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対話


 「鉄男ちゃん。寒川さんが目を覚ましたみたいよ?」


 それから間もなくして鉄男の祖母が今に戻って来た。


 「あら、シュザンヌちゃん、姫子ちゃん、どうしたの?」


 シュザンヌと姫子は口内のニンニク臭を拡散させない為に共に口を手で抑えていた。


 「わかりました。それでは行くぞ、ヒメ」


 シュザンヌに促されて姫子は首を縦に振る。二人は念の為にマスクを着用してリョウの待つ客間に向った。

 鉄男はニンニクを利かせた料理を振る舞ってしまった自責の念にかられて始終、恐縮しながら二人の後をついて行った。鉄男の祖母は三人の様子に違和感を抱きながらも共に客間に向った。


 「リョウちゃん、入ってもいいかしら?」


 四人が部屋の前に辿り着くとまず最初に鉄男の祖母がリョウに声をかける。


 「はい。よろしくお願いします」


 リョウは襟を整え、鉄男たちを待った。


 「鹿賀さん。こちらが寒川さんで間違いないだろうか?」


 シュザンヌは室内のリョウに軽く会釈をしてから鉄男の祖母に尋ねる。


 「ええ、そうよ。リョウちゃん、こちらがシュザンヌちゃん、もう一人の女の子が姫子ちゃん。こっちの男の子が私の孫の鉄男ちゃんね」


 リョウはマスクをつけた二人の少女と鉄男に向って頭を下げる。色々と聞きたい事があったがまず最初に疑問に浮かんだ事を尋ねた。


 「鹿賀のお婆ちゃん。ところおでブラスターガイトさんはどちらに…。出来れば助けて戴いたお礼を言いたいんだけど」


 リョウはブラスターガイトが奥に控えていないのかとあたりを見回す。


 「鉄男、お前まさかブラスターガイトの格好で彼女にあったのか?」


 シュザンヌは眉間に皺を寄せながら鉄男に問うた。少し前に相手の誤解を招く要因となる事からシュザンヌはブラスターガイトの姿のまま話をするなと鉄男に厳しく言っていたのである。


 「すいません。以前戴いたご忠告を失念していました」


 鉄男はしっかりと頭を下げる。相手の立場になって考えてみれば混乱するのも無理からぬ事ゆえにリョウにも頭を下げておくことにした。


 「…これはご丁寧に…どうも」


 リョウはリョウで事態を把握しておらず結局双方から周りの挨拶をする結果となってしまった。


 「何かお見合いしているみたいだね…」


 姫子は恐縮して頭を下げ合う二人の姿を見て呆然としていた。


 「ええと…俺がブラスターガイトの中の人の鹿賀鉄男です」


 ある程度は覚悟していた事だが人前で正体をばらすのは気恥ずかしさを覚える。以降は変身を解除してから名乗ろうと固く心に誓う鉄男だった。


 「寒川リョウ、です…。この度は危ないところを助けて戴いてどうもありがとうございました」


 リョウは少し休んだせいか落ち着きというものを取り戻していた。今の彼女にはあの時に森の中で見た抜き身の刃物のような危なっかしさのような気配を感じ差ない。リョウは前髪に添えながら鉄男の姿を見ている。


 (この人にお願いすれば、私に代わってあの鑑を倒してくれるのだろうか…。悔しいけど今の私の実力では鏡の足元にも及ばない…)


 リョウの切れ長の瞳に再び昏い光が宿る。


 「失礼、寒川さん。私はシュザンヌ・ヴァンホーテンというものだがこちらの鹿賀からは貴女が怪我をしていると聞いて治療をする為に伺ったのだ。それで体の調子などはどうだろうか?」


 シュザンヌはアイスブルーの瞳を細めながら注意深くリョウの動向を見守る。鉄男から特に詳しい事情を聞いたわけではないがシュザンヌは今の寒川リョウからは禍々しいものを感じている。シュザンヌ一人ならまだしも本当に人を疑う事に慣れていない姫子を関わらせても良いのかと迷っている。


 「怪我、ですか。それほどひどいものではありませんが…」


 リョウは袖をまくって打たれた箇所を見せた。肘から手首近くにかけて赤黒い打撲痕があった。他にも右の拳の部分にも痛々しく腫れ上がっている。


 「骨が折れてはいないか?」


 シュザンヌはリョウの様子を注意深く見守る。姫子の”鵺”白檀びゃくだんの持つ治癒能力促進でどうにかなる範囲の怪我だったが、本人が望まないのであれば病院に連れて行くつもりだった。


