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邂逅

ブラスターガイトとは鹿賀鉄男が考えた「最強のヒーロー」である。


鹿賀鉄男は一週間ほど前までは普通の高校生だった。それが山中で偶然、鵺と接触した事で鵺使いたちの始祖「矢萩伊作」が従えていた鵺「岩鉄」に主として認められ新たな”鵺使い”となった。幼い頃から特撮ヒーローに憧れていた鉄男はこれを良い機会に自身が真のヒーローとなる為に山籠もりを始めるつもりだった。


 (四月になれば俺は鵺使いたちの本拠地である子乃ねの島に行く。それまでに自信がつくまで遊行して新しい必殺技でも使えるようになっていれば姫子先輩とすーちゃん先輩の俺を見る目も変わっているだろう)


 鉄男はつい最近知り合ったばかりの年上の鵺使い、森川姫子とシュザンヌ・ヴァンホーテンの可憐な姿を思い浮かべてニンマリとする。

 ちなみに鉄男の年齢は十六歳だが顔は誰がどう見ても三十代後半の中年男性のそれだった。

 中学の頃は不良に脅かされてエロ本やアダルトビデオを借りに行かされた事がある。不良連中が大騒ぎしたので店員にバレて未遂に終わったが鉄男は彼らの保護者として書店の店長や警察官から怒られた事で地味に傷ついていた。


 (何を嫌な事を思い出しているんだ、俺。これからは白髪巨乳美人の姫子先輩とプラチナブロンドの合法ロり武士娘のすーちゃん先輩に囲まれてキャハハッウフフッな青春の日々を送るんだ)


 鉄男は首をぶんぶんと振って嫌な考えを追い払う。

 今の鉄男は憧れの返信ヒーローになった事と美人の先輩と知り合った事で有頂天になっていた。顔も自然と普段の厳めしい表情から緩んだスケベ親父のような顔になっている。

 先日の事件が解決した際にシュザンヌから「外では鵺の姿を見せないように努力しろ」と言われたにも関わらず鉄男は家の近所にある森の中をブラスターガイトに変身した状態で歩いていた。

 時節は三月下旬。今年に限って春の訪れは遅く、外気には未だに晩冬の冷たさが残っている。

 小学校に上がる前から鉄男は武術の師である鉄人と共に胴着一丁で真冬の山で修行をした経験があった為に今の状況も気になってはいなかった。

 

 あくまでこれは本州を舞台にした話(一応は岩手県)なので断言しておくが、冬の北海道とりわけ札幌の手稲山で同じ事をすると高確率で風邪を引くので絶対に止めてください。


 鉄男は修行にうってつけの場所を見つけると基本の型である中腰の構えから一通りの突き技を出して調子を確かめる。傍からは健康体操や反復運動と揶揄されるトレーニンフ方法だが鉄男は十年間、休む事無く続けていた。

 継続は力なりという気安い言葉ではない。

 自分の才能は他者の五十分の一くらいと考えていた鉄男が長きに渡る修行で勝ち得た彼なりの結論だった。


 (何も今日明日、強くなる必要はない。俺は俺の納得する方法で一歩ずつ前に進んで行けばいい、それだけの話だ)


 準備体操を兼ねた素振りが終わると身体が熱を帯びて寒さを感じなくなっていた。

 ここですうと一呼吸を入れる。準備運動で熱くなっていた心と体が冷気によって覚まされて心が段々と落ち着いてくる。

 鉄男は祖父から常に”手先は熱く、心は冷たくしろ”と教わっていた。

 普段は色々と言動に問題のある祖父だったが格闘家としては鉄男よりも遥か先にいた。心の中で師に礼を言った後で鉄男は本格的な稽古に入ろうとする。その時だった。


 びゅうう…。


 身体の芯までりつきそうな冷風が吹く。

 周囲の気温が一気に下がり、全身が何とも形容しがたい不快感に襲われる。


 (この辺りは確かに寒い場所だが、これは明らかにケタ違いの寒さだ。何より…)


 鉄男は自分の身体の変化に驚いてしまった。彼の纏う「鵺」、岩鉄が脅威に身をすくませているのだ。

 岩鉄はその名の通り自然界に存在する岩塊のような姿をした「鵺」だが敵を前にすると鎧を纏った武者のような姿になる。

 今は鉄男の精神に依存した状態なのでニチアサの変身ヒーローのような姿をしていたが、その戦闘形態だったのだが遠くの敵の気配を察知してからは一層の警戒していた。


 (これはおそらく敵が近くにいるのだろうが…果たして俺の一存で出動してもよいものか?)


