手術の日を決めよう。
この作品の大筋はノンフィクションですが、個人の特定を避けるため一部に脚色・創作を加えています。
2025年6月3日、退院の翌日、私は再び病院を訪れた。
今回お世話になるのは外科である。治療対象が内臓であっても、お腹を切るのは外科の役目なんだなあと今さらながら納得する。
そう、ついにお腹を切ることにした。
前回の入院で胆管に詰まっていた石を取り除いたものの、胆嚢は相変わらず石でいっぱいだ。またいつ外に流れ出すか分からないし、炎症を引き起こすかもしれない。全部の胆石を薬で溶かすのは現実的ではないため、これを機に胆嚢そのものを摘出することに決めた。
胆嚢は肝臓で作られた胆汁を溜めて濃縮する器官だ。これがなくなると胆汁が十二指腸に直放流になる。消化機能が弱まる恐れはあるものの、ほぼ日常生活に支障は出ない――とされている。
平日にも拘わらず病院の外来は混んでいた。地域医療の中核をなす総合病院なので致し方ない。
電車とバスを乗り継いで来院した私は、予約の時間に外科の受付に向かった。
腹を切るとは言ったが、内科の担当医の説明によると、胆嚢摘出はたいていの場合は腹腔鏡手術で行われるらしい。腹部をパカッと開ける開腹方式ではなく、小さな穴を開けて器具を入れるやり方。傷が小さくて済むので、回復も早い。
『パカッ』じゃないぶん気は楽だ。とはいえ体に傷をつけるのは、ピアスすら開けていない私にとっては不安が拭えない。
ちなみに、私が外科手術を受けると言ったら、夫はめちゃくちゃネット検索をしていた。予備知識をつけるとかえって怖くなる私は、その隣で退院祝いに夫が買ってくれたメロンを食べていた。
外科の担当医は、内科から回ってきた私のデータを見ながら、
「ステントが残置してるんだね、はいはい……」
と、A4の紙に内臓の絵を描き始めた。内科の先生もそうだったが、ドクターはみんな絵が上手い……というか分かりやすい。
「ここと、ここと、ここらへんに三つ穴を開けて鉗子を入れます。内視鏡はお臍のところを切らせてもらって、こう入れて……胆管のこの部分を切り離します」
へそを切るのか!
「MRIの画像を見る限り大丈夫だとは思うけど、胆嚢が腫れてたり、女性の場合だと子宮と癒着してたり……そうなると腹腔鏡では無理です」
「それは、事前にCTとか撮って調べるんですか?」
「いや、穴を開けてみて、腫れていたらその場で開腹に切り替えます」
とりあえずやってみるのか!
「分かりました。お願いします」
「で……日取りはいつにしますか?」
先生はスケジュール帳をペラペラ捲った。PCを前にして、予定管理に関してはアナログ派だ。
「腹腔鏡手術は毎週月曜日の午前中なので……来週はどう?」
来週とな!? 私も慌てて手帳を取り出した。
ステントの残置期限が二ヶ月程度と聞いていたので、まあ七月中にやればいいやとのんびり構えていたのだ。
「来週の月曜はちょっと仕事休めなくて……来月でも全然いいんですけど」
「ステント残ってるんでしょ。早めの方がいいと思いますよ。じゃあ再来週は?」
「……はい、再来週で」
てなわけで、手術日は6月16日に決まった。
「入院期間はどのくらいになりますか?」
「日曜日の午後に入ってもらって、月曜の午前中に手術して、順調に回復すればその週の土曜に退院できます。早く出たいって人は金曜に許可出すこともあるけど」
予想よりも短い。あくまで腹腔鏡手術で済めば、ということだろう。
今日のうちに入院の申込手続きをするのかと思っていたら、もう一度家族同伴で来てくださいと言われた。手術について説明する必要があるからだそうだ。
その日は採血をして、胆石を溶かす効果のある『ウルソデオキシコール酸』を手術日までの二週間分処方された。
考えていたより速いピッチでスケジュールが決まってしまった。まだ少し気持ちがついていかないが、ともかく予定が確定したのでホッとした。
さて、前回の経験を活かして入院の準備をしよう。
翌日九日ぶりに出勤したら、痩せたねーと言われた。
あんなに絶食したんだから当たり前……と言いたいところだが、実は二キロくらいしか体重は減っていない。顔まわりのお肉が集中的に落ちたのかもしれない。
次の入院のために休みを申請して、あたりのあるスケジュールを調整し、業務の代替を同僚や後輩にお願いした。
「俺の同級生にも胆嚢取ってる奴いるけど、もうぜんっぜん普通に酒飲んでるよ! 平気へーき!」
と、脳天気に励ましてくれる上司がいる一方で、
「私の親戚で胆嚢の手術した人は、それ以来体力が落ちちゃって……橘さんも気をつけてくださいね」
と、悪気なく(あるのかも?)不安にさせてくれる後輩もいた。
溜まっていた仕事を片づけるため初日から残業をしたが、意外と疲労は感じなかった。体力はそこそこ戻っているようだ。
翌週の同じく火曜日、夫には午前休を取ってもらって、一緒に外科外来に赴いた。
先生はまたもや絵を描きながら、私に話した内容を夫にも伝えて、手術に関する様々なリスクを説明してくれた。
この血管を間違えて傷つけると超ヤバイ、という話を聞いた時は二人で震え上がった。そうはならないと先生の腕を信じるしかない。
「手術が終わったら私から旦那さんに連絡を入れます。電話を取れるようにしておいてくださいね」
そう言われて、几帳面な夫はスマホにスケジュール登録していた。
その後、入院の諸手続にけっこう時間を取られた。
問診やら申込書やら承諾書やら、書き物がたくさん……前回はこれを夫が代筆してくれたのだと思うと、今さらながら申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そのかわり、今回は入院生活の注意事項や病院施設の説明をちゃんと聞くことができた。二回目だからほとんど知ってますが。
全身麻酔を使用する手術になるため、麻酔科の受診も必要だった。当然ながら全身麻酔なんて初めてである。歯医者の麻酔くらいしか知らない。
「全身麻酔をかけると呼吸が止まります」
ひえっ。
「なので、人工呼吸器を使います。こういう管を気管に通すんです」
先生はチューブの実物を見せてくれた。医療ドラマで「挿管します!」て患者の口に入れてるやつだ! まあまあ太い。庭用のホースくらいあるんじゃなかろうか。
いくら意識がないとはいえ、苦しそうだなあ……早くも喉のあたりが詰まるようだった。
最後は口腔外科だった。
グラグラしている歯がないか、チェックされる。さっきのチューブを喉に通す際に、歯が抜けてしまう危険性があるらしい。
幸い、私は四ヶ月ごとに歯科の定期検診を受けている。歯並びはあまり良くないが、歯と歯茎の状態に問題はなかった。入れ歯や差し歯もない。もし危なそうな歯があったら、マウスピースを作らなければならないところだった。
全部終わるのに午前中いっぱいかかった。やはり内視鏡で石を取るよりは大事なんだなあと思い知る。
しかし私は、ついこの間、この病院を退院したばかり。初回ほどの不安はなかった。手術だって一時間程度で終わるというし、ずっと眠っているわけだし、大したことはないはず。
――と、その時の私は若干舐めてかかっていた。
【今回の学び】
外科手術には事前の承諾書が多い。
歯の健康は大事。




