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金継ぎの器

作者: 網笠せい

 仕事を辞めてしまった。

 忙しすぎて、自分には合っていない仕事だった。

 大変なことが重なるときは重なるというけれど、あまりにもいちどきに色々と起き過ぎた。離婚した元夫があちこちに私の悪評を撒き散らし、それを信じた人たちに責められて、私は「自分の人生って、いったい何のためにあるのだろうな」と、嫌になってしまった。信頼関係があっけなく崩れていくのを目の当たりにした。


 結構無理して笑ってたんだけどな、心配かけたくないから──。


 台所の流しでお茶碗の汚れを洗い流しながら、私はぼんやりと考えた。蛇口から流れる水の音が、やけに大きく聞こえる。

 お茶碗にだって、盛れる量が決まっている。私の精神は、自分が抱えられる以上の痛みや苦しみを押し付けられつづけて、限界に達したのだろう。

 それでもなんとか自分をなだめてきたけれど、あるとき「ふざけんなよ」と仕事を辞めたのだった。


「あっ」


 お茶碗の割れる音がする。うっかり手を滑らせてしまった。


 ──このお茶碗、気に入っていたのに。


 捨てるには忍びない。割れたお茶碗の破片を集めて、私は金継ぎをすることにした。

 金継ぎというのは、割れたお皿やお茶碗を漆でくっつけて、金粉をまぶす修繕方法だ。聞いたことはあったけれど、元々あまりお皿を割らないから、試してみたことはなかった。

 仕事を辞めて、幸い時間もある。私はネットで検索して、金継ぎに使う道具を調べた。道具のいくつかは手元にあるもので足りた。

 接着剤を使って、割れたお茶碗をくっつける。やすりをかけて凹凸を減らしたあと、漆を薄く塗っていく。しばらくこのまま時間をおくそうだ。金粉は家になかったから、注文した。

 届いてから、金粉をまぶす。

 初めての金継ぎにしては、まあまあうまくできたんじゃないだろうか。

 見慣れたお茶碗に、金色の線が入っている。また使えるなんて不思議だなと、私は金継ぎをしたお茶碗をまじまじとながめた。


「精神も、こんなふうに治ればいいのにね」

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