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内視鏡、再び

この作品の大筋はノンフィクションですが、個人の特定を避けるため一部に脚色・創作を加えています。

 退院の時点で、私の腹の中にはまだ残留物があった。初回の入院で石を取り除いた時、胆管に入れたステント――プラスチックの管である。

 胆汁の流れを良くし、石が詰まるのを防ぐための器具で、胆嚢摘出手術の際にも石が外に流れ出すといけないので、そのまま残されていた。腹腔鏡手術が終わり、外来受診で抜去する予定だった。


 ちなみにこの『抜去』という単語、これまで聞く機会があまりなかったが、医療関係の方がよく使っているので気に入ってしまった。バッキョバッキョ。


 てっきり、退院後すぐにスポンと取ってくれるものと思っていたら、そう簡単な話ではなかった。


 退院後一回目の受診では、炎症が起きていないか調べるための血液検査。

 この時に、摘出した胆嚢の画像を見せてもらえた。切り開かれて内側を晒した胆嚢は、何だか古びた巾着袋みたいなビジュアルだった。焼肉屋のメニューで見たことがあるぞ。思わず診察室のパソコン画面を撮影したくなったが、さすがに自重した。

 組織検査をしたところ悪性のものは見つからなかったとのことで、ひとまず安堵した。


 二回目は、またもやMRI。取りこぼした石が胆管に残っていないか確認するためだという。

 胆嚢の跡地の血管が金属製のクリップで留められており、非磁性だから大丈夫だと聞かされてはいても、万一発熱したらどうしようとヒヤヒヤした。

 検査後、ようやくステント抜去の日取りを決めて、三回目の外来受診で処置を受けることになった。


 私の仕事の都合もあり、結局八月に入ってしまった。以前に内科の先生に訊いたところ、プラスチック製のステントの使用期限は一般的に二ヶ月程度とのこと。入れたのが五月末だから、耐用期間ちょうどくらいか。

 入れた時と同じく、内視鏡を口から入れて引っこ抜く。管のどの部分に何を引っかけて抜くのか想像もつかない。


 二回目の外来受診で外科の担当医から処置の説明を受け、承諾書に署名をした後に気づいたのだが、今回は鎮静剤は使わないらしい。前回のように器具を使って結石を掻き出すような作業がないため、十分程度で終わるそうだ。

 以前にも書いた通り、人間ドックでも内視鏡検査を受診した経験のない私は少々不安であったが、まあそんなものかなと納得した。前みたいにゴリゴリやられることはないみたいだし……。

 アラフィフ女たるもの、内視鏡の一つや二つ、余裕で飲めるようにならないとな!




 さて当日。

 昼食抜きの空きっ腹を抱えて、病院へ行く。予約した時間に内視鏡センターに赴くと、検査前にまずは問診を受けた。

 

 問診のスペースはオープンになっていて、廊下を挟んで検査室が三、四部屋並んでいる。扉が開いている部屋を覗くと、ベッド脇にはモニター付きの検査器具が設置されていた。前回の手術の際はもっとゴテゴテした機材に囲まれていた気がするので、本当に今回は『抜くだけ』の処置なのだろう。


 看護師さんは私のカルテを確認しながら、ちょっと顔を曇らせた。


(たちばな)さん、前の手術を除くと、内視鏡検査を受けられたことはないんですよね?」

「はい、胃の検査はずっとバリウムで」

「慣れてらっしゃる方はいいんですが、初めてだと苦しいかもしれませんよ。鎮静剤を使うことも可能ですが……」

「使ってください!」


 私は力強く答えた。被せ気味に。

 というわけで、アラフィフ女の覚悟をあっさりと翻し、楽をさせてもらうことにした。薬の効果が切れるまで、施術後に一時間ほど安静にしておく必要があるが、構うもんか。


 手術の時は鼻からガスを入れたが、今回は点滴。まずは生理食塩水を投与されながら、順番を待つ。検査室は複数あるものの、今の時間帯は一室ずつしか稼働していないらしい。


 私の向かいのテーブルで、もう一組、問診を受けている患者がいた。高齢の女性で、耳が遠いらしく、隣に座った息子らしき男性が看護師さんの話を拡声して通訳をしている。

 何となく耳を傾けていると、九十歳という単語が聞こえてきた。私と同じく鎮静剤を進められている。このおばあちゃんも内視鏡初めて勢っぽい。

 しかしそのご婦人、 


「時間がかかるんでしょ。そんなもん使わなくていいわよ」


 そうきっぱり言い捨て、いやおふくろ結構しんどいよ、という息子さんの助言に耳も貸さない。私より先に検査室に入っていった。

 他人事ながらどうなるかと眺めていると、約十分後、けろっとした顔で出てきた。疲労など微塵も感じさせないその後ろ姿に、私は敗北を感じた。

 やはり戦中戦後を生き抜いた世代は強い……。


 次に私の番である。

 喉にスプレー麻酔を噴射されて、ベッドに横になる。手術の時はうつ伏せだったが、今回は左向きだ。

 マウスピースを着けられた後に、


「橘さん、今日はセンター長の○○先生が担当してくれますよ。先生の処置はとっても丁寧なんです。ラッキーですよ!」


 と看護師さんが紹介して、おじいちゃん医師がよろしくねと挨拶してくれた。いや、このタイミングで言われても――私はマウスピースの口でフガフガと返事をした。

 鎮静剤は、手術の時よりも弱めの薬だった。さっぱり眠くならず、薄目を開けていると、


「眠ったかな……いや、まだだ。もういいかな……まだだった」


 先生の声が何度か聞こえてきた。寝てないけど始めちゃえ、とはならなかったので、確かに丁寧な先生なのかもしれない。

 とはいえ一分くらいで眠気がやってきて、次にオエエッとなって目が覚めた時、全部終わっていた。


「済みましたよー。はいこれ、入ってたやつね」


 体液塗れの黄色い管と対面させられた。二十センチくらいあったように見えたが、まだ意識が朦朧としていたので実際の長さは定かではない。ほんとにどうやって抜いたんだろう。

 二ヶ月間体内で頑張ってくれた医療器具にお礼を言う間もなく、私は寝転がったまま待機室に運ばれた。


「鎮静剤は睡眠薬じゃないから眠らないよ。頭がぼんやりして感覚が鈍くなるだけ」


 と説明する人もいるが、私はやっぱり眠ってしまうようだ。看護師さんに起こされるまで、その後四十分ほど熟睡してしまった。


 ともあれ、5月25日に始まった治療に区切りがついた。

 九十歳のおばあちゃんに負けたのは悔しいけれど、これで本当の意味で()()された気がした。

次回、雑記を書き足して完結となります。

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