 鉄男は事後対応策について少しだけ考える。


 (素人の俺が勝手に動いてあの二人に迷惑をかけるのは御免こうむりたい。それに天戒衆てんかいしゅうという組織が関わっている以上は無茶は出来ないしな。…何よりコイツを使ってみたいという願望もある)


 鉄男はズボンのポケットに入っているスマートフォンを見る。つい先日に新調したばかりだった。

 森川姫子とシュザンヌ・ヴァンホーテンの二人は携帯電話という物を持っていなかったので天戒衆の職員である田丸香津美が気を利かせて近所の大型商業施設「マルフク百貨店」で購入したのである。

 鉄男もその際に中学から使っていた自分のスマートフォンを買い替えたのであった。

 

 同世代の女子と一緒に行く経験が皆無だった鉄男はその時の事を思い出す度にニヤけてしまう。

 はっきり言って不気味以外の何者でもなかった。


 「とりあえず連絡をしておくか…。これを良い機会に仲良くなろうとかそういう下心はないんだぞ?」


 鉄男は同世代の女子と電話で話したいという理由に後ろめたさを覚えながら電話をかけた。しかし、いくら待っても宿泊先の旅館にいるはずの二人が電話に出る事はなかった。


 (おかしいな…。電話の使い方は田丸さんと一緒に説明したし、昨日別れる時には「大丈夫だ」みたいな事を言っていたよな…)


 それから鉄男は姫子たちが電話に出るのを待ったがやはり応答は無かった。その間に森の奥から漂う冷気はさらに増す。

 鉄男の纏う鵺、岩鉄も表皮を引き締めて警戒を強めていた。


 「仕方ない。今は目の前の問題を片付けるか…」


 鉄男は短いため息を吐くと用心しながら冷気の発生源に向かう。そして辿り着いた先、森の木々が開けた人気のない台地には手負いの少女と少女の苦しむ様子を見て哄笑する壮年の男の姿があった。

 見かけ通りの正義の熱血漢である鹿賀鉄男は心に正義の炎を燃やして強き者に立ちはだかったのである。


 そして話は鉄男が凶剣士鑑与四郎を退け、次に現れた骸骨武者たちを打ち払った直後に戻る。骸


 骨武者の一団はまるで晴れ間が訪れた雲霞の如く消え去っていた。


 鉄男は現状の把握よりもけが人の救出を優先する。その時、寒川リョウは大地に身を横たえたまま意識を失っていた。彼

 女の近くには若草色の鞘に収まった刀が収まっていた。


 「ッ‼」


 鉄男は一陣の風が間近を通り過ぎた事に驚愕する。風を起こしたのは紛れもなく刀だった。


 思い返せばシュザンヌもまた武器の姿をした「鵺」を使役していた。だが同時に鵺という存在は自我や意志の類は持たず、何かをする時には鵺使いの力添えが必要だとシュザンヌから聞いていた。

 ただ一つ、鵺使いの始祖たる矢萩伊作の従えていた四体の鵺を除いては。鉄男の纏う鵺、岩鉄こそ正にそれだった。


 (まずいな。もしかしてあの刀は俺を敵として認識しているのか?遠目ではっきりした事は言えないが怪我人の安否が心配だ。何とか説得できやしないものか…)


 鉄男は臨戦態勢を整えながら刀との恋を詰める。


 正直な話、彼自身あまり考えたくはないのだが少女はろっ骨を折っている可能性がある。

 鉄男としては出来る事なら姫子の鵺「白檀びゃくだん」で応急処置をしてから病院にでも連れて行きたい心境だった。


 (…私の声が聞こえるか、人間)


 突如としてどこから囁き声が聞こえる。鉄男はまず自身の耳を窺う。否、耳その声は耳を通して聞こえたわけではない。脳に直接というか鉄男の意識に語り掛けてきたのだ。


 (テレパシーの要領か?とりあえず俺に害意はない事をわかって欲しいのだが…)


 (お前に害意がないのはわかっている。だがお前の身に着けているそれは紛れもなくあの忌まわしい矢萩伊作の使い魔だ。信用しろというなら今ここで脱いで見せろ)


 刀から鉄男への、矢萩伊作に対する明確な敵意尾を感じる。鉄男は一部の隙も見せずに素早くブラスターガイトの形態を解除して正体を晒す。さらに両手を上げて戦闘の意志がない事を伝えた。


 (…矮小な人間どもと慣れあうなど言語道断だが、寒川の人間の命がかかわっているとくれば話は別だ。この娘、寒川リョウをすぐに手当てが出来る場所に連れて行って欲しい。…頼む)


 鉄男は目の前に白い鬣と日本の角を生やした巨大な蛇の姿を幻視うすr。その姿は今まで観たどの鵺よりも強大なものだった。


 「わかった。彼女の命は正義の名に誓って必ず助ける」(正義か…。気のふれた人間がよく使う不快な言葉だな。だが今回ばかりは信じさせてもらおう。約束を違えた場合は末代まで祟るぞ、ブラスターガイトとやら)


 寒川リョウの刀に宿る鵺、氷龍はそれだけ伝えると気配を消した。


 鉄男は寒川リョウを抱き上げるとそのまま自宅に向って歩いて行った。外観から察するに寒川リョウはこの辺りの人間ではない。彼女のコートや衣服では鉄男の地元で冬を過ごすには心もとないのである。


 (そういえばこの女の子は親の仇がどうとか言っていたな…)


 もしも彼女が復讐心に駆られてここまでやって来たかと思うと鉄男は心底彼女を不憫に思う。

 戦いによって身体が温まった鉄男はともかく気を失ったリョウを寒空の下に置いておくのは危険だったので途中から走っていた。

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