2.青のラインとメロンソーダ
桜が舞う通学路。
新しい制服の襟元に、春の風がすっとすべりこむ。
真っさらな上履きには、まだ履き慣れない違和感と、青色のライン。
これは、私が“普通コース”の生徒である印。
高校1年の春――新生活の幕開け。
教室は、新しい友達、新しい日常に浮かれるクラスメイトたちで賑やかだった。
けれど私は、その輪の中には入らず、
窓の外をただぼんやりと眺めていた。
青空を、ゆっくりと流れていく白い雲。
何もかもが動き出していく季節に、私はひとつ、ため息を落とす。
「さっき、俳優の〇〇くん見た!」
「ねぇ、モデルの〇〇ちゃん、めっちゃ可愛くなかった?」
浮足立つ声が、教室のあちこちで弾ける。
私の通う高校には“芸能コース”がある。
俳優、アイドル、モデル――それを夢見る生徒たちが多く在籍していて、その関わりを持ちたいが為に入学を希望する生徒も相まって、入試の倍率はやたらと高い。
でも、私がこの高校を選んだ理由は、ただひとつ。
家が近いから。
それだけだった。
芸能人にもアイドルにも興味なんてない。
むしろ、関わらずにいたいとすら思っていた。
「普通でいたい」
「目立たず、穏やかに、高校生活を終えたい」
その一心で、試験勉強は誰よりも頑張った。
“普通”でいるために、必死だった。
――なのに。
ある日のお昼休み。
私はいつも通り、静かにひとりで自販機の前に立っていた。
小銭を入れて、
烏龍茶か、レモン水か、はたまた気まぐれにココアにするか……。
悩んでいたそのとき――。
ピッ。
まだ押してもいないのに、ボタンが鳴った。
ガコン。
続けて、自販機から落ちる何かが音。
一瞬、理解が追いつかず硬直する。
そして、目の前に伸びてきた手。
「ごちになります!」
パシッとメロンソーダを受け取って、
満開の笑みを浮かべる――彼。
予告もなく、私の日常に割り込んできたその存在は、
あまりにも軽やかで、あまりにも馴れ馴れしくて。
去っていく背中を呆然と見送りながら、
ふつふつと、言葉にできない感情が胸に溜まっていく。
その上履きには、私と同じ“青”のライン。
そして――芸能コースの証である、“黄色”のラインが添えられていた。
この日から、
私は芸能人とメロンソーダが同時に嫌いになった。