐに屈んで……呆然と、バラバラになった私を見つめた。


 貴方に見つめられるのが好きだった。

 貴方に優しくお手入れされるのが好きだった。

 貴方にそっと……抱きしめてもらうのが好きだった。

 そんな時間がもう訪れないとわかっていながら……あの棚の中で座っていることは、私には耐えられなかった。


 驚いた。貴方そんなに…声が漏れるほどボロボロ泣いて。

 私が大切だったのね。でも


 ……それって何番目に?


 きっと、貴方の両手と両足…全部の指を合わせたって、その中に私は入っていないでしょ?

 棚の前を通っても、見向きもしなかったじゃない。

 取り出してやわらかい布でお手入れなんて……もう何年もしてないじゃない。

 ……そっと抱きしめてなんて……きっと、もうしてくれる予定なんて無かったじゃない。


 それなのにいざ壊れたら……大切だったのにって泣くのね。

 いくつもいくつも大切なものがあるくせに。

 昨日まで忘れてたくせに。

 ……それなら1秒だけでも、思い出して抱きしめてくれたら良かったじゃない。


 貴方ってとっても、自分勝手で贅沢ね。



 ビスクドールが置かれていた棚には、ビスクドールの割れたパーツが入れられた小さな袋と、身につけていた煌びやかな服や靴、帽子が並べられました。

 最初こそ気にかけていたものの……貴方がそれを取り出してお手入れして、そっと抱きしめることは、やっぱりもう二度とありませんでした。

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