仲間
ロビーに備え付けてあるブラウン管のテレビは映りが悪く音も小さい。手持無沙汰となってしまった鉄男は寒川リョウの素性について考えてみる。彼女は厚手のコートの下は白いセーラー服を着ていたので余程特殊な趣味でもない限りは学生と考えて間違いないだろう。
もう一つ、他に鑑との戦いで見せた動きは幼少期から稽古を重ねた剣士のそれである。だが同時にそのどれもが鉄男にとって初見の物で余所者である事には違いなかった。
鉄男自身、鏡との因縁は親の仇討ちと彼女の口から聞いている。正直な話、復讐も殺人も踏み止まって欲しいと考えていた。
(もしかすると彼女に関係する記事があるかもいれないな…)
鉄男はテーブルの上に乗っている地方新聞紙に目を通しながら事件や身元不明人の欄に目を通す。しかしどれほど注意深く見つめても寒川リョウに関する記事を見つける事は出来なかった。
「待たせたな、鉄男」
セーラー服の上から豪華な刺繍を解こされたロングコートを羽織った”正装の”シュザンヌが現れた。煌びやかな騎士然としシュザンヌの凛々しい立ち振る舞いに鉄男は心を奪われる。そして彼女の後ろにはシュザンヌと同じ種類のセーラー服を着た森川姫子の姿があった。心なしかヘアスタイルが乱れがちなのは自分の部屋で羽を伸ばして休んでいたからなのだろう。あえて追求すまい、と鉄男は心に誓う。
「それで我々に用事とは何だ?」
シュザンヌと姫子は同時に椅子に座る。タイプの違う美少女二人を前にして鉄男は緊張して視線を彷徨わせていた。
「ええと、実はですね。今朝方、山の中で怪我をした鵺使いを保護しまして…」
シュザンヌと姫子は”鵺使い”と聞いて表情を曇らせる。そういえば出会って間もない頃に彼女らの口から”味方の鵺使いは本土にはほとんどいないという話を聞いた事を鉄男は思い出した。
「鵺使いだと⁉祭器を持っていたのか‼」
シュザンヌが身を乗り出して対面に座る鉄男に迫る。女性に免疫の無い鉄男の混乱は度を増すばかりだ。
「はい。刀の形をした祭器だったと思います」
鉄男は氷龍の雪の結晶をモチーフにした鞘を思い出しながら答える。
「刀…か。決して少なくはない類型の祭器だが”格”が問題だな…」
シュザンヌは眉間に皺を寄せながら腕を組む。
「あのね、鉄男君。刀の形をした祭器はほとんどの場合、神社に奉納されている場合が多いのよ。スーちゃんの刀も継承者が決まる前はどこかの修道院に保管されていたって聞いていたわ」
姫子はシュザンヌの方を見ながら答える。一見してシュザンヌは帯剣していないがおそらくは何らかの術を使って他からは見えなくしているのだろう。彼女の持つ”祭器”ノイシュヴァンシュタインは華美な金細工が施された鞘に収まった直刀の外観を持つ。
「ヒメの言う通り。我がヴァンホーテン家も聖剣ノイシュバンシュタインの継承者が現れなくなってからはオルレアンの修道院に伝家の宝刀を寄贈していた。これがまた厄介な話でな。念願の継承者が誕生していざ持ち出そうとするとフランス政府が出張って来る始末だったんだ。まあ言ってしまえば力の強い剣の祭器は存在するだけで怪異に対抗する手段足り得る。故に管理権で揉める事が多いのだ」
シュザンヌは影どことなくのある表情で皮肉っぽく笑う。彼女の実家が本拠地をドイツから音乃島に移さなければならなくなったのはこの辺が関係しているのだ…と後に鉄男は聞かされていた。自分の一族が故郷を追われるきっかけをつくってしまった事に引け目を感じているのだろう。
「つまり天戒衆と喧嘩をしている勢力の人間かもしれないと言う事ですか?」
「…。それはない、とは言えないが地縁的なつながりが強い祭器であるならば関わり合いを持つべきではない、という話だ。前にも言ったが天戒衆は冷戦が一通りの決着を見るまで、かなり強引な方法で異分子を排除していたのだ。要するにこちらの身分を明かせば骨髄まで恨まれている可能性もある」
そこまで言ってシュザンヌは再びため息をつく。実際彼女と森川姫子が仲間と離れ離れになって行動する事になったのは姫子の血筋がこちら側の土地の管理者にバレてしまったのが原因である。
シュザンヌの仲間である姫子ともう一人の青年は未だに鵺使いたちから忌み嫌われている矢萩伊作の子孫だった。生まれつきの白い髪と青銅色の瞳が何よりの証拠だった。
「あははは…。私は全然気にしていないんだけどね。先方さんが恐がっちゃって塩撒かれちゃったんだよ…」
