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アラフィフ女の入院日記  作者: 橘 塔子
シーズン2
8/13

タマ子ちゃんと仲良くしよう。

この作品の大筋はノンフィクションですが、個人の特定を避けるため一部に脚色・創作を加えています。

 6月15日の午後、私は再び同じ病院に入院した。

 病院までは夫が車で送ってくれた。

 日曜日なので、正面玄関は閉まっている。建物の裏側にある時間外窓口から入るように言われていた。すぐ隣には救急車の搬入口。以前に搬送された時はここから入ったのだろう。

 

 前回はとにかく突然のことで、何が何だか分からないまま入院となった。だが今回は日取りが決まってから二週間ほど猶予があった。確定ではないものの、入院期間の目安もある。前回の経験を活かして、いろいろと準備を調えてきた。

 まずは、家を出る前に風呂に入ってきた。手術が終わったら、しばらくはシャワーを浴びられない。特に頭が洗えないのはストレスなので、できるだけきれいな状態で始めたかった。

 そして、どうせ落とさなければならないので、初めからノーメイクで望む。院内ではマスクで顔半分が隠れている。気にするこたぁないのである。

 

 時間外窓口には意外と人がいた。私と同じように入院の手続きをしている人もいれば、急患とその付き添いらしき人も。病気や怪我はカレンダー関係ないものな。

 夫とはここでお別れだった。今回は予想される宿泊回数分、着替えの下着を持参している。入院期間が延びない限り、追加の着替えを持ってきてもらう必要はなさそうだ。

 忘れずにゴミを出してね、葉を付け始めたアボカドに水を遣ってね、と念を押す私を、夫はエレベーターの所まで見送ってくれた。ちょっと遠距離恋愛中の気持ちを思い出した。


 さて、今回お世話になるのは外科病棟である。

 とはいえ、どこの病棟もだいたい作りが一緒なので、迷うことはなさそうだった。


 ナースステーションで身長体重を計測して、あの懐かしのバーコード付きリストバンドを装着され、それから病室に案内された。

 四人部屋だが、その時点で患者は私一人らしかった。ラッキー!

 まずは病室の設備や入院中の注意事項についての説明を受ける。前回、このパートが省略されていたので何かと不便だった。既知の内容がほとんどだったが、大人しく聞いておいた。

 ちなみに担当してくれたのは若葉マークをつけた新人看護師さんだった。以前のボクよりはしっかりして見えた。


「こちら、退院までの流れです。明日の朝手術をして、順調に回復すれば土曜日の退院になります」


 手術の前日から、当日、そして術後数日までの管理を示したフローチャートを渡された。当日の朝に点滴を初めること、術後は一日程度安静が必要なこと、その後は徐々に体を動かしていくことなどがイラストつきで書かれている。

 食事は翌日の昼から、シャワーは点滴が取れたらか……ふむふむ。


「手術前に、着圧ストッキングを履いていただきます。術後に血栓ができるのを防ぐためですね。サイズがあるので、脹脛(ふくらはぎ)の周りを計らせてもらいますね」


 ほう、そんなものが。確かに、先生からの事前説明でも血栓のリスク云々があったな。

 看護師さんは手早く私の両脚の太さを測った。私はMサイズらしい。こんなダイコン脚なのにM!? と思ったが、男女兼用のMサイズだから、まあそんなところか……。


「それから、後ほどお(へそ)のお掃除に伺いますね」

「お臍の?」

「お臍からメスを入れるので、事前にきれいにしておく必要があるんです」


 ベッド脇にはお馴染みのパジャマとアメニティセットが準備されていた。看護師さんが出て行くと、私はさっさとパジャマに着替えて、荷物を棚に片づけた。一気に入院患者っぽくなる。

 入院前にお風呂に入ってくることだけではなく、前回の経験から持ち物に関しても改善を試みた。

 まず履き物。スニーカーではなく、履き口の広いフラットシューズにした。

 それから着替えの種類。ブラジャーとソックスは結局使わなかったため、省略。

 スキンケア関係では、アメニティセットの中の洗顔フォームが肌に合わなかったので、いつも使っているものを持参した。化粧水と乳液は、旅行用サイズの小瓶にした。そしてヘアターバン。これ、ないと地味に不便だ。

