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「ただいま、祖母ちゃん」


鉄男たちが家に戻るとやはり家にいたのは祖母だけだった。


 「あら。おかえりなさい、鉄男ちゃん。姫子ちゃんに、シュザンヌちゃんもいらっしゃい。外は寒かったでしょう?今お茶の用意をするわね」


 鉄男の祖母はいつものように穏やかな様子で三人を迎える。鉄男が留守の間には何事も無かったようである。


 「こんにちわ。久子お婆ちゃん」


 「こんにちは。今日もお世話になります、鹿賀さん」


 姫子は親愛を込めて、シュザンヌは礼儀正しく挨拶を返した。鉄男の祖母は軽く会釈をするとお茶の用意を始めた。姫子とシュザンヌは居間に移動する。


 「そういえばさ、祖母ちゃん。俺が連れてきた女の子、あれから何かあった?」


 鉄男は祖母に合わせてお菓子を用意しながら祖母に尋ねる。鉄男が留守の間、リョウが黙って寝ていれば問題はないが何せ相手はかなり切羽詰まった状態の女性である。高齢の祖母一人に任せてしまった事に対して鉄男は心配していた。


 「寒川さんの事かしら?彼女、ここに来るまで色々とあったらしくてね。今は疲れて眠ってしまっているわ」


 「ふうん…」


 鉄男は意識を失う直前の寒川リョウの事を思い出しながら相槌を打つ。あの時の彼女は切羽詰まったというか何かに追い立てられて明らかに様子がおかしかった。それが今では祖母と言葉を交わしている様子からして少しは落ち着きを取り戻したというところか。


 「なあ、祖母ちゃん。その寒川さんだけど今話をしても大丈夫かな?」


 鉄男の祖母、久子はリョウの様子を考えてから答える。


 「どうかしらね。私や鉄男ちゃんが行くよりシュザンヌちゃんと姫子ちゃんが言った方がいいんじゃないかしら?」


 「まあ、そうだな。自分で言うのもなんだけど寝覚めに俺の顔はきついよな」


 鉄男は厳めしい顔をした自分の姿を思い浮かべながら苦笑する。それに連れられて久子も笑っていた。


 「私はお祖父ちゃんの顔を見慣れていますからね。全然気にしないわ」


 二人は祖父に似た鉄男の父と鉄男の顔を思い浮かべ不意に吹き出してしまった。そして、お茶の支度を終えると居間で待てせている姫子とシュザンヌのところに向う。


 「あー。…これはその温かくてつい…」


 姫子は部屋の中央にある炬燵の中に入っていた。すっかり炬燵に収まっている姿は客というよりも一家のの主である。親友のあられもない姿を観られたシュザンヌは小さく咳払いをする。


 「コホンッ。失礼、いつもはもう少しまともなのだがな。何分、慣れぬ土地ゆえにこうなってしまったのだ。どうか今のヒメの姿は見なかった事にして欲しい…」


 片やシュザンヌは姿勢を整えて正座をしている。優美な容姿と相まって育ちの良さを匂わせていた。


 「ここは我々の故郷と違って特に寒いので多少の無作法は目に見てやってくれ」


 シュザンヌは掌をこすり合わせて少しでも暖を取ろうとしている。外面は涼やかな笑みを浮かべているが内心では一刻も早く炬燵の中に入りたい一心だった。


 「どうぞ遠慮なく入って下さい」


 「うむっ‼」


 シュザンヌは言われたと同時に炬燵の中に入った。


 「ああ…生き返る。それにしてもこっちは寒いわねー」


 姫子はすっかりリラックスしてテーブルに突っ伏して伸びをしている。既によその家にいるという認識はなかった。


 「姫子ちゃん、お茶が入ってるわよ」


 鉄男の祖母は姫子とシュザンヌに番茶の入った湯飲みを渡す。シュザンヌは恐縮しながらこれを受け取り、対して姫子は遠慮の欠片も無く受け取るとすぐに口をつけった。


 「熱っ‼」


 姫子は横着者が受ける手痛い洗礼を受けた。彼女はどちらかというと猫舌の部類に入る。


 「うちのヒメがお騒がせしてすいません。それで鹿賀さん、鉄男が連れてきたという女性の様子はどうですか?」


 姫子の痴態に動じることなく楚々としてシュザンヌは番茶を飲んでいた。


「少し前に目を覚ましたんだけど、今は眠ってしまっているわね」


 鹿賀久子は心身ともに疲弊した様子のリョウを心配していた。実際、久子はリョウの思いつめた様子からある程度の事情を察している。


 「鉄男、一応言っておくがヒメの”鵺”白檀は意識の無い人間の傷は治せない。前にも言ったが”鵺”という存在は正しく我々を理解しているわけではないからな。治療にはやはり意識が戻るのを待たねばなるまい…」


