東京大進行
「...で今すごい大変らしいんですよ。これそのうち招集来るんじゃないですかねえ。」
隣で相方が何か言っている。正直聞いてなかったが、趣味のファッションか芸能関係の話だろう、そう考えてとりあえず相槌を打つ。
「そうなんじゃねー」
「...絶対話聞いてなかったですよね」
「そーんなことねえよ、あれだろ東京の相澤がまた不祥事やったって話だろ?」
「はぁ〜、話聞いてなかったことはわかりました。というか、まだ相澤さんと仲悪いままなんですか?いい加減仲直りしてくださいよ、この前うちの支部長ついに私にまでなんとかしろって言ってきたんですよ!」
話を聞いてなかったことがバレた上に変な方向に飛び火しちまった。この話題は平行線だ。さっさと話題変えよ。
「あ〜、悪かったってそのうちなんとかするから、な?それより最初に言ってた話はなんだったんだよ?」
「...まあ、今日はこのぐらいにしといてあげます。で、話を戻すと、これですこれ見てください!」
そうして見せられたスマホの画面には、最新のニュース映像が映っていた。
"東京で怪物大行進!A級含む能力者が敗北!"
おそらく、今東京で起きていることを要約したであろうテロップを2度3度と読むうちに漸く頭が回ってきた。
「...やばくね?」
「ヤバいです。しかもこのやられたって報道されてるA級の人須藤さんっぽいんですよ。ほら、SNSで流れてきたんですけど、この雷須藤さんっぽくないですか?」
そうして、次に見せられた映像はどこかのベランダから外を撮影してる映像だ。大量の怪物が道路に蠢いてるところに巨大な雷が何度も落ちている。
「須藤さんだったら、マジで東京やばくないか?確か今、東京の主力って国際会議のための遠征中でしょ?てことは、ワンチャン招集される?」
「多分、っていうか確実に招集されますよ。」
それを聞いて、この後の展開が予想できた俺は3時間握ってた釣り竿をそばに放りながら後ろに寝転んだ。今日は久しぶりの3連休、その中日だ。ただの3連休じゃない。相方と過ごせる久しぶりの休暇だ。二人ともそこまで忙しくないのに、この数ヶ月は狙い澄ましたように休日が被らなかった。この3連休だって大分県での遠征任務を受けることを条件に漸く手に入れたものだった。
「ワンチャン、気を利かせて後1日連絡来なかったりしないかなぁ〜」
「気持ちはわかりますけど、まあ無理ですよ。なんなら、今すぐ電話がかかってきても不思議じゃ」
プルルルル、閑静な港の消波ブロック、その上で休暇の終わりを告げる音がした。
「...出なきゃダメ?」
「ダメです。出てください、休暇は後で交渉しましょ。」
そう言っている間に、相方はもう移動の準備を済ませたみたいだ。今は俺がそばに放った竿を引き上げている。
「はあああ、しゃあない。出るか。」
傍に置いた自分のスマホを手に取り、かかってきた電話をとる。この休暇中に連絡が来ないように、しかし連絡が届かないと困るということで支部長以外の連絡先を一時的にブロックしていた。だから、電話の相手も内容も見なくとも、聞かなくともわかる。
「はい、福岡支部所属橘です。休暇中なんですけど、何かご用ですか?水瀬支部長」
「ああ、それも緊急だ!すぐ戻ってくれ。1番会議室にいる!」
ガチャッ、それだけ言うと支部長、俺が所属している福岡支部の水瀬支部長は電話を切った。必要なことだけ伝えてすぐにガチャ切りするのは彼の癖だ。
「凪〜、やっぱ仕事だって」
「でしょうね、取り敢えず竿と他の釣具も直しときました。て言うか、釣果ボウズでよかったですね。まあ釣れてても持っていけないですけど。」
「うるせぇっ、3時間もかけたんだから絶対後すぐで釣れてたって!後で支部長に文句言ってやろ」
「まあ、それは好きにしてもらっていいんですけど、早く行きません?多分急がないとドヤされますよ。」
「そうね、じゃあ釣具と荷物持ってと。忘れ物ない?」
「大丈夫です。」
「じゃあ飛ぶよ」
そう言うと、集中を始める。身体中の細胞からエネルギーを集めるイメージ。そして思い浮かべるのはあまりいい思い出のない福岡支部3階の第一会議室。集中とエネルギー、二つが高まったと思った瞬間、自分にだけ見える世界の境界が歪む。認識は一瞬、次の瞬間にはいつもの見慣れた会議室にいた。奥には水瀬支部長もいる。
「来ましたよ、支部長」
「ああ、休暇中に済まない。例の東京での怪物騒動は知っているか?」
「ちょうど、ネットニュースを見てるタイミングでしたよ」
「そうか、ならちょうどいい。わかっていると思うが仕事だ。東京本部へ各地から物資と人員を送るのに運搬係がいる。福岡から始めていつも通り北上する形で各地から拾っていってくれ。」
「つまり、いつもの仕事ってわけですね。りょーかいです。けど、この騒動が終わったら休暇のやり直しを求めますからね?凪の分も調整お願いしますよ?」
「ああ...まあそうなるとは思っていた。取り敢えずその条件含めた依頼書がこれだ。連は...必要ないか。冷泉、確認しておいてくれ。」
「わかりました、支部長。...大丈夫そうですね、これで受けます。」
「...もう慣れたけど俺の確認取らないのな」
「必要か?」「結局見ないじゃないですか」
味方なし。俺は形成不利を悟ってダンマリを決め込むことにした。
「じゃあ、この内容で処理するから早めに頼む。」
「そんなに状況が悪いんですか?ネットニュースだとあまり情報がなくて。Xですごい雷の動画が上がってたので、須藤さんが戦っているのはわかったんですけど。」
「ああ、東京は留守番の須藤とB級C級を総動員して対処してる。なんなら、東京周辺にいた休暇中の別支部の会員も参戦しているんだが、戦況はあまり良くない。須藤が大型の怪物に不意を突かれてダメージを受けちまった。なんとか須藤が戦線離脱することは免れているが、須藤がダウンしたら間違いなく押し込まれる。だから、できるだけ早く東京へ送り届けてくれ。」
戦況はどうやらあまり良くないらしい。ここ数年は大規模な怪物の氾濫もなかったから、日本全体が少し油断していたのかもしれない。兎も角、動くしかないだろう。俺が早く動けばそれだけ東京の防衛が楽になる。
「なるほど。状況ヤバそうだし、すぐ飛びますよ。凪は福岡から指示頼む」
「頼んだ、何か情勢が変わればまた連絡する。」
「了解です!ちゃんと、指示聞いてくださいね?」
「ああ、分かってるよ。じゃ!」
そう言った次の瞬間には俺の体は会議室にはなかった。
これは、現代日本とは少し違うパラレルワールドで自分の能力を模索して生きていく、ある男の物語。