 「骨は大丈夫だと思います。それより鹿賀鉄男さんに折り入ってお願いがあります。私に変わってあの男、鑑与四郎を殺してくれませんか?」


 リョウは瞳に悲愴な決意を込めて、鉄男だけをじっと見つめる。


 「寒川さん。もしも俺が断ったら君はどうするつもりなんだ?」


 聞くまでも無い。リョウは傷ついた身体を引き摺ってでも仇敵の元に向かうだろう。あの敵、鑑与四郎という男には人を斬る事に躊躇などしまい。もしリョウが単身、鑑に挑めば彼女は死んでしまうのは確実だ。


「例え一人でも鑑に戦いを挑みます。両親も、兄ももうこの世にはいません。私にはそうするしかないから…」


 そう言ってリョウは目を伏せた。


 (最低だ、私。赤の他人に人を殺せって言ってるんだ…)


 自分でも都合の良い事ばかり言っているという自覚はある。

 ある日突然、目の前で兄の首が落とされた。父の胴が両断された。気がつくと家の中は血まみれで機を失った母が倒れていた。警察に事情を話して鏡の行方を追ってもらったが犯人が捕まる事は無かった。

 父と兄の葬式が終わり、途方に暮れていたところそふの死を名乗る世良小町という女性に出会った。鑑の凶行を聞いてくれた彼女は自分の手で何としても復讐を果たしたいというリョウの為に剣術を教えてくれた。

 リョウは時間の経過と共に憎しみが薄れて復讐そのものを諦めかけた矢先に母を失った。リョウの母親は意識を取り戻した後も悪夢のような出来事に囚われ、ついには心労から大病をわすらってしまったのだ。

 そして母親の葬式が終わった後に何とかリョウを思いとどまらせようとする小町の生死をふり切ってこの地に来た。鑑に出会ったのは偶然の産物以外の何物でもない。


「わかった。その願い、確かに聞き遂げよう。ただし一つだけ条件がある」


 鉄男はふうと息を吐く。この提案を受け入れてもらわねば力ずくで彼女を止めなければならないだろう。


 「鑑とは俺が一騎打ちで戦う。だから寒川さんは何もしないでいて欲しい」


 「それで結構です。よろしければ私もその場に立ち会わせてもらえませんか?」


 鉄男は静かに頷く。


 「ええと、リョウちゃんでいいかな?私、お怪我の方を治せるんだけど、汚したところを見せてね」


 鉄男とリョウの話が一段落ついたところで姫子が治療の話を始めた。リョウは鉄男に姫子が信頼に足る人物なのかと目配せで尋ねる。鉄男はすぐに相槌を打つ。鉄男からの返答に安心したリョウは袖をまくって怪我をした箇所を見せた。


 「私、森川姫子。リョウちゃんはいくつなの?」


 姫子はニコニコと笑いながらリョウの手を取る。姫子は正式に医術を学んだわけではないが故郷で診療所を開いている父と母から怪我の手当の基礎はしっかりと教わっていた。また親友のシュザンヌも稽古でしょっちゅう怪我をしているので怪我の手当はお手の物である。


 「あの姫子さんは一体どういう…」


 リョウは困惑気味に鉄男の方を見る。


 「姫子先輩は怪我を治す力を持った”鵺使い”なんだ」


 鉄男はリョウの緊張を解きほぐす為に笑顔を作った。あまりにも似合っていなかったのでシュザンヌと姫子と久子は吹き出しそうになっている。


 (祖母ちゃんまで笑うなよ…)


 仲間の姫子とシュザンヌはともかく祖母の久子まで笑いそうになっている姿を見た鉄男は少しだけ心が傷ついた。


 「ええっ!?姫子さんは鵺使いなんですか!?」


 リョウは大仰に驚いてしまう。実際、彼女は自分と剣の師世良小町以外の鵺使いと出会った事は無い。


 「寒川さん。もしかして貴女はご家族以外の鵺使いには会った事がないのか?」


 姫子の素性を知って驚くリョウを見て今度はシュザンヌが効いた。


 「はい…。私が生まれるより先に亡くなった祖父は祭器を解放するすべを知っていましたが鵺を使役する事は出来ませんでした。事実、曾祖母の代から数えて百年ぶりの鵺使いだったと小町先生から聞いています」


 リョウは気を落ち着かせる為に胸に手を当てる。父と兄を失ってから何かと親身になってリョウの力になってくれた師匠とケンカ別れをして故郷を出てきた事を今さらながら後悔をしていた。


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