 シュザンヌの話を聞いて姫子はもうしわけなさそうな顔で鉄男と久子を見ていた。姫子の”鵺使い”としての技量に問題があるわけではない。覚醒した人間の意識を媒介にしなければ”白檀”は大正の自然治癒能力を高める事が出来ないのだ。


 「じゃあ…とりあえず寒川さん‥の意識が戻るのを待とう。あ、これ良かったら食べて行ってjyださいね」


 鉄男は茶請けの洋菓子を渡した。


 「流石は鉄男君!いただきまーす!」


 「君の思慮深さにはいつも驚かされるな。好意に値するよ」


 シュザンヌと姫子は何かに憑りつかれたように食べ始めた。もうしわけ程度の数しか用意していなかったのであっという間に皿の上が空になってしまう。


 「あの…お食事はまだでしたか?」


 シュザンヌは前髪をかき上げながらニヒルに笑う。


 「ふふっ。それは違うぞ、鉄男。単に旅館の飯がマズすぎるだけだ。天戒衆そしきが万年金欠とは聞いていたがここまでひどいとは思わなんだ」


 「昨日の親子丼?はひどかったね…。あんなにグリンピースが入っていたら私、グリンピース嫌いになっちゃうよ」


 二人は同時にため息をつく。


 「良かったら俺がインスタントラーメンでもつくりましょうか?」


 二人の疲れ切った表情を見た鉄男は気を利かせてみる。


 「それは素晴らしい提案だ、鉄男。是非とも頼む」


 「お姉ちゃん、ご飯をつけてくれるとうれしいな!」


 姫子は胸の前でパンと手を叩いてニッコリと笑った。シュザンヌもまた口にこそ出してはいないが食い入るような視線を鉄男に向けている。二人は朝、何も食べる気にはなれず家から持ってきたお菓子しか食べていなかった。


 「じゃあラーメンライスと冷凍餃子を用意しますね」


 鉄男は急いでキッチンに向った。

 

 三十分後、鉄男は湯気が立つラーメンどんぶりを二つ持って現れる。後ろには白飯と餃子の乗ったお盆を持った久子がいる。

 鉄男はラーメンをテーブルの上に乗せると人数分の割り箸を置く。その後で久子はご飯と餃子をシュザンヌと姫子の前に置いた。


 「重ね重ねすまんな、鉄男」


 シュザンヌは満面の笑みを浮かべながら礼を言う。


 ずずずっ‼ずずずっ‼


 その隣ではすごい勢いでで姫子がラーメンを食べていた。


 「おい、ブタ子。礼がぐらい言ったらどうなんだ?」


 シュザンヌは厭わしそうに姫子を声をかけた。今の姫子は知り合って日の浅い鉄男に対して礼を欠いているような気がした。


 「…食べ終わったら言うよ」


 姫子は昏い表情のまま答える。鉄男から見て姫子は太っているようには見えないが彼女は相当た自分の体形を気にしているらしい。だが男性が下手に口を挟むべき話題ではないと察した鉄男は沈黙を守る。


 「ふむ。インスタントとは思えないほど美味しいラーメンだな。何か特別な事をしているのか?」


 シュザンヌは上機嫌な様子でス^プと麺を啜る。隣の姫子も同意とばかりに何度も首を縦に振っていた。


 「特別ってほどじゃないけど、ガーリックチップと鰹の粉末を足しているかな。前に動画でやっていたんだけどそれがとっても美味しそうで‥」


 鉄男は二人に褒められたのが嬉しかったので照れながら答えた。


 「なるほどひと手間加える事でこれほどまでに味が様変わりするとはな。見事なものだ」


 シュザンヌはニンニクと鰹出汁の芳しい味に舌鼓を打つ。外見は西欧人そのものだが舌は完全に日本人のそれだった。


 「でも問題は…これから初対面の人に会うのにニンニクの入った食べ物を食べちゃったことだよね…」


 姫子は湯気を立てるラーメンと餃子を観ながら言った。


 「うわっ‼ごめんっ‼全然、考えてなかった‼」


 鉄男はこれから二人が怪我人の寒川リョウに会う事を考えずに料理を振る舞ってしまった事を猛省する。傷心のリョウがニンニクの臭いを発するシュザンヌと姫子に会ったら一体どう思うか。少なくとも好印象は抱かないという事は火を見るよりも明らかである。


 「いや気にするな。私たちも完全に失念していた。とりあえず防臭効果のありそうな飲み物でも飲んで誤魔化そう」


 鉄男は急いで食後に牛乳とガムを二人に用意する事にした。

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