 最後に、有り余る時間対策に本を持ち込んだ。ちょっと気になっていたミステリーの文庫を三冊。軽く読めそうなものにしておいた。


 収納が終わって、スマホの充電ケーブルをセットしているところへ、看護師さんがやってきた。さっきの人とは別の人だ。


「突然すみません。(たちばな)さんにご協力をお願いしたいことがありまして……少々よろしいでしょうか?」


 丁寧な口調で言われたので、私もベッドに座ったまま居住まいを正した。


「実は今、県内の○○医療専門学校の学生がこちらの病院で実習を行っています。その学生の一人に、橘さんの担当をさせていただけたらと思いまして」


 現在三年生の学生さんの現場実習なのだそうだ。各診療科に分かれて、それぞれ患者さんのケアを勉強しているとのこと。その一人を私につけさせてほしいということか。


「もちろん学生ですから医療行為は行いません。検温や血圧測定をしたり、身の回りのお手伝いをさせます。患者様に失礼のないようしっかりと指導はしているつもりですが、不安であればお断りいただいて構いません。いかがでしょうか……?」

「いいですよ」


 私は快諾した。仕事で新入社員研修を担当しているせいか、頑張っている若者は応援したかった。それと単純に、何かちょっと面白そうと感じた。

 その場で『臨地実習同意書』にサインをした。何かと書き物の機会が多いのは分かっていたので、今回はペンを持参している。


 入院関係の書類はデジタル化しないのかなあ、と最初うんざりしていた私だったが、冷静に考えてみると体調不良時にタブレット操作は酷だ。このアプリをダウンロードしてぇ、IDを作ってぇ、ログインしてぇ……なんて手順、あの腹痛を抱えながらできるもんか。

 やはり紙の視認性の高さは侮れない。




 お臍をオリーブオイルでぐりぐりと掃除された後に、看護実習の学生さんが挨拶に来た。

 白いスクラブに『実習生』のプレートをつけた、溌剌とした印象の女の子だった。看護師のタマゴなのでタマ子ちゃんと呼ぶことにする。


「実習はいつまでなの?」

「今日からちょうど一週間です。退院までお世話させていただきます」


 先月から臨地実習でいろいろな病院をまわっており、この病院が終わった後もさらに数週間続くのだそうだ。そして年明けに国家試験。合格すれば晴れて看護師になれるというわけだ。

 年齢は二十歳だという。うわぁ……私、彼女の親よりも年上かもしれない。


 さっそく血圧を測ってもらうことになった。

 普段はデジタル血圧計で脈拍まで自動で計測するのだが、


「学生なのでこれを使います!」


 タマ子ちゃんは懐中時計を取り出し、私の手首を取って脈を数えた。血圧計は、懐かしいゴム球つきのタイプだ。手動でシュコシュコと空気を送るやつ。

 プロの看護師さんの手際に比べると当然拙いが、アナログ機材で一生懸命に計測する姿は微笑ましかった。

 とはいえ、一点だけどうしても心配なことがあった。


「実習中に、注射とか点滴とかもやるんですか?」

「いえ、それは資格がないとできないんですよ。学校では模型を使って練習してます」


 失礼ながら、私は胸を撫で下ろした。新人ナース君のやらかしで、私の右腕にはまだ青痣が残っている。

 でもそれなら、なおのこと新人のうちの注射は緊張するだろう。生身の人間の血管は、模型とは全然違うだろうし。


「明日の手術は朝の九時からです。何かご不安なことはありますか?」

「そうですね……手術は初めてなので、どのくらいで回復するのかちょっと気になります」

「やっぱりメスが入るのは怖いですよね。麻酔も初めてですか?」


 患者とのコミュニケーションも勉強のうちなのか、タマ子ちゃんは私からあれこれと聞き取り、メモを取っている。うちの新入社員を見ているようで「頑張れ!」と励ましたくなる子だ。


 その後落ち着いてから、自分がどうして実習生の担当患者に選ばれたのか考えてみた。

 ひとつには、実習期間と入院期間がほぼ重なっていたからだろう。

 それから、極端に重症ではないこと。生死の瀬戸際をさまよっているような患者には、さすがに学生はつけられないはず。

 あとは――うん、私が善良で常識的な患者だからだな。

 気難しい患者を担当するのも勉強になるだろうが、いちいちクレームをつけられたら病院側だって困る。あの人なら快く学生を受け入れてくれると信用されているのだ。

 まあ、いいことだと思うことにしよう。




 その日は病棟を歩き回ったり、テレビを見たり、本を読んだりして過ごした。手術に備えるだけだから、基本的に家でいるのと同じだ。

 夕食は普通食で、美味しくいただいた。この消化が私の胆嚢にとって最後のお勤めだと思うと、感慨深い。もう少しでお別れだ。


 いよいよ明日は手術。もうなるようになれの心境で、二十一時の消灯後、私はすぐに眠りに落ちた。

【今回の学び】

実習生がついてくれるのは名誉なこと(?)。



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