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夢繋ノ書  作者: ラードT
花霞に消ゆ
2/3

根に至る夢

 視界は白く霞み、空気はひどく甘かった。


 足元には黒く濡れた土が広がり、そこから無数の桜が咲いていた。

 枝が絡み合い、花が空を覆う。はらはらと花びらが降ってくる中、俺はただ立ち尽くしていた。


 どこかおかしい。


 ──ここは現実じゃない。


 その感覚は、確信に近かった。

 静かすぎる。風がないのに、花が揺れる。音も、匂いも、全てが濃すぎる。


 これは、夢だ。


 そう気づいた瞬間、背後で“何か”が動いた。


 振り返ると、一本の桜の幹に目が吸い寄せられた。

 幹の節々が膨れあがり、まるで人間の顔のように歪んでいる。

 誰かがそこに囚われているようだった。


 「たすけて……」


 花の隙間から、小さな声が漏れた。

 人の手が、地面の中から伸びていた。白く、泥まみれで、必死に何かを掴もうとしていた。


 その手の先に、泥にまみれたスマートフォンが落ちていた。


 拾い上げた瞬間、ざあっと強い風が吹いた。


 画面は割れており、透明なカバーの内側に、にじんだ紙が挟まれていた。

 そこに印刷されていたのは、大学の学生証のコピー。


 塚田優也──。


 瞬間、足元から何かが絡みつく感触。

 地面に広がる根が、俺の足首を巻き、引きずり込もうとしている。


 視界が揺れた。幹の“顔”が笑った気がした。



 「……っ!」


 目を覚ますと、見慣れた天井があった。

 布団の中、肩まで汗で濡れていた。夢だった。けれど、あまりにもリアルだった。


 体を起こし、何度か深く呼吸をする。

 指の間に、なぜか細かい砂のようなものがついている気がした。



 ──昨日。

 あの桜の木を見たあと、俺はしばらく山をさまよっていた。


 あの老婆の言葉が、妙に頭に残っていた。


 「よう似とるのよ。あの子と、この木」

 「見えんでええもんまで、見てまうんよ」


 あの時は気にも留めなかったが、時間が経つほど、じわじわと不気味なものが心に染み込んできた。


 あの木の節、靴、声なき囁き。


 観光どころではない。俺は予定を切り上げ、そのまま吉野を後にしていた。



 だが、夢の中で見た“名前”が、すべてを現実に引き戻した。


 ──あの名前。塚田優也。


 念のため、スマートフォンで検索をかける。

 すると、すぐに記事が見つかった。


 「吉野山で行方不明 都内の大学生、塚田優也さん」

 「奥千本付近で目撃を最後に消息不明、遺留品なし」

 「発見されず、翌月に捜索打ち切り」


 背筋に冷たいものが走った。


 夢の中で見た学生証の名前と一致する。

 だが、俺はこの事件の詳細など知らなかったはずだ。


 ──なのに、なぜ夢に出てきた?



 その日は会社を休みにして、昼過ぎの電車で再び吉野へ向かった。


 ただの偶然では片付けられなかった。あの夢は何かを伝えていた。

 もしかすると、本当に“まだ”何かが残っているのかもしれない。


 再訪した山は、相変わらず静かだった。

 桜はなおも咲き誇っているが、花びらの色が妙に濃く感じられる。


 例の木は、昨日と変わらず、あの場所に立っていた。

 けれど──気のせいだろうか。幹の膨らみが、少し大きくなっている気がした。


 そして、その根元に、それはあった。


 泥にまみれたスマートフォン。

 拾い上げると、画面は割れていた。電源は入らない。


 だが、透明なカバーの内側に、紙が挟まれている。


 大学の学生証のコピー。名前は──


 塚田優也。


 俺はスマホをそっと土に戻し、その場を離れた。


 ──これは、ただの観光じゃない。


 何かがいる。

 何かが、花の下で蠢いている。


 風が吹く。

 ざあ……ざあ……と、耳鳴りのような音が、山の奥から聞こえてくる。


 まるで何千、何万の声が、ひとつに溶け合って囁いているかのように──


 ──繋がれ。


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