2話
まず分かったことは、俺は魔王が支配する世界から人間を解放する勇者でもなければ、この世界を破滅から守る特別な人間でもないということ。
異世界転生者でもなければ、別に追放されたわけでもないし、もちろんチートスキルもない。
古代端末をたまたま持っていた、ただのいち漂流者にすぎないということだ。
だから、魔王を倒すとか世界を救うとか、そういう使命はない。
ただあるのは―――『生き方』だけ。
「サバイバルガイド……便利な端末だな、これ」
俺は端末から、必要な情報を取り出した。
とりあえず、まずは『原始的な作業台』を作る必要があるらしい。
わざわざ台なんか作らんでも……地面でよくね? と思うのだが、偉大なオーパーツ様がそう言うんだから従おう。
木材2つを消費し、その辺の木陰に作業台を建築。
すると不思議なことにレシピも表示された。
「パルスフィアを作るのに必要な材料は……パルジウムの欠片? あと石材と木材がいるのか」
パルジウムの欠片……。
その辺に、黒い石に張りついた青い鉱石みたいなのが見える。あれか?
っていうか、足元にもなんか青いのが落ちてんな。
『パルスフィア×1を入手』
現物が落ちてたわ。
丁度いいや。こいつを使うか。
俺はその辺の生き物に歩み寄る。
モコモコの毛を纏った生き物だった。
端末には『モコロン』と表記されている。
どっかで見たようなモンスターだな、本当に。
つーか、どういう進化を辿ればこんなまん丸な生き物になるんだろう。
こいつにスフィアを投げれば捕獲できる……ってどっかで聞いた話だな。
確かこれを投げる前に弱らせたほうがいいんだよな。俺は知ってるぞ。
―――ジジ。
と、俺の端末にノイズが走る。
端末がひとりで動き、宙に浮く。
何だ?
―――『歪んだ手記』。
バグった?
『―――人の夢……島になった。……夢が……混ざり合い、………………ゆえに「誰かがどこかで見たような」生物が存在する……………。―――――――夢の生物だ。……………夢から生まれた―――――――』
……文字化けが多くて、全然読めない。
叩けば直るかな。
バンバン。
―――『歪んだ手記』。
再び。
『自然界には掟がある。狼が羊を狩り、鷹が雀を狩るように、抗えない食物連鎖の序列がある。「XXX」を用いて作られるパルスフィアは、その序列を「絶対化」する。パルスフィアを用いて「勝利条件」を満たされた者は、直ちに「XXX」の掟に則り「服従」する。勝利条件とは、「精神的な敗北を以って」決定される』
「XXX」ってのだけ分からんな。伏字みたいになっている。でも、今回は何が言いたいのか分かった。
勝利条件か。新しい単語が出てきたな。色んなゲームをしてきたが、そのほとんどが相手を倒すものばかりだった、と思う。相手のHPをゼロにしたり、アーマーを割ったり、言い換えれば「相手の敗北条件を満たす」ものばかりだった。
ここも基本はそうだろう。ステータス画面にHPってあるし。
だが、こっちの「勝利条件」を満たしても勝ちになるのだ。スフィアを投げ、エゴを押しつけて、押し通れば勝者になる。シンプルでいい。
やるか。あまり気乗りはしないが。
さぁ、モコモコ。
戦いの時間だ。
「世は弱肉強食だ。恨んでくれるなよ」
とはいえ、敵は自分の腰ほどの大きさがあり、胴体は俺よりも太い生き物だ。これを相手に物理で殴り勝つのはそこそこハードルが高いだろう。
だが、やる。
相手を打ちのめし、相手に敗北を悟らせ、スフィアを投げればいい。
それがこっちの勝利条件だ。
「おら、おらぁっ!」
モコモコした羊の顔面に向かって、拳を振り上げる。
重い感触が手の甲に伝わる。
やはり素手でやるもんじゃなかったか。
体に刻まれた格闘技の記憶とかは、特に無い感じだ。
これだけの質量の塊を殴り倒すのは、文字通り骨が折れそうだ。
だが、相手は目に涙を浮かべ、地面を転げまわるばかり。
弱い。あまりにも弱すぎる。
自然界から見れば、不自然なほど弱い。
そろそろいいか。
ボールを投げ、捕獲する。
ピロリン♪
と古代端末から音声が流れ、捕獲に成功した旨が表記される。
俺は流れる汗を拭いながら、手に残る痛みと胸の高鳴りと罪悪感を抱え、スフィアを見る。
よくあの生物がこんな小さな球に入ったもんだ。
一体どういう原理で―――。
―――ジジ、『歪んだ手記』。
またか。
『上手く捕まえられたようね』
……ん?
『でもまだまだよ、まずは……』
急にフレンドリーになったな?
『最初の夜に備えなさい』
「あ、もしかして喋れる?」
『あら、古代端末に話しかけるだなんて、私の所有者は頭がおかしくなったのかしら』
これまでは文字だけだったが、普通に声をかけたら声で返してくれた。
端末は俺の周囲をふよふよと浮きながら、会話する。
「古代端末は、自分のことを古代端末って言わないだろ。誰だ、お前」
『XXXよ』
「聞き取れん。何だって?」
『XXX』
「……そこだけノイズが入ったみたいに聞こえないんだ」
『私をどう呼ぼうがあなたの勝手よ』
「じゃあ、パル子でいいや」
『は、はあぁ~!!?? もうちょっとマシな名前をつけなさいよね!!』
俺は原始的な作業台とやらの前に立ち、他のレシピを見てみる。
木材5個で『木の棍棒』が作れるな。
絶対、素手よりマシだ。作ろう。
トンテンカンテン。
「へい、パル子。この世界は何?」
『……おほん! ヘイSiriみたいな使い方やめてくれる?』
「よく知ってんな」
『悪いけど、ウチが外からなんて呼ばれてるかなんて知らないわ。家の内からは、玄関の表札が見れないのと同じように』
「引きこもってねーで表札くらい見て来いよ」
棍棒できた。これはパル子にしまわせず、背負ってたほうがいいな。
『―――ジジ』
「どした?」
『……わルいけど、あまり話せないの。こうして干渉すること自体、イレギュラーだかラ』
「そうなのか」
『私たちの所有者であるだけで、あなた自身の身の回りのステータスを数字化し、敵のHPや勝利条件を満たせる確率も表記できるわ。ああ、あなたからすれば、「捕獲率」のほうが見やすいかしら』
「それは助かる。次はいつ話せるんだ?」
『……まタいつか。あなたが、この世界の真相に近づいたとキに』
「分かった。またな」
すん、とそれ以降、パル子は口を聞かなくなった。
そういえば、意識してみれば自分のHPがわかる。
気づいていなかっただけで、最初から分かっていたのかもしれない。
VRゴーグルをつけたみたいに、道を歩くパルの名前もHPも分かる。
便利な世界になったものだ。
さて、まずは……。
「最初の夜に備えよって言ってたっけ」
詳しくはサバイバルガイドを読みながら進めていこう。