5.捜索
どこを探し回っても、見つからなかった。
靴箱、教室、廊下、トイレ、体育倉庫――
それらしい場所を片っ端から漁って、それでも見つからなくて。
どうしようもない絶望が全身にまとわりついて、
私は夕暮れの校庭のベンチに腰を下ろした。
冷たい木の感触が、薄い制服のスカート越しにじわりと染み込む。
視界の端に映るのは、小さくて濁った学校の池。
枯れた草、よれたフェンス、コンクリートの縁に浮かぶ落ち葉。
ふと、ため息が漏れた。
静かすぎる空に、小さな音がぽつんと消えていく。
もし、あの池に落とされたのなら――
中に入って探さなきゃならない。
あの水の中に、泥にまみれて、気持ちごと沈んでるのかもしれない。
そんなことを考えながら、覚悟を決めて立ち上がろうとした時、
「メロンちゃん!!」
その声に、思考が止まる。
振り返ると、夕陽の逆光の中を、誰かが走ってきていた。
さっきの彼だった。
その後ろには、気だるそうに髪をかき上げながらついてくる男子の姿。
「探し物、見つかった?!」
「……」
「人手、多い方がいいと思って! ほら、連れてきた!」
「探してねーじゃん」
面倒くさそうに言うヤツに少しだけイラッとした。
「……君たちのファンって、ほんと暇なんだね」
「え?」
「上履き隠したり、教科書破ったり……人の大事なもの、捨てたりとか。」
自分でも、責めたいわけじゃないのか、八つ当たりしたいだけなのか、分からなかった。
でも怒りのやり場がなくて、誰かにぶつけるしかなかった。
「……しょうもない」
芸能人なんて、大嫌いだ。
なにもかも、特別そうにして、何も知らないフリして。
「……楽しい? 大事なものを探して右往左往してる私を見るのって」
「……知られないままの方がよかった。
“正義のヒーロー”気取りで来られるよりは、ずっと」
感情が、膨らんで、はちきれて、涙に変わってこぼれ落ちる。
泣きたくないのに、涙が勝手に出てくる。
これは悲しさじゃない。――ただ、悔しいだけ。
「……何探してんの?」
ふいに、声のトーンが変わった。
気がつけば、彼が私のすぐ目の前に立っていて、まっすぐな瞳で見下ろしていた。
「どうせ見つからない。……だから言わない」
「何を探してる?」
低くて、静かな声。
ふざけた調子じゃなかった。
その真剣さに、私は言葉を詰まらせた。
「……俺が、絶対に見つける」
「見つからないなんてこと、ないから」
眩しすぎるほどのまっすぐさが、どうしようもなく憎らしい。
この人がなぜ“特別”なのか、私は分かってしまいそうだった。
それが腹立たしくて、悔しくて、顔を背けた。
「……ネックレス。おばあちゃんの形見。たぶん……池の中」
普通は躊躇するはずだった。
池に入るなんて、汚れるし、面倒だし、やらない。
そう思っていたのに――
彼と、その友人は、何のためらいもなく池の中に入っていった。
制服の裾を濡らしながら、泥水をかきわけて。
「――あ!」
彼の指先で、何かが光った。
水から持ち上げられたそれは、私のネックレスだった。
「これ?」
「……うん」
「言ったろ? 見つからないなんて、ないって」
太陽を背負った彼の笑顔は、ただひたすらに眩しくて、
そのぶんだけ、どうしようもなく腹が立った。
「……ありがとう、なんて言わないよ」
「え?」
「なくなった原因が、あなたたちなんだから」
彼は言葉に詰まったようだった。
私はネックレスを受け取って、ぽつりと呟いた。
「……私、メロンって名前じゃないから」
「は?」
「高橋奈々。別に、覚えなくてもいいけど」
「俺は――」
「いい。言わなくて。……私も、覚えないから」
「は?!ちょっと待て!」
その問いかけに返事をせず、私はネックレスを握りしめながら背を向けた。
もう、関わることはない。
そう、思っていた――はずだった。