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落涙

 鉄男とシュザンヌは姫子を追いかけるような形で鉄男の家に向かうことになった。


 「ほら、、もっと早く歩いてよ。こうしている間にも怪我をしている女の子は心細い想いをしているのかもしれないのよ?」


 姫子は水を得た魚のように生き生きとした目をしている。普段、仲間内では日陰者として肩身の狭い思いをしている反動なのだろうか。シュザンヌはただでさえ何も無い場所で躓いてしまう姫子の身を案じながら彼女の後について行った。

 

 「ヒメ。鉄男の家はそう離れた場所にあるわけでないのだからそう急ぐ必要はないのではないのか?」


 シュザンヌの言う様に姫子たちが止まっている旅館と鉄男の実家はそう遠く離れてはいない。だが満身創痍の寒川リョウの様子は素人には判断が難しいので鉄男は歩調をいつもより早くして家に向った。


 「むー!一生に一度あるかどうかわからない私の晴れ舞台なのにー!どうして邪魔しようとするかなー!もういい。スーちゃんなんか知らない!一人で行くもん!」


 姫子は見るからに危なっかしい格好で走って行った。正直、鉄男の目から見てもいつ転んでもおかしくはないような走り方だった。


 「全く普段はぐうたらしているくせに転んだらどうする…」

 

 わずか走った後、突如として姫子の走るペースが目に見えて落ちる。シュザンヌと鉄男は難無くその後ろについて行ったが姫子は日頃からの運動不足が裏目に出て鉄男の家に到着する頃には汗だくになっていた。


 「ううう…。二人とも何でそんなに早く歩いて行くの?ひょっとして私、いじめられてる」


 いつの間にか鉄男とシュザンヌは姫子を追い越していた。肩を上下させながら息を荒くした姫子はジト目で二人を睨んでいる。


 「いや決してそういうつもりは…」鉄


 男といえば普段より少し早めに歩いただけで姫子の負担にはなっていないだろうと考えていただけに今の疲れ切った姫子の姿を見て申し訳ない気持ちになっていた。


 「案ずるな、鉄男。ヒメは普段から食っては寝て、食っては寝てのぐうたら生活をしているツケが回っているだけなのだ。なあ、ヒメよ。これを機に痩せてみてはどうだ?」


 シュザンヌは姫子の方には目もくれずに鉄男の家の玄関を目指す。


 「スーちゃんの鬼っ‼悪魔っ‼」


 姫子は息を荒くしながら悪態をつく。


 「口を動かすよりも先に動け。文句は後で好きなだけ聞いてやる」


 「はあ…。私は後方支援というか回復係なのに…」


 姫子は肩を落としながら何とかついて行く。

 鉄男は姫子を心配して彼女の元に向おうとするがシュザンヌに止められた。


 「鉄男、下手に手を貸すなよ?ウチのヒメは甘やかすとすぐ癖になるからな」


 シュザンヌは鉄男の心を見透かしたようにぴしゃりと言い放つ。それを聞いた姫子はさらにげんなりとしていた。二人のつき合いは長いだけに鉄男は余計な事は言うまいと心に決めていた。

 

 鉄男たちが戻ってくる少し前、寒川リョウは見知らぬ家の布団の中で目を覚ました。

 彼女の意識は鉄男が骸骨武者たちと戦っている最中に途絶えている。故にリョウはブラスターガイトの正体が鉄男である事を知らなかった。


 「あら、目を覚ましてくれたの?」


 リョウが布団から身を起そうとしたところで家人と思われる年配の女性が部屋の外から話しかけてきた。


 「あっ…。その、ここは何処ですか?」


 ズキリ。


 鑑に打たれた箇所から鈍い痛みを覚える。感触からして骨が折れてはいないだろうが普段のように動けるようになるまでしばらくの時間がかかりそうだ。


 「お部屋にはいってもいいかしら?」


 年配の女性は扉の外でリョウの返事を待っている。本来ならリョウの許可など必要ない必要ないはずだが、彼女に気を使ってくれているのだろう。リョウは家人の配慮に感謝しながら答えた。


 「私ならもう大丈夫です。その変な言い方かもしれませんが…どうぞお入りください」


 それから間もなく襖を開いてッつ男の祖母が姿を現した。声の調子の通り、落ち着いた様子の女性の姿にリョウは安堵を覚える。


 「私の名前は鹿賀久子。ここでお婆ちゃんをやっているのよ。貴方の名前を聞いてもいいかしら?」


 鉄男の祖母はリョウのすぐ近くまで来てからゆっくりと腰を下ろす。


 「私は。寒川リョウといいます。鹿賀さん、この度は危ないところを助けていただいてどうもありがとうございます。…痛っ‼」


 寒川リョウは半身を起こした状態で頭を下げる。その際に打ち身となった箇所がひどく痛んで前につんのめってしまった。


 「あらら…。無理はいけないわ、寒川さん。今タオルを用意するから待っていてね」


 「すいません…」


 鉄男の祖母はそう言うと居間の方に戻ってしまった。リョウはズキズキと痛みだしたわき腹を抑えながら一時の安寧に身を委ねる。


 (先生の言う通りだった…。私ごときでは鑑与四郎には遠く及ばなかった…)


 リョウはここに来る以前に世話になっていた県J通の師匠、世良小町の忠告を思い出す。彼女はリョウの祖父寒川雷蔵と鑑与四郎の師匠でもあり「与四郎の実力は既に私のそれを超えている。もし与四郎に出会っても戦おうなどとは思うな」と言われた。

 師の言いつけを破り、戦いを挑んだ自分の浅はかさにリョウは憤りと申しわけなさを覚える。今のリョウの実力では到底かなうような相手ではない。


 ほんの一時間ほど前の出来事から無事生還できたことを今更のように奇跡だとリョウは考える。自身の五体に刻まれた鏡の剣は重く、疾く、鋭く、今も尚忘れる事は出来ない。だが肉親の命をいともたやすく奪った憎き仇敵の剣を前に無為す術もない無力な己こそが何よりも度し難い。


 (他人ひとに頼ってばかりで駄目じゃないか、私‼)


 リョウは自身の無力を知って打ち震え、悔しさのあまり涙を流す。


 「大丈夫。どこか痛むのかしら?」


 ふと気がつくとリョウの目の前には濡れた手ぬぐいを持った鉄男の祖母がいた。彼女は聖母のような慈しみ深い微笑を浮かべながら涙に濡れたリョウの頬をそっと拭う。


 「違うんです、鹿賀さん…。これは全部私が悪いんです。私が弱いから…」


 リョウは亡き母の面影を思い出し、鉄男の祖母に抱きつく。


 「気にしなくてもいいのよ」


 鉄男の祖母はリョウの頭を優しく撫でた。その姿が家族との温かい記憶と重なり、リョウは子供のように泣き出してしまった。鉄男の祖母はリョウが泣き止むまで彼女の側を張れる事は無かった。


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