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拠点に戻って立て直しつつ、改めて冒険と採取をしていると、ふと道端に、『とある冒険者の手記』というものが落ちていた。
中身を読んでみるとなるほどふむふむ。
ここは『島』らしい。
研究者が以前ここに探検しに来て、そこでパルジウム鉱石とか色々名前をつけたらしい。
そもそも、この島は霧がかかっていて、外部からは観測できないそうだ。
……霧がかかっていて、観測できない?
……たかだか霧で? 文明の利器が作用しないのか?
……古代端末って、そういや、『どっちの』文明なんだ?
この島の物なのか、それとも外の世界の文明の一部だったのか。
どうして現代よりも優れた古代の遺物があるのか。
お互いの過去に何があったのか。
「おい、パル子」
―――ジジ。
「俺は今、お前が言う『真相』とやらに近づいた気がするぞ」
―――『歪んだ手記』。
『霧に包まれた大陸。「霧」とは、物理的に存在する微水滴という意味だけではない。ここでは「見えなくするもの」として意味がある。見えないと、人間はそこに「何が見えるのだろうか」と想像して補完しようとする。想像は夢を生み、XXXXX……』
「夢……」
霧と夢。
曖昧で胡乱な組み合わせだ。
だが、悪くない。
夢から生まれた生き物。だから『どこかで見たような外見』をしている。そして霧で夢を生んでいる。いや、守っている?
「へい、パル子。もっとヒント」
『……』
「……シャイなんだから、まったくもう」
この世界、実は、かなりあやふやな結界によって守られているのかもしれない。
それこそ、世界では文明の発展とともに滅んでしまった、妖怪や怪異などのように。
外の世界ではとうの昔に科学の発展とともに潰えた概念。それがもし、この世界の文明には残っているとしたら?
それが古代テクノロジー?
「……塔、か」
俺は遠くで聳える塔を見た。
焚火にしゃがみこんでいた人から、塔に行けと言われていたな。
逆か。行くなって言ってたのか。
確か、レイン密漁団の根城だとかいう話だったな。
根城の場所が分かってんなら、密漁団じゃなくて強盗団ではなかろうと思うのだが。
なんにせよ、塔に何かがある。
この世界を知る鍵が。
「レイン密漁団ってのが、話のわかるやつらだと助かるんだがなぁ」
俺がそんなことをひとりごちると、どこか、一風変わった風が吹いた気がした。
「おや、おや。風の吹くまま気の向くままに、足を運んでみるものだね。先日までは何もなかった野ざらしの平野に、今では立派なログハウスが建っている」
何か、お喋り好きそうな白い装束の男がやってきた。
羽根を飾ったとんがり帽子を被っている。
細い体つきに、初老の陰りのある少年みたいな童顔。それに、背中には大きな荷物を背負っていた。
『白商人。Lv■■』。
ふむ、パル子でも、名前とレベルは分かんないらしい。
「向こうの海から来たのって、君?」
「海から来た? 変なことを聞く人だな」
普通は『大陸から』だろ。
「向こうの海岸に、ダンジョンと座礁した船を見かけてね。何か関係があるのかと思って」
「ダンジョンは知らないけど、船は俺のかもしれない」
「外来人か。珍しいね。外の話を聞かせてくれよ」
「悪いけど、何も覚えてないんだ。俺の船かどうかもハッキリ覚えてないんだ」
「何だ、そうなのか。ところで、酷い格好だね。原始人みたいだ」
「放っておいてくれ」
「君、古代端末を持っているだろう?」
「あぁ、よくわかったな」
「あは! やっぱり持ってるんだ」
商人はウキウキと手を叩く。
「僕の名前はシオラ。君の名前は?」
「えー、ノーフェイス」
「変な名前だね」
「うるせぇなぁ」
名乗る度にツッコミ入れられるのも面倒くさいな。
「まず、服をクラフトしてはどうかな。君のレベルなら、もう作れるんじゃない?」
「服ぅ?」
インベントリを開き、見てみる。
確かに、布×2で『布の服』が作れそうだ。というか、革×10で『毛皮アーマー』が作れるらしい。
しかし、そのためには『上質な作業台』の作成が必要で、上質な作業台には『金属インゴット』が必要。
金属インゴットは、もうすでに作っておいた『原始的な炉』で作れるそうだ。
炉のほうを覗いてみると、余分に捕まえたキツネビが作業を終えてくれていたらしい。金属インゴットが10個はある。
言われるがままもシャクだが、作ってみるか。
「……あ、革が2枚足りねぇ」
「買う? 僕、行商人をしているんだ」
「買っとこうかな」
「毎度あり。お題は今度でいいよ」
「いいのか?」
「金属インゴットもそれじゃ足りないね。補完しておいてあげよう」
「不気味なくらい親切だな」
「その代わり、行商人のシオラ。この名前を覚えておいてくれよ」
「先行投資ってやつ?」
「そうそ。ジャンジャンご贔屓にしてくれよ」
「へぇ、渡る世間は鬼ばかりってわけじゃなさそうだ」
「ははは、この地のパルの洗礼を受けたようだね」
「マジで殺されるかと思った」
くすくすと笑う旅商人。
白商人……レベル不明……イレギュラー……歪な手記……。
何か、この世界のエラー的なものを感じる。
「古代端末が普及されれば、この地の文明ももっと栄えることだろうに」
「古代端末って、他にもあるの?」
「僕が見てきた中では、君のそれしかないなぁ」
無いのに存在は知ってんだな。変な話。
「見てきたって、他はどんな感じ?」
「どこも君みたいに、話が通じればよかったんだけどねぇ」
「え、話通じないの?」
「ああ。特にこの近くだとレイン密漁団。やつらの横暴には気をつけることだね」
「塔にいるやつらのこと?」
「塔は拠点の中心にすぎない。密漁団の団員は島中に跋扈しているよ」
「やば」
ふと、俺はあることに気づいて、作業中の手を止めた。
「人間と戦うこともあるのか」
「戦う? あは、そりゃ覚悟が足りてないね」
「……つまり?」
「殺し合うこともある」
「……アンビリーバボー」
恐怖を振り払うかのように、俺は作業の手を早めた。