いつも悠々としている姫子にしては歯切れの悪い変異をする。彼女とて始祖・矢萩伊作が現代でも魔神のように畏れられているとは思わなかった。そして出先で味方であったはずの者に強力を断られて、奇しくも島を出る前に祖父母から「外では素性を語るな」と念を押された意味を我が身で思い知らされたのだった。
「わかりました。だけど俺が保護した女の子は暴漢に襲われて怪我をしています。姫子先輩の”鵺”で治してあげてくれませんか?」
鉄男はある程度の事情を察した上でもう一度頼み込んだ。彼女を襲った相手が”鵺使い”の鏡である以上、普通の方法で手当てをしても治らないような怪我を負わされている可能性もある。
「ええと…。私の回復術ってのはね…”ホイミ”みたいなものじゃなくて…。ううっ…どう説明したらいいんだろう、スーちゃん」
「仕方ないな。鉄男、ヒメの鵺”白檀”は怪我を治すというよりも怪我が治ったと思わせて生物本来の持つ再生能力を増幅させるるケチな能力だ。本格的な治療を望むなら病院に連れて行った方がいいぞ」
シュザンヌにに”ケチな能力”と断言されて姫子はかなり落ち込んでしまった。
「それでも構いません。お願いします」
鉄男は頭をぐっと下げて頼み込む。寒川リョウについては色々とわかっていない事が多いが、彼女の肉体と精神療法の面から考えても異性である鉄男よりも姫子とシュザンヌの方が適任であることは間違いないだろう。加えて時間的にも余裕があるとは思えない。
「…だ、そうだ。責任重大だぞ、ヒメ」
頭を下げる鉄男を前にシュザンヌは姫子に回答を促す。姫子は鉄男からの頼み事を彼女なりに考えている様子だった。実際に彼女が天戒衆の実働部隊に組み込まれてから活躍した機械は少ない。前回の鉄男と知り合うきっかけとなった戦いでも役には立っていなかった。
「うう…。ここで鉄男君の期待に応えて先輩としての評価を高めないとね。オッケー、お姉さんに任せなさいだよ!」
姫子はぱんっ!と自分の頬を叩いて気合を入れる。彼女は私生活においても後輩たちに世話になる事はあっても頼られる事はないに等しい。故に鉄男の方から姫子を指名して頼みに来てくれた事に半ば感謝していた。自然と鼻息も荒くなり、清楚で美しい顔立ちも非情に残念なものになっていた。さらに片方の目を閉じてビッと親指を立てる。もうこれは失敗するフラグ以外の何物でも無かった。
鉄男とシュザンヌはますます、不安になる。
(大丈夫ですか?シュザンヌ先輩、これ本当に任せてもいいんですか⁉)
鉄男はやや狼狽しながら小声でシュザンヌに尋ねる。今のシュザンヌの姿は変なスイッチが入ってデタラメな料理を作り始めた時の鉄男の母親の姿に酷似していたのだ。一方、シュザンヌも幼い頃からのつき合いだけあって不吉な前兆を感じていた。
(安心しろ、大丈夫だ・・・と思いたい。とにかく今の状態から自信喪失すると元に戻すのが厄介だ。失敗しても大事に至らないように我々でフォローしよう…)
二人が内緒話をしている間に姫子は上着の上から外出用のコートを羽織って玄関に向った。先に気がついたシュザンヌが小走りで姫子をおいかける。
「おい、待て、ヒメ。まだこの辺りの土地は不案内だろう。悪い事は言わないから鉄男と一緒に行こう、な?」
「何言ってるの、スーちゃん。今私たちがこうしている間にもケガをした女の子は心細い想いをしているかもしれないんだよ?善は急げ、だよ!」
そう言って姫子はスリッパを脱ぎ、しゃがんで靴を履いている。シュザンヌは鉄男にも急ぐように目配せで伝えた。普段というか鉄男の知る限りではシュザンヌが姫子を引っ張って歩いているというイメージが強かったので鉄男も面食てしまった。
「このように一度、火が点くと燃え尽きるまで止まらないのが我らの森川姫子なのだ。私の苦労も察してくれよ、鉄男」
シュザンヌはブーツを履いた後、踵を何度か地面に打ちつけてから姫子を追いかけて行った。鉄男は口にこそ出さないが元気盛りの娘とその母親の姿を姫子とシュザンヌの姿に見たような気がした。
「すいません。姫子さんとシュザンヌさんは俺の家に行くと田丸さんに言伝しておいてくれませんか?」
鉄男は旅館を出る前に受付にいた女性に行き先を伝える。女性はあまり関心のない様子で首を縦に振ると帳簿を確認する作業に戻ってしまっていた。鉄男は手歩絶えの無さに気落ちしてしまうが、それよりも先に出て行った二人の事が道に迷っていまいかと心配になったので駆け足で二人の後を追いかける事にした。